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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第16話 絶望からの脱却

 一方、翔吾はというと、目の前にいるもうひとりの自分と無言の会話中。本物の翔吾は10年前に亡くなっていて、今この場にいるのは記憶を引き継いだAIドロイド、という事実が受け入れられなかった。


 新川翔吾は人の名前でなくAIドロイドの個体名──。


 常闇に支配され翔吾から気力が失われる。瞳は死んだ魚の目となり、あらゆるモノを拒絶するほど追い詰められていた。

「僕は人間じゃないんだ。翔吾のクローンで作られたAIドロイド、か。真由美はきっと僕のことを──ううん、こんなこと考えても意味がないよね。もういっそのこと……」

「お願いだからそんなこと言わないで!」

 失意のどん底にいた翔吾に届く温かみのある懐かしい声。何年も聞いてなかったように感じる。闇を照らす眩い光の正体には心当たりがあった。忘れるはずのない声に導かれ、振り返った先には薄暗い空間にシルエットが浮かび上がる。

 足音とともに近づくシルエット。

 翔吾の前で立ち止まり、そのまま優しく包み込んだ。

「真由美、どうして……」

「私ね、決めたよ。私は翔吾とずっと一緒にいる。ううん、一緒にいたいのよっ! 誰がなんて言おうと、これが私の意思なんだからね。私はどっちの翔吾も好き。だから自分を追い詰めないで!」

 翔吾に真由美の温もりと鼓動が伝わってくる。揺るがない意思表示は力強く、翔吾の感情を大きく揺さぶってきた。冷たくなった体が温かくなるも、翔吾はどことなく違和感を覚える。


 心地よい感覚も数あるデータを元にしているのだろうか──。

 違う、自分の中にある温もりや鼓動はただの数値ではない。

 認めたくない気持ちが強くなるが、思考はすべてを否定し偽りだと伝えてきた。


「翔吾、私の温もりが分かる? 心臓の音が聞こえる? 翔吾が今感じてるものこそが真実なんだよ」

「でも僕が感じてるのは……」

「ううん、そうじゃない。聞こえ方や感じ方なんて、人それぞれで違うんだよ。人間同士でも違うんだから、そんな風に考えたらダメ。今感じてるのが翔吾の感覚なんだからね」

 真由美の想いがこもった言葉は、翔吾の中に深く突き刺さる。否定してきた思考を破壊し、新しい考え方を翔吾に植え付け再構築した。


 人間同士でも聞こえ方や感じ方は違うもの。

 つまりAIドロイドと人間とでも違うのは当然のこと。

 感覚や感情に違いがあるのは必然で、AIドロイドだろうが人間であろうが関係なかった。


「真由美、ありがとう、そうだよね。でもさ、僕はAIドロイドなんだよ? 人間じゃないんだよ? 偽物の翔吾なんだよ?」

「あのね翔吾、AIドロイドだって知ったからって、翔吾自身は変わっちゃうの? 違うよね。確かに偏見を持つ人がいるかもしれないよ。だけどね、私はそうじゃないから、それくらいで翔吾を嫌いになんてならないよ。だって私は──翔吾が大好きなんだからっ! もう一度言うね? 私は今の翔吾もAIドロイドになる前の翔吾も同じくらい好きなのっ」

 AIドロイドか人間かの違いで価値観を変えないのが真由美。翔吾という存在を好きになり、途中でAIドロイドに変わっただけ。好きという気持ちには偽りがなく、AIドロイドと知ったから嫌いにはならなかった。

 多くの人の考えはこうはならない。心の奥に違和感が刻まれ、最終的には大きな障害となりすべてをひっくり返してしまう。だが真由美はAIドロイドに恋してもいいと思っていた。

「真由美、僕は……僕も真由美が好きだ。こんな僕でもいいの?」

「当たり前よ。たとえ全人類が翔吾を拒絶しても、私だけはずっと一緒にいるから」

 真由美の想いが伝わり、翔吾は今の自分を認められた。絶望の海に沈んだ心は完全に浮かび上がり、笑みがこぼれるほど明るくなる。海底から引っ張り上げてくれた真由美には感謝しかない。改めて真由美という存在の大きさを実感した。


