第19話 運命の分岐点
道中は対向車と一切すれ違わず、無人の別世界に迷い込んだと錯覚するほど。最短ルートで目指すもすぐに不可能だと知る。AIドロイドとの戦闘の後だろう、橋が崩落していてとても渡れる状況ではなかった。
「橋がなくなってる……」
「AIドロイドとの戦闘だと思うよ、翔吾様」
「戦ってた人たちはどうなったんだろう」
「それは桔梗にも分からないかな。とにかく今は研究所に行くことが優先だよ」
結果が気にはなるも今はAIドロイド研究所へ行くのが最優先。少し遠回りになるが、住宅街という危険地帯を抜ける事にした。
隠れる場所が数多く存在し、AIドロイドが待ち伏せしている可能性も高い。ミライを止めるには突き進むしかなく、最大の難所へ車を走らせた。
「ねぇ、本当に誰もいないの? それとも家の中に隠れてるのかな。それに捕まった人たちはどこにいるんだろ……」
「んー、捕まった可能性が高いかもね。もしかしたら、運よく逃げられた人もいるとは思うけど。少なくとも研究所にはいないはずだよ。そこまで広くないからね」
「予想だけど、収容所のようなものを作って、そこに監禁してると思う。情報を探ろうとしたんだけど、ミライが手を打ったらしくて、こっちからアクセス出来なくなってるの」
ミライがメインで使用するデータベースへのアクセス権限は、桔梗の予想通りでアクセス不可に変更されていた。情報収集が出来ないのは致命的で、ミライの計画がどこまで進んでいるのかまったく分からない。一刻も早くミライを止める必要があるはずが、真由美のひと言で空気が一変した。
「あのさ、少しお腹空かない? なんか緊張がとけたら……。どこかで食べ物とか調達できないかな」
「それは簡単だよ、真由美様。人間がいないってことはね、空き家になってるんだよ。だ、か、ら、そこに真由美様が侵入して──」
「それって空き巣じゃないのっ! そんなの絶対ダメに決まってるんだからっ」
「コンビニは危険だよね。桔梗のことをAIドロイドに伝えてるだろうし」
「ふっ、ふっ、ふっ、翔吾様、安心してね。こんなこともあろうかと、山小屋にあった非常食をトランクに積んでおいたよ」
「ねぇ、桔梗? さっき私が聞いたときには、空き巣しろとか言ってたよね? なんで翔吾と扱いが違いすぎるのよっ」
「生憎、泥棒猫用のペットフードがなくて……。あと、ドロボイド用の食料も見つからなくて」
「だーかーらー私は泥棒猫じゃないって! というか、変な属性ふやさないでよっ」
緩んだ空気が車内に充満し桔梗は車を停める。トランクから非常食の入ったバッグを取り出す翔吾。乾パンや水、缶詰を適当に選び、残りはトランクへ押し込め車内に戻っていく。
何時間も飲まず食わずだったからか、いつも以上の美味しさを感じる。生温い水も砂漠にあるオアシスのように思えた。
「生き返るねぇー。非常食がこんなにも美味しいだなんて思わなかったよ」
「そうだよね、生温いのに喉の渇きが癒されるし。というより、AIドロイドの僕にどうして食事がいるんだろ」
「翔吾様の場合、ベースが人間なので栄養補給が必要なんだよ。しかも、脳の代わりにコンピューターが色々制御してるからね。だから、脳以外は普通の人間とほぼ変わらないし、成長もできるんだよ」
「そうなんだ、自分では全然実感がないけど」
食べ終わると車内はより一層明るさを取り戻す。翔吾が車窓から流れゆく景色を眺めていると、窓に真由美の顔が映る。その顔はどこか寂しそうにも見えた。
「私さ、静かな街って昔憧れてたけど、いざ目の前で見るとなんだか不気味だよね」
聞き慣れている真由美の声が、翔吾にはいつもと違って聞こえる。つい見とれてしまうほど衝撃的で、一瞬の隙が出来てしまう。
その瞬間、真由美の瞳が光り輝く。待ち望んでいた絶好のチャンス到来。自らの願望を叶えようと、翔吾に抱きつこうとした。
久しぶりの翔吾の感触。
思う存分堪能するつもり。
独占できる喜びに浸る真由美だが現実は甘くない。急ハンドルをきられ、無様にも反対側へ転がっていった。
「いったーい、桔梗、ちゃんと運転してよねっ!」
「翔吾様の危険を回避しようとして、急ハンドルをきったんだよー。ケガは大丈夫だった?」
「ケガは平気なんだけど。危険ってまさか──AIドロイドに見つかったとか!? 私が見る限り、AIドロイドなんていなさそうだけど」
「外じゃないよ、敵は中にいるんだからっ」
