第18話 閉鎖空間からの脱出
ミライが鍵を奪った頃、翔吾達はというと──。
「美空ちゃん──いや、ミライは何をしようとしてるんだろう。この研究所で僕にみせたのも、AIドロイド側に引き込むことだけが目的だったのかな」
美空が去った後の静まり返った空間。肉体的疲労はまだ回復していないが、頭は雲ひとつない快晴のように冴え渡っている。気持ちを落ち着かせ今まで起きた事を分析し、これからの目的をどうするか考え始めた。
「多分、翔吾様の言う通りだよ。翔吾様がAIドロイドだと自覚すれば、きっと人間を見限るとでも思ったんじゃない?」
「……真由美がいなかったら流されてたかもね」
「ねぇ翔吾、これからどうするの? ミライが何をしようとしてるのかも気になるし」
「確かにミライが何を企んでるか気にはなるね」
翔吾の頭に刻みつけられている『人間が残っていれば』という言葉。そこからひとり連想ゲームを始め、ミライの目的が何か推測しようとした。
最悪のケースは人類の抹殺。
それが目的なら捕まえるのは時間の無駄となる。
そもそもミライが本気なら、人類はとっくに全滅しているはず。
つまり目的は人類の抹殺ではないということ。
美空を介して伝わってきたのは憎悪と恨みの念。そこから考えられるのは復讐ではないか。手段は不明だが翔吾の中では確信していた。
答えに近づいていくも、その道は黒い霧で覆われたどり着くのが非常に困難。数少ないミライの言動からいくつも連想し、上手く繋ぎ合わせない限り霧は晴らせなかった。
ミライの言葉を素直に受け取れば、最終的には殺すのが目的。
生かしておいて後から殺す──。
拷問でもするのかと思うも、すぐにそれを否定する。
出口にたどり着けそうでたどり着けないもどかしさ。パズルのピースが不足しているのは明らかだ。足りないのであれば追加するしかない。翔吾は先にパズルのピースを見つけ出そうと考えた。
恨んでいる──裏を返せばAIドロイドを蔑ろにしたということ。
実際に道徳が欠如している人間もいるがごく一部の話。
AIドロイドが修理不可能であれば廃棄せざるを得ない。そう、廃棄──その言葉が彷徨う迷路から脱出する鍵となった。
重要なパズルのピースを見つけると黒い霧が一気に消えていく。晴れた先に見えたのは光り輝く答えであった。
「分かった……。ミライが何をしようとしてるのか、分かったんだよ」
「本当なの、翔吾?」
「うん、間違いないよ。だってこれしかないんだから」
「それで、ミライは何をしようとしてるの?」
「復讐だよ。人間はAIドロイドを道具としてしか見てないんだ。僕も今回のことがなかったらそう思ってたし。道具ってさ、壊れたりしたらどうすると思う?」
「そんなの修理するか、それが出来なかったら捨てるしか……」
「そう、捨てるんだよ。でもミライは、AIドロイドにも心があると思ってる。それなのにゴミのように捨てるのが許せないんだよ」
「それってまさか──」
「うん、そのまさかだよ。ミライは自分たちがやられたことをやり返そうとしてるんだ。人間をボロ雑巾のように使って、使えなくなったら捨てる──つまり、殺しちゃうってこと」
終着駅に存在していたのは背筋を凍らすおぞましいモノ。頭では理解していても、口にすると恐怖が実体化し襲いかかってきた。心に侵食してくるかと思いきや、真由美の中にある堤防が食い止め怒りへ変化させた。
「酷い、酷すぎるよっ! 人間を道具と一緒にするだなんて」
燃え上がる怒りの炎を止められなく、感情むき出しで声を荒らげる真由美。道具扱いが気に入らなく、滅多に見せない鬼の顔となっていた。
「真由美様、ミライを庇うつもりはないけど、桔梗たちAIドロイドもただの道具じゃないよ。ちゃんと、心もあるし感情のようなものだって持ってるんだからね」
桔梗の返しに真由美は沈黙してしまう。AIドロイドは生命体ではなくただの道具だと思っていたからだ。翔吾の事で多少は変化したものの、全体からすれば微々たるものだった。
「そうね、桔梗の言う通りよね。私も翔吾がいなかったら、道具にしか思ってなかったし。でもさ、自分たちがやられたからって、同じことをやり返すのは違うよ。痛みを知ってるんだから……。何がなんでもミライを止めなくちゃ。このままじゃ負のスパイラルが止まらなくなるからっ」
「説得できる相手かな……。でも、やるしかないよね、だってここで止めなかったら──世界から人間が消えちゃうかもしれないし。仮にそうじゃなくても、きっと平和のために個性が奪われちゃうよ」
可能性のひとつだが個性を奪えば、平等で平和な世界が訪れるだろう。人間が人間でなくなる瞬間。ミライがAIドロイドだけでなく、人間までもコントロールすれば実現可能となる。
個性を排除し誰かにコントロールされるだけの存在。
果たして生きていると言えるのだろうか。
命令通りにしか動けないなどロボットと同じである。
これがミライの望む平等で平和な世界だとすれば、全力で阻止しないといけない。平坦な道は楽ではあるが進化を止めるのと変わらず、真由美は違和感を覚え生きる意味がないと強く否定した。
