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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第15話 希望の光

 近くで見ると翔吾の体が拒絶反応を起こす。光は長細いケースから放出され、大きさは子どもがひとり入れるくらい。横に寝かされた状態で置かれており、上部はくもりガラスに覆われ中身の確認は不可能。ケースからはいくつものコードが伸び、どこかに繋げられていた形跡が残っていた。

「これはなんだろうか……。中身は何が入ってるのかな。イヤな予感がするけど……」

「中が見えないねぇ。うーん、もしかして開けるの? 未知の生物とかが保存されてるかもしれないじゃん」

「で、でも、せっかくここまで来たんだから中身を確認しないと。何があってもきっと桔梗が守ってくれるよ」

「そ、そうだよね」

「任せてね、翔吾様と美空様は──」

「もぅー、そのくだりはいいからっ」

 ケースの周囲をくまなく確認する翔吾。桔梗にライトで照らしてもらい、細かいところまで見てまわる。調査し続けること数分、ケース横にスイッチらしきものを見つけた。ライトで照らしたところ、『OPEN』と書かれた文字が翔吾の瞳に映りこんだ。

「多分、このスイッチを押すと中身が見えるみたいだね。みんな、覚悟はいいかい?」

 全員が頷くと翔吾は息を飲み込みゆっくりスイッチに触れた。


 大丈夫、きっとこの中には何もないはず──。


 翔吾の心拍数は上限なく跳ね上がる。不安が漆黒の刃となり胸の奥まで深い傷をつけた。確実に何かが起こるともうひとりの自分が警告するも、翔吾は一切耳を傾けようとはしなかった。

 ケースから歪な機械音が聞こえると、ガラスカバーが静かに開き始める。白い煙が中から漏れ出し、思わず後退りする翔吾。思考が停止しただ見守る事しか出来ない。不安が大きな波となり飲み込もうとしていた。

 煙は数分で消えていき、隠れていた中身が徐々に姿を見せる。全貌が明らかになったのはあっという間であった。

 最初に中身を見た翔吾は絶句するほど驚く。それが何かを瞬時に理解したからだ。

「──!?」

「この人……翔吾お兄ちゃんに似てるよね。もしかして、翔吾お兄ちゃんの弟なのかな」

 美空の言う通り弟という可能性はまだある。淡い希望の光は、ケースの中に入っていたプレートがあっさり打ち砕く。そこに書かれていた文字とは──。


『新川翔吾 享年5歳』


 ケースの中身は絶望。パンドラの箱を開けてしまい、翔吾は力が抜け落ちその場に崩れ落ちる。否定しようにも心が肯定し、奈落の底へ容赦なく突き落とす。


 残酷な現実を受け入れられない。

 あの記録が事実であると証明された。

 つまり今存在している翔吾は偽物。まったくの別人なのだ。


「これは……。僕、だよね。本当に僕はAIドロイド……」

 目の前が闇に覆われた翔吾は、自我を保てるかの瀬戸際に立たされる。それ以前にAIドロイドなのだから、自我というものは存在しないかもしれない。絶望の海へ投げ出され、記憶の渦に飲み込まれていく。海底には一番古い記憶が宝箱にしまわれている。慎重に開けると中に入っていたのは、いつも隣には真由美がいて、一緒に遊んだり怒られたりする幼い頃の思い出だった。


「翔吾ー、私ね、大きくなったら翔吾のお嫁さんになるのっ」

「は、恥ずかしいだろっ。まったく、どうして真由美はそんなこと平気で言えるんだよ」

「えへへ、だって私、翔吾がだーいすきなんだもん」

 真由美は恥じらいもなく翔吾に寄り添う。幼いながらも自分の気持ちを素直に打ち明け、翔吾の頬っぺたにキスをした。

「な、なんでキスするんだよっ。真由美は恥ずかしくないの!?」

「恥ずかしいに決まってるじゃない。でもね、翔吾だからしたんだよ? 私には翔吾が必要なんだもん」


 蘇った記憶の断片がいつ頃の出来事なのか思い出せない。本来の翔吾の記憶なのか、それともAIドロイドの翔吾の記憶なのか、知る術がなかった。

 桔梗が作られたのも、翔吾が寂しくならないようにと聞いていた。名前の由来は亡き母が好きだった花から。いつでも見守っているとでも伝えたかったのだろうか。否、それはありえない話で、桔梗が作られた時には翔吾はAIドロイドであった。