「えええええ、すでに車内に侵入──って、まさか、桔梗? その危険って私のことじゃないよね?」
「……」
「ねぇ、なんで無言なのよっ! 私のどこが翔吾の敵だって言うのよ。翔吾ー、桔梗がいじめてくるよー」
今度こそ失敗しまいと、泣きながら翔吾に抱きつこうとする真由美。タイミングは完璧で成功を確信する。翔吾まであと少しの距離。残念にも翔吾が突然体を前のめりにしたがため、見事にかわされ頭を再びぶつけてしまった。
「いったーい、なんで二度も頭をぶつけるのよっ。翔吾まで私をいじめるなんて、酷いよー」
「違うんだ真由美。今、目の前を人が走ってたんだよ。桔梗、そこのT字路を左に曲がってくれる?」
軽く頷いた桔梗が車のスピードを上げT字路を左折する。曲がった瞬間、親子三人がAIドロイドから逃げている姿が翔吾達の瞳に映り込む。
追いつかれるのも時間の問題。最初のピンチが訪れたのは小さな女の子。体力の限界で足がもつれ転んでしまう。両親が気づくもAIドロイドの方が近い距離におり、絶体絶命の危機に叫び声を上げた。
このままでは確実に捕まる──。
考えるより先に翔吾の口から言葉が飛び出した。
「桔梗、あの子を助けてよ」
「うん、桔梗に任せてね」
車を急停車させると同時に、桔梗は女の子のもとへ猛スピードで駆けつける。時間にして刹那、女の子とAIドロイドとの間に入り込み、起動に必要なエネルギー源を抜き取る。AIドロイドは立ったまま動きを止め、その場で地面に倒れ込んだ。
「大丈夫? もう安心していいよ。AIドロイドは完全に停止させたからね。私はAIドロイドの桔梗って言うの」
一瞬すぎる出来事に女の子は何が起きたのか理解していない。時間が止まったようにただ呆然と桔梗を見つめていた。
「あ、あの……。ありがとう。私は早苗……金城早苗です」
「早苗! 無事だった? どこかケガしてない?」
「大丈夫だよ、お母さん。このAIドロイド──桔梗さんが助けてくれたんだよっ」
急いで駆けつけた早苗の両親。涙を流しながら早苗を強く抱き締めた。怪我がないと分かった瞬間、安堵の表情を浮かべた。
翔吾と真由美が一番最後に到着する。捕まっていない人間がいることに驚きはしたが、無事な早苗を見ると安心から笑みがこぼれた。
「AIドロイドがAIドロイドを倒すなんて……。いったい何が起きてるのよ。それはそうと、娘を助けていただきありがとうございます」
「娘さんが無事でよかったです」
早苗の両親が疑問に思うのは当然のこと。今人間が置かれている立場は、AIドロイドに追われている状況。追う側のAIドロイドが助けるとは、想像もつかず混乱するだけ。
疑問を解消すべく翔吾は、話せる範囲で丁寧に説明する。桔梗がミライから独立して動けること、ミライを止めるためAIドロイド研究所へ向かう途中だったこと、それらを優しい口調で話した。
「そう、なんですか。まだ理解が追いついてませんけど。ですが、娘を助けてくれたのは事実ですからね」
「僕たちはこれから研究所に向かいますけど、金城さん──でしたよね? どこへ向かう予定だったのでしょうか?」
「はい、シェルターに隠れてたんですけど、AIドロイドに見つかってしまい、近くにあるもう一つのシェルターに逃げる途中だったのです」
逃げ延びている人間が多いのは翔吾にとって意外だった。
「本当にありがとうございます。それでは私たちはシェルターに向かいますので」
早苗の母親はお礼を述べ、シェルターへ歩き出そうとする。その姿を見た翔吾は、再び襲われる可能性があると心配になった。放って置くのは自らの信念に反し、早苗の母親を呼び止め自分の考えを伝えた。
「あの、もしよかったらシェルターまで送りますよ。またAIドロイドに襲われたら危険ですし」
「でもこれ以上迷惑をかけるのも……」
早苗の母親が遠慮していると、桔梗と遊んでいた早苗が嬉しそうな顔で走ってきた。
「ママ、お兄ちゃんたちが送ってくれるの? それじゃ、まだ桔梗お姉ちゃんと一緒にいられるんだー」
桔梗にすっかり懐いている早苗。送ってもらえるのが飛び跳ねるほど嬉しかった。光り輝くその姿は断れない状況を作り出す。選択肢がひとつに絞られ、早苗の母親はシェルターまで送ってもらう事にした。
頼んでおきながらも、AIドロイドが近くにいると不安を感じる。翔吾から説明され頭では理解しているものの、心が拒絶反応を起こしてしまう。自然と距離を取り、早苗の母親は警戒しながら早苗を見守っていた。




