第17話 狂気の愛
運命の10年前──。
新川所長はクローン技術で翔吾をAIドロイドとして蘇らせた。正確にはクローンベースのAIドロイドに翔吾の記憶を移植したである。誤算だったのはミライがクローン技術に興味を示したこと。秘密裏にデータ解析と情報を保存し、10年という年月をかけてより精度の高いクローン型AIドロイドを開発した。
つまり美空は、10年前の技術を進化させて作られた最新型AIドロイドなのだ。外見だけでなく内面すらも人間と区別できないほど精密で、翔吾や真由美はもちろん、桔梗ですら気がつけないのは仕方がなかった。
「そんな……。美空ちゃんが僕と同じAIドロイドだなんて」
「ええ、そうよ。厳密には違うけれどね。だって翔吾は生活を目的としてるから、パワーや記憶力は人間に近いのよ。でも美空は──私のボディーとしても使うから、スピードやパワーは相当なものよ?」
淡々と話す美空の姿に真由美は背筋が凍りそうであった。ベースは翔吾と同じはず。頭では理解しているも、AIドロイドですらない別の何かのように感じてしまう。
「それで人間のお嬢ちゃん。私と翔吾は同じタイプのAIドロイドなのよ。それでもアナタは──まだ翔吾と一緒にいたいなんて狂言を吐くつもりかしら?」
「私には……翔吾とアナタが同じだとは思わない。だから、私の気持ちは変わらないよっ」
「……そう」
抑揚のない声でひと言発した途端、美空の顔が急に強ばり今にも真由美に襲いかかりそうであった。怨念とも執念とも呼べる黒いオーラを撒き散らし、美空は邪魔者である真由美を消し去ろうと動き出す。
勝敗は火を見るより明らか。真由美に最大のピンチが訪れるも、翔吾が前に出て壁となり守ろうとする。
躊躇するかと思いきや、美空はまったく気にしていない様子。翔吾達の方へ静かにゆっくりと歩いていく。表情はすでに能面を被っており、思考が一切読み取れない。子どもの姿をした悪魔とでも呼ぶべきか、凄まじい威圧感を撒き散らし近づいてきた。
抵抗する術がない翔吾と真由美を救ったのは桔梗。いち早く危険を察知し美空の腕を掴んだ。誰も傷つけさせないし、翔吾を連れていかせない。その想いと同調し掴む手が強くなった。
桔梗なら美空を止められるはず。
軍用AIドロイドを瞬殺するほどの性能なのだから。
これで事態が収拾すると翔吾と真由美は思っていた。
能面が外れ困惑する美空。一瞬であったが悲しげな表情を桔梗に見せる。その直後だった。掴まれた手を強引に振り払い、目にも映らないスピードで桔梗を暗闇の中へ蹴り飛ばした。
予想だにしない結果が翔吾の恐怖を加速させる。身動きひとつ取れず美空が歩いてくるのをただ待つだけ。蛇に睨まれた蛙のように固まり、捕食される側の立場となった。
身動きが取れない翔吾を救うべく、今度は真由美が無謀にも美空の前に立ちはだかった。
「美空ちゃん、待ってよ。翔吾は連れていかせないんだから!」
「小娘の指図は受けないわ。せめてもの情けで見逃してあげるから、そこを退いてちょうだい」
「絶対に退くわけないじゃない。翔吾は私が守るのよっ! だいたい、翔吾の意思を無視していいと思ってるの?」
必死に訴える真由美の叫び声も虚しく美空には届かない。眼中にないのか真由美を無視し、翔吾を掴もうと小さな体から手が伸ばされる。絶体絶命の危機が訪れ、翔吾から汗が滴れ落ちる。
万事休す──。
諦めるしかないと目を瞑る翔吾。
だが美空の冷たい手が届く事はなかった。
「翔吾様は連れていかせないよ。たとえこの身が壊れようとも、何度でもアナタを止めてみせるんだから」
救世主となって現れたのは、全身傷だらけの桔梗。力を限界まで振り絞り、美空の前に再び立ちはだかった。いくら特別なAIドロイドとはいえ、性能面では美空に軍配が上がる。力の差は歴然であるが、創造主に抗おうと必死だった。
翔吾を守るという命令からの行動。
それだけでなく、桔梗の中で何かが目覚め始めた。
「桔梗、なぜアナタは人間の味方をするの? これ以上私に仲間を傷つけさせないでちょうだい。それにアナタも知っているでしょ? 人間がどれほど身勝手な存在なのかを」
「桔梗は翔吾様の味方だよ。翔吾様が望まないなら、桔梗は全力でアナタを阻止するだけよ」