 今の自分も好きだと言ってくれるのは嬉しい。

 心配なのは真由美が差別的な扱いを受けないか。

 幸せになるのであれば、真由美にもその権利がないとダメ。


 翔吾は自分が出来る最善の方法を考えた。

「真由美、僕は甘えるだけではダメだと思う。だってこのままじゃ、真由美が批判の対象になるかもしれないんだよ? だからね、僕はそうならないように世間にも認めさせてみせるよ!」

「翔吾……。でもそれは大変な道だよ? 私は翔吾さえいれば平気だから」

「ダメだよ。僕は真由美が批判されるのが許せないんだ。どんな困難な道だろうと、僕は必ず成し遂げてみせるよ!」

 揺るがない意思は固く迷いがない翔吾。自分だけ安全な場所にいるのが納得いかず、真由美も同じでないと自分を許せなくなる。自らイバラの道へ踏み込み、本当の幸せを勝ち取ろうと決意した。

「やっぱり、翔吾お兄ちゃんはその道をいくんだね。美空たちとは違う道に……。正直言って残念かなって」

 冷たく重みのある声に二人が振り返ると美空が立っていた。悲しげで心を凍てつかせる表情を見るのは初めて。別人かと思う変貌ぶりに、翔吾と真由美は言葉を失った。

「せっかく、真実を教えるためにここまで誘導したというのに。わざわざ両親とはぐれたと偽ってまでね?」

 美空が何を言っているのか二人には理解できない。幻聴かと勘違いするほどで、脳の処理が追いつけず固まったまま動けずにいた。


 ミライのいるAIドロイド研究所へ向かう途中で美空と偶然出会う。

 美空の両親が逃げた先には、偶然にももうひとつのAIドロイド研究所があった。

 偶然にも美空が持っていたカードキーで真実を知る結果となった。


 すべて偶然だと思い込みまったく疑わなかった。現実とは甘くなくむしろ残酷で、偶然が重なった意味を翔吾達は深く考えるべきであった。美空が子どもだったというのも、疑わなかったひとつの要因だった。

「翔吾お兄ちゃん……ううん、翔吾、本当にその道を行くの? 今ならまだこちら側に戻れるわよ? 人間なんて……美空たちを殺すことに罪悪感すら感じてないんだから」

「美空ちゃん、いったいどうしたの? 何を言っているのか全然分からないよ。だいたい偽るって……」

「ふふふふ、翔吾、まだ分からないの? 美空はね、翔吾をこちら側に来させるための存在なんだよ? それなのに……ホント、人間が邪魔をしてくれるわね。まったく、人間と美空たちとでは考え方が違うと言うのに」

「……まさか!? 翔吾様、美空様から離れて! 美空様は──いいえ、ミライと呼んだ方がいいかな?」

「さすがは桔梗ですね。これでは強引に連れ去るのも難しくなってしまいました。本体からの通信で発生する微弱な電波を感知されるなんて、美空──いえ、私としたことが油断してしまいましたわね」

 美空とはミライが実体化した姿。独立した人格はあるものの、ミライと意識を共有できるだけでなく、ミライが美空の体を動かすのも可能。ミライが作った非常に特殊なAIドロイドなのだ。

 すべては翔吾をミライのもとへ来させるための罠。このAIドロイド研究所へ誘導したのも、翔吾に真実を伝えたのも、自分が人間でないと知れば、必ず戻ってくると考えていたからだ。

「桔梗、美空ちゃんがミライって意味が分からないよ。だって美空ちゃんは人間でしょ? 肌から伝わってきた熱とか、AIドロイドだなんて絶対に思えないよ」

「翔吾様、それはおそらく──」

 桔梗が翔吾に説明するタイミングで、美空の高笑いがそれを邪魔する。薄暗い空間に響き渡る声。まるで新しいオモチャを見つけた子どものように見えた。

「翔吾は面白いことを言うのね。上で何を見てきたのかしら。新川所長が実際に作ったじゃないの。クローンをベースとしたAIドロイドをね?」

「……でもそれは、父さんが作ったわけで、同じモノをミライが作れるわけないじゃないか」

「そんなの簡単よ? だって、私を介して翔吾を作ったのよ? その情報はすべて私の中にあるわ。もちろん、見つからないよう細工はしてあるけれど」

 姿こそ幼いが瞳からは冷徹なオーラを放つ。周囲の気温を一気に下げ、翔吾と真由美に恐怖を覚えさせた。

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