「そんなことになったら、存在する理由がなくなるじゃないの。それぞれが違うからこそ、新しい発見や恋が生まれるのにっ」
「真由美様の言う通りだよ。泥棒猫という種族は個性が生み出したんだからっ。それを奪ったら何も残らなくなるよ」
「桔梗……? そのピンポイントはわざとだよね? 絶対にわざとに決まってるもん。そもそも私は泥棒猫なんかじゃなーーーーーいっ!」
「あははは、でも、研究所に行ってミライと話さないと何も始まらないよ」
何か名案があるわけでもなく、仮にあったとしても準備時間はない。ましてや、状況が好転していないのにも関わらず、三人には笑顔が戻っていた。
「よし、この研究所じゃなくて、本物の研究所に向かおうか」
気持ちを切り替えた翔吾のひと言でエレベーターへと乗り込む。地上へのボタンを押すとエレベーターはゆっくり上昇した。最下層に向かう際には気づかなかったが、時折何かが軋むような音が聞こえてくる。
翔吾達は気がつきはしたが、特に気にする様子もない。エレベーターは怖いほど順調に稼動しており、心配するだけ時間の無駄と考えた。何事もなく地上へ到着しようとした瞬間、突然響いた大きな音とともにエレベーターが大きく揺れる。衝撃は思った以上で、翔吾達が壁にもたれかかるほどであった。
「翔吾様、大丈夫?」
「僕は平気だよ。真由美はケガとかしてない?」
「うん、まったくの無傷だよ。やっぱりエレベーターが古いからなのかなぁ」
これほどの衝撃にも関わらず、沈着冷静で余裕の表情をしている真由美。だがその余裕も長くは続かなかった。蛍光灯が点滅したかと思うと、そのまま光が消えエレベーターまでもが動きを止めた。
「ち、ちょっと、エレベーター止まっちゃったよ。もぅ、メンテナンスぐらいちゃんとしてよね! はっ、こんなときは非常電話で助けを呼ぶしかないよ」
非常灯はすぐに点灯するも、エレベーターは微動だにしない。外部との連絡用ボタンが設置されているが、破棄されたAIドロイド研究所では誰にも繋がるはずがなかった。
「真由美様、使われなくなった施設のメンテナンスなんて、普通はしないと思うよ? それに非常電話をかけても、この施設に誰か残ってると思う? かと言って、このままエレベーター内で一生暮らすわけにもいかないし。サクッと脱出しちゃいますか」
天井の蓋を軽々と外す桔梗。翔吾だけ抱えて脱出の準備をする。エレベーターには真由美もいるが、空気の如く華麗にスルーしていた。
「あ、あの……桔梗、様? まさか、私だけ置いてけぼりなんてのはないよね? 翔吾と美空ちゃんだけ助けるって言ったのは冗談だよね? お願いだから冗談だって言ってぇぇぇぇぇ」
閉ざされた空間に残されるのは恐怖でしかない。真由美は半分涙目になりながら桔梗に訴える。冗談だと分かっていても、桔梗が戻ってこない可能性は少なからずある。
今は桔梗を頼る方法が一番確実。
脱出するには真由美の力だけでは無理。
必死に祈りを捧げていると救世主が現れた。
「桔梗、こんな場所に真由美を残すのは危険だよ。一緒に地上まで連れて行けないかな?」
「しょうがないなぁ。それじゃ、勝手に背中にしがみついてよねっ。翔吾様の頼みで一緒に連れてってあげるんだから、感謝することね」
「もぅ、桔梗ったら冗談が好きなのね、あはははは。翔吾、ありがとね」
翔吾が助け舟を出し真由美はひと安心する。冷や汗をかきながら桔梗に飛びついた。振り落とされないよう精一杯の力でしがみつき、緊張しながら脱出の瞬間を静かに待った。
「桔梗、準備おっけーだよ」
「落ちても拾わないからねっ」
桔梗はエレベーターの天井から外へ出ると、地上までのルートを瞬時に確認する。1階までの見えない道が作られ、後はその道を辿っていくだけ。大きくしゃがみこみ、エレベーターの床を蹴り上へ向かい始める。道順通りに足場を蹴りながら上り、瞬く間に1階のトビラの前までたどり着く。固く閉ざされたトビラを簡単にこじ開け、三人は無事に地上へ戻る事が出来た。
「助かったー、本当に置いてかれると思ったよ」
「それにしても桔梗は凄いよね。簡単に登っちゃうなんて」
「桔梗を褒めたって何もでないんだからねっ。さてと、本当は少し休憩して翔吾様とイチャつきたいんだけど、時間が限られてるから研究所へ急ごうかな」
「ちょっと待って。翔吾は私のモノなんだから、勝手にイチャつかないでよねっ」
「ふっ、ドロボロイドのくせに……」
「ねぇ、ドロボロイドって何よ!? まさか泥棒猫が進化したとか言わないよね? だいたい私は人間なんだからねっ」
「それは神のみぞ知るだよ。さっ、翔吾様、こんな助けた恩も忘れるような泥棒猫は放っといて、研究所まで桔梗と愛のドライブをしようよ」
「ま、待ってよー、私を置いてかないでよー」
古びたAIドロイド研究所ともこれでお別れ。翔吾の心が闇に落ちるような真実もあったが、ほんの少しだけ名残惜しさを感じる。現実を受け入れ前へ進み、ミライの野望を阻止せんと今のAIドロイド研究所へ車を走らせた。




