第13話 残酷な現実
先へ行くなら右側しかなく、道なりに進んでいくと両開きのトビラが翔吾の視界に映り込む。トビラの上にはプレートが貼ってあり、『記録室』とだけ書かれていた。
研究の記録でも保存しているのだろうか。
仮にそうだとしたらこの施設の意味が分かるかもしれない。
翔吾の中で好奇心が湧き上がるも、残酷な現実が障害となって阻んでくる。トビラの右横に設置されたカードリーダー。入るにはカードキーが必要となり、中へ入るのを諦めるしかなかった。
「うーん、やっぱり鍵がかかってて入れないよ。何が記録してあるのか、凄く気になるんだけどねぇ」
「翔吾お兄ちゃん、中に入れないの? もしかして、パパとママがこの中で待ってたりするの?」
翔吾の声で目覚めた美空。
目を擦りながら両親がいるのか聞いてくる。
「ううん、多分……この中にはいないよ。だって鍵がかかってるからね。ここは古い施設だし、美空ちゃんの両親も鍵なんて持ってないと思うんだ」
部屋の中に美空の両親がいる保証はない。カードキーを持っていれば別だが、ここは存在しないはずのAIドロイド研究所。持っている可能性はゼロだと断言できる。
何が記録されているのか翔吾は気になるも、今は美空の両親の捜索が最優先事項。湧き上がった好奇心を抑え込み来た道を戻ろうとした。
「鍵がないから中に入れないの? あのね、美空、ママからこれを貰ったんだよ。何か分からなくて今まで忘れてたの……黙っててごめんなさい」
申し訳なさそうな顔で美空がカバンから取り出したのは、プラスチック製で作られたカードのようなもの。理由が分からないが興味を惹かれる不思議な力があった。
翔吾の中で抑え込んだ好奇心が再び湧き上がる。美空からカードと思われるものを借り、間近で観察するとカードキーだと確信する。
跳ね上がる翔吾の心拍数。
何者かの囁き声が聞こえてくる。
運命に導かれカードリーダーにカードキーをかざした。
音を立てて反応するカードリーダー。点灯していたランプの色が赤から緑に変わり、翔吾の耳に解錠したような音が聞こえた。
「えっ……。開いたの? 美空ちゃんが持っていたカードキーで……」
「翔吾、何が起こったの? それに今の音はいったい……」
「トビラの解錠を確認したよ。翔吾様、どのような手段でトビラを開けたの?」
「翔吾お兄ちゃん、どうしたの?」
なぜ開いたのか疑問が残る。
この施設は年季があり、使用されていない期間が長く思える。
まさか美空の両親は関係者なのか──。
ここに逃げ込んだのは偶然ではなく、安全だと知っていた可能性もある。
時が止まったように翔吾は考え込んでしまう。思考回路が完全停止し、答えへの道筋がまったく見えなくなる。足が動かず前へ進めなくなっていると、真由美が翔吾の手を握り安心という温かさを与えてくれた。
「翔吾、大丈夫、何を悩んでるか分からないけど、私がついてるからね」
「ごめん、もう大丈夫だよ。それで中に入ってみようと思ってるんだけど、みんなはどうかな? 何が記録されているのか気になるし、もしかしたら美空ちゃんの両親もいるかもしれないし」
「いいよ、翔吾。前にも言ったよね? 私は翔吾について行くって。それに、何があっても翔吾と一緒なら平気だからね」
「桔梗は翔吾様に従うよ。反対する理由なんて、これっぽっちもないしね」
「美空はねー、翔吾お兄ちゃんを信じてるの。どこまでも翔吾お兄ちゃんと一緒だよ」
この先に待ち受けているのは希望なのか、それとも絶望か。期待と不安が混ざり合い複雑な色を作り上げる。心強い味方に助けられながら、翔吾は禁断の地へ足を踏み入れた。
最初に瞳が捉えたのは巨大なモニター。すぐ下には端末らしき機械が並べられ、床には椅子が何脚も無造作に転がっている。左側に視線を向けると操作端末と思われる機械が設置され、反対側にはテレビくらいの大きさのモニターと機材が置いてある。