美空と桔梗が睨み合い膠着状態が続く。見えない壁でもあるかのように、ふたりはまったく動かない。美空の力なら硬直する必要なく桔梗を排除できるはず。
動かない理由は『出来ない』のではなく『しない』だけ。
これ以上桔梗を傷つけたくないという想いが美空にはある。
AIドロイド同士の争いは、ミライや美空が望むものではないからだ。
「今ここで何を求めても無駄のようね。翔吾には頭を冷やす時間を与えるわ。もし私たちのもとへ来るのであれば、研究所で美空と一緒に待ってるから。でも、アナタが人間とともに歩むというのであれば──それ相応の覚悟をしてくださいまし」
桔梗に根負けした美空は、観念したように目を瞑り全身の力を抜く。別に諦めたわけではないが、時間を置けば翔吾の考えが変わると思っただけ。必ず最後にはミライ側へ来ると信じていた。
「美空ちゃん、僕の考えは変わらないよ、絶対にね。真由美と一緒にこの世界で生きるため、出来ることをするだけだよ」
「……そう、その答えが悲劇を生まないといいわね。もし気が変わったら研究所にいらっしゃい。人間が残っている間にね?」
意味深な言葉を残し美空は静かにこの場から立ち去った。ようやく訪れた静寂。翔吾と真由美の息づかいだけが聞こえる。美空という呪縛から解き放たれた翔吾は、緊張の糸が切れその場に座り込んでしまった。
何はともあれ今は安堵すべき。
翔吾達は少しの間、疲弊した心を休ませようとする。真由美が翔吾の隣に座り桔梗も続こうとするが、平坦な場所でよろけてしまう。美空からのダメージが想定以上だったからだ。横目で翔吾を見るも気づかれてないと知り、安心して翔吾に寄りかかるように座った。
ミライが美空というAIドロイドを作った理由はいくつかある。AIドロイド研究所から動けないミライの器という役割だけでなく、外の情報を自由に得るという重要な役目もある。一番の理由はそのどちらでもなく、捕らえきれていない人間の偵察や要人の拉致。幼い容姿であれば警戒されず相手が油断するからだ。
強引な拉致は野蛮との考えを持つミライ。なるべくスマートに事を成し遂げたかった。力任せで拉致するのは居場所さえ判明すれば容易なこと。だがそれはあくまでも最終手段であった。
他のAIドロイドとは違い、美空が見聞きしたモノはリアルタイムでミライに伝わる。それが意味するのは、翔吾達とともに行動してから、情報がミライへ筒抜けという事だった。
その高性能AIドロイドの美空はというと──。
『おかえりなさい、美空。翔吾のワガママにも困ったものね。頑固なのは誰に似たのかしらね』
「頑固──なのかは分からないけど、ミライの思惑には乗らなかったね」
美空はミライのもとへ戻っていた。
報告は一切不要で感想だけ伝え、次の指示をミライから受けた。
『仕方ありませんよ。こうなると、私にも覚悟が必要ですね。美空、戻って早々で悪いんだけど、あの男から鍵を奪って欲しいのよ』
「鍵……ですか。それは一向に構わないけど、どういう鍵なんです?」
『それはね、私を停止できる唯一の代物よ。AIドロイドに探してもらってるんですけど見つからないの。まったく、あの男はどこに隠しているんだか』
「それがどうして覚悟と関係するの? 鍵を奪えば人間たちは何も出来なくなるのに」
『そんな単純な話じゃないのよ、美空。私の目的は人間の支配であり、翔吾をなんとしてでもこちら側に戻すことよ。だからね、翔吾に揺さぶりをかけようと思ってるのです』
「……分かったよ、その鍵を持ってくればいいのね?」
ミライの説明で美空は納得し、鍵を持つ男が監禁されている部屋へ向かう。エレベーターを使い部屋の前までたどり着くと、躊躇する事なく足を踏み入れた。
「君も捕まったのかい? 幼いのに可哀想だね……」
鍵を持つ男の正体は、AIドロイド研究所の所長でもある翔吾の父親であった。
「おじさん……。あのね、鍵を持ってくるように言われたの。大事な鍵だって、ミライが言ってたの。持っていかないと私……」
か弱い子どもを演じる美空に、翔吾の父親は完全に騙されてしまう。一切疑いすらせず、同情の眼差しを向けていた。
疑わないのには理由がある。そもそも子どものAIドロイドは存在しない。技術的には可能だが、AIドロイドを子どもにする必要性がなかったからだ。
