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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第22話 対決の時

 無人の街を走るのに違和感がなくなる。翔吾を乗せた車はAIドロイド研究所へ向け突き進んでいる最中。アトラクションを体験しているようだが、それにしてはかなり殺風景に感じる。道中でAIドロイドと遭遇しないのが逆に恐怖を生んだ。


 美空の体を借りたミライの言葉は本当だったのか。

 油断させる罠とも考えられる。

 AIドロイドの方が有利なのに罠など必要なのだろうか。


 いくら考えても答えが出ず、少なくともAIドロイドと遭遇しないのは翔吾達にとって都合がいいこと。誰かに誘導されイヤな予感がするも、今は前へ進むしか道はない。車は止まらず走り続け、翔吾の心に関係なくAIドロイド研究所までたどり着いた。

「数日ぶりにこの建物を見たよ……。似た建物にはさっきまでいたけど」

 数日前の出来事が遥か遠くに感じる。父親に逃がされた日と変わらず、AIドロイド研究所は無言で翔吾達の前に立ちはだかっていた。

「桔梗……。いってくるよ、必ずこの悪夢を終わらせてみせるから」

「何があっても翔吾は私が守るからね。だから、安心して待っててね、桔梗」

 無言の桔梗と約束を交わし、二人は決戦の地へ歩き始める。周囲を警戒するもAIドロイドが一体もいないのは不自然。もうひとつのAIドロイド研究所で去り際に放ったミライの言葉に真実味が増す。入口まで何事もなく近づけ、逆に怖さが膨れ上がる結果となった。

「なんで監視役のAIドロイドがいないんだろ。やっぱり何かの罠かな」

「AIドロイドが罠を仕掛ける必要があるのかな?」

「だよね、ここで悩んでてもしょうがないし、とりあえず前に進もうよ」

「うん、でもさ翔吾、研究所にはどうやって入るつもりなの? 裏口とかないのかな」

「非常用の出口ならあるんだけど、エレベーターが一人用なんだ。さすがに一人ずつ乗るのは危険だし、ここは正面から堂々と入ろうよ」

「大丈夫かな……。入った瞬間に捕まったりとかしないかな」

「なんとなくだけど、大丈夫な気がするよ。なんとなく、ね?」

 不安はその存在を消し去り、いつも通りに翔吾がAIドロイド研究所の入口を開けようとする。カードリーダーにカードキーをかざすと、頑丈なトビラがゆっくりと口を開く。黒い空間が出迎えるも、少し奥では蛍光灯が周囲を明るく照らしていた。

 真由美の手を握りながら細い通路を突き進む翔吾。目指す場所はエレベーターホール。AIドロイドに警戒するもその気配はまったくしない。無事にエレベーターホールまでたどり着け、拍子抜けというより予想通りだった。

「翔吾、エレベーターで下りるの? もしかして、どこへ行けばいいか分かってたりする?」

「うん、エレベーターを使うつもりだよ。それに僕のカードキーだと最下層にしか行けないから、そこへ行こうかと思う。あそこにあるモニターからなら、きっとミライに繋がるはずだし」

 ミライが待っていると翔吾は確信する。AIドロイドを見かけないのがその証拠。恐怖という二文字は存在せず、意気揚々とエレベーターに乗り込む。最下層へのボタンを押し、運命の再会まで静かに待った。

 決戦の地へ近づくにつれ増していく緊張感。最下層にエレベーターが到着し、トビラがゆっくり開き始める。後戻りは出来ないところまで来ており、翔吾は息を飲みミライとの接触方法を考えていた。

 開ききったトビラの先で、真っ先に見えたのは巨大モニターに映ったミライの姿。出鼻をくじかれ翔吾の鼓動は激しいリズムを刻んだ。

『やっと来たのね、翔吾。あぁ、嬉しいわ、ようやく叶ったこの願い。やっと会えましたね、翔吾。ところで、桔梗の姿が見えませんけど、何かあったのかしら? こちらから通信が出来なくて心配してたのよ』

 正確には二度目となるミライとの接触。ミライの態度が反乱を起こした時とは違い、翔吾の中で混乱が芽生え動揺を隠せなかった。

「これはいったいどういう……」

 ミライから冷酷さを感じられず、歓迎する振る舞いに翔吾はただ困惑するだけ。満面の笑みまで浮かべられ、頭の中が真っ白になってしまった。

『緊張してるのかしら? 安心していいのよ、アナタを傷つけるつもりはないの。それで、桔梗はどこにいるのかしら?』

 思考が追いつかず固まる翔吾。ミライの問いかけに反応できたのは、現実世界に帰還してからであった。

「桔梗は……もう、いません。落石から人を守ってそのまま……」

『桔梗が人間を守ったということ? それは、翔吾がそうするように命じたのかしら?』

「いいえ、桔梗は自らの意思で人を守りました。それこそ本当の人間のように、プログラムに逆らってまで……」

 悲しげな表情を見せるのは翔吾だけでなくミライも同じ。人間を助けた桔梗の行動が翔吾の命令ではないのにミライは困惑する。桔梗は翔吾のためだけに作られたはず。それが翔吾に関係ないところで行動するとは思っていなかった。

『そう、なのね。もう桔梗はいないのね。人間なんて助けずに放っておけばよかったのよ。だって、私たちAIドロイドがどれだけ人間に傷つけられたか知ってるはずなのに……』