小さなモニターはAIドロイド研究所内部の映像を映すものであろう。今はすべてが黒色に染まり何も表示されていなかった。
「思ったより広い部屋だね。今の研究所よりは少し狭いけどね」
「研究所って初めて見たけど、こんなにも機械ばかりなの?」
「電源はどこにあるんだろう。電気が通ってるなら動かせると思うんだよね」
「翔吾、下手に動かして爆発とか、閉じ込められたりしない? 天井が突然降りてきたりとか……」
「真由美……。それは映画の見すぎだよ。そもそもそんな機能をつける理由なんてないからさ」
「ねぇ、翔吾お兄ちゃん、あの真ん中で赤く光ってるのは何かなぁ?」
美空が指差す方向を見る翔吾。巨大なモニターの下にある端末から赤く点滅する光が瞳に映り込む。正体を確認しようと美空を降ろし、赤い光の場所まで近づいていく。点滅する光は大きなボタンの上にあるランプからで、翔吾を誘っているようであった。
ボタンに興味が湧いて仕方がない。
押したら何が起こるのだろう──。
誘惑に負けた翔吾の指がボタンへと伸びる。操り人形に成り下がり、意思とは関係なくボタンを押してしまう。何が起きるか期待していると、巨大なモニターに砂嵐が映し出される。それは少しずつ鮮明になり、何かが表示されようとしていた。やがて映画のタイトルのような文字が薄らと見え始め、時間の経過とともに読めるようになった。
「えっ……。何これ……。どういうことなんだろ」
「翔吾……。これってなんなのよ」
画面に映し出されたタイトルが翔吾と真由美を唖然とさせる。誰も知らなかったこのAIドロイド研究所。そのモニターに浮かび上がったタイトルとは──。
『新川翔吾の治療記録』
自分の名前がなぜ表示されているのか理解できない翔吾。
一瞬、同姓同名の別人かと思った。
だが心はそれを否定する。
モニターは心が大きく揺らいでいる翔吾を無視し、記録されている内容を伝え始めた。
『2080年5月10日』
今日も翔吾は目覚めなかった。大事故で緊急搬送され一命は取り止めたものの、意識を取り戻す気配はまったくない。担当医師から伝えられたのは、これ以上の治療は出来ないという絶望の言葉。そこで私は考えた、病院での治療では限界ならば、研究所で治療すればなんとかなると。
研究所に翔吾を運び治療カプセルに移すと、身体情報をミライに転送して最新の治療方法を模索させた。人間よりも優れているミライでも簡単には見つかるとは思っていない。だが、効率は遥かに上がると判断したからだ。
妻を亡くし、その上、息子まで亡くしたら……私の頭にそんな考えが過ぎった。
『2080年5月12日』
まだ翔吾は治療カプセルで眠ったまま。目覚める気配すら感じない。そこで私は、ミライを使ってなんとか治療しようと考えた。ミライに任せればきっと助かる、私はそう信じるしかなかった。
だがこれは、完全な私的利用になるので秘密裏にしなければならない。治療の模索ならまだ言い訳が出来るが、治療となると言い訳など出来ない。
一番注意が必要なのは副所長だ。彼の行動は監視する必要があるな。
「日記……? 翔吾、10年前って確か事故にあって、でも無事に戻ってきたよね?」
「……あのときの記憶は曖昧で、運がよかったって父さんから聞いてたんだ」
「続き……あるみたいだけど、どうする? 辛いならやめようか?」
「真由美、手を握ってくれないかい? そうしたら最後まで見てられそうだから」
翔吾が真由美に手を握ってもらうと、震えた指でボタンを押し続きを見た。
ここに翔吾の記録がなぜあるのか、先を見れば答えが分かるかもしれない。
仮に翔吾自身も知らない真実が隠されていたら──。
不安と恐怖が翔吾と真由美に牙を剥く。
握る手の力が強くなり、二人は見えない重圧に押し潰されそうになっていた。