 本物の記憶と偽物の記憶が翔吾を惑わし、混沌の世界へ迷い込ませた。

「僕は……僕の記憶はどこまでが本物なんだ。感情も五感もすべて偽り……。僕は何を信じたらいいんだよ……」

「翔吾、私は──」

「真由美、僕はいったい誰なんだろう。新川翔吾の記憶を持つAIドロイド……そう、そうだよ、僕は新川翔吾じゃないんだよっ!」

 自分の存在を自分で否定するほど翔吾の心は限界だった。


 心が限界──そもそもAIドロイドに心なんてないかもしれない。

 それ以前に心とはいったいなんなのか。

 分からないのはきっと自分がAIドロイドだから。


 自暴自棄に陥りどうしたらいいのか分からなくなる翔吾。逃避行から今までの思い出を振り返る。

 偽りの存在で真由美と過ごした日々。

 たとえ今の翔吾が積み重ねた思い出であろうとも、真由美からすれば本物の翔吾との思い出ではない。砂の城が波で崩れ落ちるように、築き上げてきたものが一瞬で壊れてしまった。

「ごめん、少しひとりにしてくれないかな? 気持ち──というより色々と考えたいんだ」

「分かったよ、翔吾。私は……ずっと待ってるからね」

 ケースの前で座り込む翔吾は、5歳の翔吾をじっと見つめ物思いにふけっていた。

 痛々しすぎる翔吾を真由美は遠くから見守る事しか出来ない。何か力になれる事はないか──思考の海にダイブした瞬間、浮上してきた疑問を見つける。それはやがて怒りへと変化し桔梗にそのままぶつけた。

「ねぇ、桔梗、アナタ、すべてを知ってたの? それでいて知らないフリして、今まで過ごしてきたの? もしそうなら私は……」

「真由美様、その通りだよ。桔梗はすべてを知ってたんだよ。だけど、他の人に話すのを禁じられてるの。けれど、仮に話せたとしても、桔梗は真実を話さなかったよ」

 まったく表情を変えず能面のように淡々と話す桔梗。初めて見るその姿は今までの桔梗とは異なる存在のよう。感情がまったく伝わって来ず、他人事のような桔梗の態度。真由美の怒りはついに限界を超えてしまった。

「どうして……。どうしてそんなに平気でいられるのよっ! 今の翔吾の気持ちを考えたことがあるの? 自分が本当の自分でないと知って、どれだけ苦しんでるか分かってるの? なんでそんなに冷静でいられるのよ……」

「真由美様……。桔梗は所詮AIドロイドだよ。決められた通りにしか動けないの。感情だって、今まで蓄積されたデータベースから引き出された情報のひとつにすぎないから……」

「だからってこれじゃ──翔吾が可哀想すぎるよっ!」

 真由美は泣き崩れその場にしゃがみ込んだ。

 人型AIドロイドと人間の差とでも言うべきか、見た目が同じでも考え方はまったく違う。人型に限らずAIドロイドは人間に似せて作っただけ。同じように見えてもAIドロイドと人間の間には、乗り越えられない大きな壁があった。


 ずっと前から真由美は翔吾が大好きだ。幼い頃からずっと一緒に過ごし、だがそれは途中から、翔吾の記憶を持ったAIドロイドと入れ替わってしまう。

 好きという感情に偽りはない。

 それがどちらの翔吾に対してなのか、真由美自身にも分からず困り果てる。今の翔吾を切り捨てるのも違うが、入れ替わる前の翔吾を忘れるのも違う。何が正解なのか答えが迷走し、好意の感情が行き場を失う。

 静寂の中で真由美は真剣に悩んだ。

 頭の中はふたりの翔吾しかいない。

 どちらか片方だけを選べず、優柔不断な自分に嫌悪感さえ抱く。焦る心を抑えつけ真由美はひとつの解にたどり着いた。これは単なる覚悟の問題。それに気づくまで時間がかかるも、気づいてから決断までは早かった。


「私、決めたよ。もう絶対に迷わない。たとえ誰がなんて言おうと、私は私なんだから!」

「ごめん、真由美様。桔梗はAIドロイド、翔吾様専用のAIドロイドなので、アナタを傷つけちゃったのかもしれない」

「いいのよ桔梗。ちょっと八つ当たりしただけだから。桔梗だって翔吾のことを考えてなんでしょ? 私、翔吾と話してくるね」

「翔吾様をお願いね。桔梗では今の翔吾様を助けられないの。それが出来るのは真由美様だけなんだ」

 真由美は決して強いわけではない。ただ翔吾とずっと一緒にいたいだけ。その強い想いが暗い現実に明るい光をもたらした。

 事故の前後で翔吾はまったく別の存在となる。それでも過ごした時間は偽りでなく本物。10年前に翔吾が変わろうが、真由美が好きなのは翔吾という存在だ。本物とか偽物とかは関係ない。揺らぐ事のない気持ちを携えて、真由美は翔吾のもとへ堂々と歩いていった。

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