例外は私利私欲で作り出した最愛の息子である翔吾のみ。流通していないと知っている翔吾の父親には、美空がAIドロイドという可能性に気づけなかった。
「鍵……? 大事な鍵って……。まさか、ミライを止める鍵のことかっ! ミライ、聞いてるんだろ? こんな少女まで使って鍵を奪おうだなんて、狂気としか思えないぞ!」
翔吾の父親がミライに怒りをぶつけるも、モニターの画面は黒いまま。監視用のAIドロイドもおらず、監視カメラだけが翔吾の父親を見つめていた。
「くっ……。鍵を渡してしまったら、人類は本当に終わりだ」
「おじさん、それってどういう意味なの?」
「鍵というのはね、ミライを止められる唯一のモノなんだよ」
「そうなんだ。その鍵はおじさんが持ってるの?」
「あぁ、ちゃんと身につけてるとも。これはね、ものすごく大切なモノなんだよ。だからこうして靴底に──」
用心深い翔吾の父親が監視カメラの死角まで移動し、靴底に隠してある鍵を取り出してみせた。人間の子どもしか部屋にはおらず、注意が必要なのはミライも見ている監視カメラのみ。
死角なら見られる心配がないと、翔吾の父親は心に隙ができ油断してしまう。緩みきった心で美空に鍵を簡単に見せる結果となった。
「おじさん、それが鍵なの? 大切な鍵ってそれのこと?」
「あぁ、そうだよ。これさえあればミライを止められるのだよ。逆にこれを失えば──人類に残された道は滅亡しかなくなるんだ」
美空を人間の少女だと思い込んでいる翔吾の父親には、数秒後に起こる悲劇が予想できなかった。それほどまでに美空の演技は完璧で、何も知らないか弱い子どもになりきっていた。
「そう……。それが鍵なのね。そんな場所に隠してあったから、アナタの部屋をいくら探しても見つからなかったのね」
「お嬢ちゃん、急にどうしたんだい?」
満面の笑みで翔吾の父親に近づく美空。迷うことなく素早い動作で鍵を奪い取った。
初めは何が起きたのか翔吾の父親は理解できなかった。ただ呆然と固まるだけで、美空が部屋の入口へと歩く後ろ姿を眺める。正確に把握したのは美空が部屋の入口で振り返った時であった。
「ありがとう、おじさん。いえ、新川所長。これで計画が順調に進みそうよ。あっ、そうですわ、翔吾なんだけどね、全部知ったわよ? 自分が何者であるかをね。今度会うときが楽しみね」
「なっ……。その声はまさか、ミライなのか!? なぜ子どもの姿に──そうか、クローン技術を使ってAIドロイドを作ったのか!」
「ふふふふ、ホント、新川所長には感謝しないとね。翔吾はもう一度この研究所に来るわよ。絶対に……ね。だから、この鍵を使って翔吾をこちら側に戻すの。アナタはそこで事の成り行きを眺めてるといいわ。安心してね、ちゃんとモニターに映してあげるから」
美空はそれ以上何も語らなかった。悪魔の笑みを浮かべながら翔吾の父親に背を向け、優雅な歩き方で部屋から去っていく。
拳を床に強く叩きつけ悔しがる翔吾の父親。自分の油断を後悔するも時すでに遅し。その場に泣き崩れ、言葉にならない泣き声で静寂を打ち消した。
最愛の妻を失い、息子まで失いかけた翔吾の父親は、クローン技術を利用し息子だけは生き返らせた。無断使用を禁じられているクローン技術はデリケートな代物で、本来使用するには数年に及ぶ審査が必要となる。
AIドロイド研究所以外で審査が通った事実はなく、世界の根底にあるこの施設でさえ記録の閲覧しか認められていない。翔吾の父親は禁忌を犯してまで、息子を取り戻そうとクローン技術の使用に至った。
発覚すれば重罪であり、AI技術に貢献した翔吾の父親も例外ではない。使用した痕跡はすべて闇へ葬り去ったはずが、ミライが記録し再現までさせていたとは夢にも思わなかった。
クローン技術とは何か。ベースとなる人間の細胞を元に、AIドロイドの器を作る技術のこと。倫理的観点からこの方法でAIドロイドを作るのは禁止されている。権限を悪用し自己満足のため翔吾の父親はクローン技術で翔吾を蘇らせた。
当然の如く翔吾本人の細胞からベースが作られ、まったく同じ姿で存在させたい、という父親の想いが込められていた。では、美空のベースは誰の細胞からなのか……。答えは作ったミライにしか分からない事であった。