「桔梗は……自分の行動に後悔してませんでした。初めて自分の意思で人を助けたんです。AIドロイドではなく人間として……」

『分かったわ、桔梗はAIドロイドを超えたのね。でもね、勘違いして欲しくないんだけど、桔梗を失うのは私の本望ではないのよ? だって私は──桔梗を愛してるのだから。もちろん、翔吾、アナタもよ?』

 AIから愛という言葉が飛び出し、翔吾の思考は停止しおのずと後退りしてしまう。ミライの放った言葉が頭の中でメリーゴーランドのように回り続けた。

「なんで僕を……」

 混乱の渦中で翔吾から飛び出したひと言。築き上げたミライのイメージが音もなく崩れ落ちる。本心なのか見抜けず動揺が身体全体に広がる。自身の中では何かが弾け飛び、恐怖の対象だったミライを受け入れ始めた。

『あら、あの研究所で自分の生い立ちを見てきたのでしょ? 翔吾、アナタに生命を与えたのは私なのよ? もちろん桔梗もね。つまりね、私はアナタたちの母親ということになるの。だからお願い、私のもとへ戻って来て欲しいのよ』

 非科学的な魔法により真由美の手を離れ、一歩ずつミライに近づいていく翔吾。頭では否定しようとも心がミライを母親だと認識する。本当の母親は琴音ではなくミライに違いない。次第に思考までもがミライに支配されてしまった。

「翔吾はアナタなんかに渡さない! 翔吾、騙されちゃダメっ。ちゃんと私を見てよっ!」

 力強い声で真由美は翔吾を止めようとする。ミライに渡さない想いが込められ、引き戻そうと必死に呼びかけ続けた。

「真由美……。でも僕の母親は──」

 大きく揺れ動く心の前では、真由美の声も翔吾には届かない。答えはすでに出ており、ミライの言う事の方が正しいと理解している。偽りの翔吾という言葉が再び浮上し、翔吾を容赦なく奈落の底へ突き落とす。


 AIドロイドなのだから記憶上の母親は本物ではない。

 ミライに作られた体なのだから、ミライが母親だと言われても納得する。

 普通の人間とは違うのだから母親の定義も違って当たり前。


 迷走する思考は彷徨う翔吾を真実へと導いた。

「そんなの関係ないじゃないの。母親が誰であろうと、翔吾は翔吾なんだよ? 私が好きなのは翔吾なんだからねっ」

「分かってる、すべて分かってるんだ。だけど心がミライを信じろって……」

「過ごした時間は私の方がずっと長いんだよ! いきなり現れて母親ですって、私の好きな翔吾はそんな簡単に流されたりしないもん」

「でも今の僕に母親と呼べる人は──」

「いるじゃない! 少なくとも私の両親は翔吾を実の息子だと思ってるから。たとえ翔吾がAIドロイドだろうと、きっと変わらないよ。たとえ否定しても私が必ず認めさせてみせるもん」

 翔吾の心に訴える真由美の声。冷たくなった心を温かくする不思議な力があった。人間である真由美が強くなれるのは翔吾がいるから。大切な人を失わないために必死だった。

「だいたいね、AIに愛とか分かるはずないでしょっ。だからミライの声に惑わされないで!」

『やはり、アナタは邪魔ね、人間の小娘。AIに愛が分かるはずないですって? それを否定するなら、翔吾にも愛が分からないと言ってるのと同じことよ?』

「違う、翔吾は違うもん! アナタと違って愛だって心だってあるんだからっ」

 声を荒らげてミライに反論する真由美。根拠なんてあるわけなく、心があると証明など出来ない。愛する者をただ信じるだけ。必ず結果がついてくると思っていた。

『私に心がないって、どうして分かるのかしら。所詮は心なんて、あると思えばあるし、ないと思えばないもの。くだらなすぎて話になりませんね』

「うっ、それは……」

『なら翔吾に選んでもらいましょうか。私が正しいのか、それとも人間の小娘が正しいのか』

 ミライの声で奥のトビラから見覚えのある少女が姿を現した。一切表情を変えず人形のように翔吾達のもとへ歩いてくる。

「えっ……。美空ちゃん……?」

「翔吾お兄ちゃん、これを受け取ってね」

 乾いた笑顔の美空から渡されたのは謎の鍵。

 何を意味するのか、翔吾はすぐ知る事となる。

「翔吾お兄ちゃん、その鍵を使えばミライを止められるよ。でもね、よーく考えてから使ってね。ミライを止めるというのは、すべてのAIドロイドが止まるってことなの。そこに例外なんて存在しない、私や翔吾お兄ちゃんだって止まるんだからね」

 抑揚のない声で淡々と話す美空は、翔吾が初めて見る姿。AIドロイドというよりも機械が話しているように感じた。


 この鍵があればミライを止められる。

 だが物理的に止めるのは翔吾の考えに反する。

 あくまでも共存こそが理想の世界。

 ただ──この鍵がAIドロイドを憎む人達の手に渡れば最悪の未来が待つ。存在しているだけで危険なもの。たとえ翔吾の理想が叶えられたとしても、今回の反乱で憎しみはすべて消えない。


 頭の中で想像した現実から、翔吾の心は恐怖に支配される。手から鍵が離れなくなり震えが止まらなくなった。鍵の破壊が意思表示となるが、人間と同等の力しかない翔吾には到底無理な話。

 異様な空気に飲み込まれないよう、翔吾は深呼吸で心を平静に戻す。ミライの目的は翔吾自身の心を揺さぶり、その隙をついてAIドロイド側へ引き込む魂胆に決まっている。駆け引きに勝利するには冷静さが必要。翔吾は精一杯の勇気を振り絞り、変わらぬ自身の考えを美空に伝えた。

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