第12話 存在しないはずの研究所
「翔吾……? なんか美空ちゃんにベッタリだよねぇ。ひょっとして翔吾は、小さい女の子が好みだったの?」
「いきなり何を言ってるんだい。美空ちゃんは両親とはぐれて寂しがってるんだから仕方がないと思うよ?」
「そ、それはそうだけど……。はっ、そうだっ、私が翔吾の膝の上に座って、その上に美空ちゃんを……」
「真由美様、自分で何を言ってるのか理解してるー?」
桔梗の的確なツッコミに、我に返った真由美の顔が真っ赤に染まった。
「そっかぁー、真由美お姉ちゃんは翔吾お兄ちゃんが好きなんだねっ。でも、ここは美空だけの場所だからあげないよーっだ」
「そ、そうだけど……。ほら、翔吾が重いかなって。ねぇ、美空ちゃん、私の膝の上に来ない?」
「いやっ! 美空は翔吾お兄ちゃんがいいのっ」
そっぽを向いた美空は翔吾の胸に顔を埋める。気持ちがよかったのか、そのまま寝てしまい寝顔は天使そのものであった。
「真由美様……。子ども相手に嫉妬したあげく嫌われるとは……言葉もでないよね」
「真由美、少し疲れてるんじゃないかい? 目的地に着くまで休んでていいよ」
桔梗の言葉に真由美はぐうの音も出なかった。傷ついた心を癒すため、翔吾の優しさに甘え少し眠る事にした。いつの間にか翔吾の肩に寄りかかってしまい、三人が並ぶ光景は本物の親子のように見えた。
目的地についたのはおよそ20分後。
予想よりも道が入り組んでいて、直線距離より十数倍の距離を走っていた。
「この辺りが二人を見失った場所だよ」
「思ったより時間がかかったね。真由美、美空ちゃん、着いたよ」
「んっ、もう着いたの?」
「ふわぁー、翔吾お兄ちゃん、おはよう」
起きたばかりの二人と一緒に車から降りる翔吾。すぐに取った行動は周囲に隠れられる場所があるかの確認。だが見える範囲に障害物は皆無で、隠れるのは到底無理そうだった。
何か手がかりがあると信じ、翔吾達は周辺を調べる事にした。
「美空ちゃん、まだ眠いかな?」
まだ眠たいようで、美空は目を擦りながら翔吾と手を繋ぎ歩いていた。
「う、うん……。少しだけ、眠いかも。ねぇ、翔吾お兄ちゃん、あの看板ってなんて意味なの?」
「えっ、看板……?」
車から降りて5分ほどの距離で、美空が何かを見つけ指差しする。その方向に見えたものが翔吾の顔を一変させた。
ありえない、絶対にありえない。
なぜそこに存在しているのか疑問が浮かぶ。
幻でもなければ見間違いでもない。
落ち着け、冷静になれ、問題はひとつずつ解決すればいい。翔吾は自分にそう言い聞かせた。
どこか見覚えのある建物が翔吾の瞳に映り込む。古そうなのがひと目で分かり、壊れかけた看板は今にも落ちそうであった。
第1AIドロイド研究所──薄らと看板にはそう書かれている。
世界の常識がひっくり返る発見で、冗談にしては悪質すぎる。AIドロイド研究所は世界にひとつだけというのが常識。2つ目が存在しているなど、誰も想定できるはずがなかった。
「翔吾お兄ちゃん、どうしたの?」
「……な、なんでもないよ。それより、真由美と桔梗を呼ばないと」
翔吾は頭が混乱したまま、真由美と桔梗を呼びにいった。
「ねぇ、翔吾、AIドロイド研究所ってふたつもあるんだっけ?」
「いや、そんなはずはないよ。だってAIドロイド研究所は──」
ミライが占拠しているAIドロイド研究所ひとつだけのはず。それ以前にここへは美空の両親を探しに来た。偶然の発見なのか、何かに導かれたのか、翔吾の思考は奇妙な迷路へと迷い込む。
疑問は他にもある。
AIドロイドがなぜ美空の両親を追いかけなくなったのか。
このAIドロイド研究所と関係があるのか。
謎が謎を呼び翔吾の思考は完全に停止してしまった。
「そうだっ、桔梗、桔梗なら何か知ってるんじゃないかい?」
「……残念だけど桔梗も知らないんだよ。それに調べようとしたら、アクセス拒否されちゃうんだよね。誰かが意図的に隠しているとしか思えないよ」
桔梗ですら答えを知らない現実に、時間が止まり呆然と立ちすくむ翔吾達。小雨が降り注ぐ中で時間を動かしたのは美空だった。翔吾の手を引っ張り現実世界へ引き戻した。
「みんな、この中を捜索してみよう。もしかしたら、美空ちゃんの両親が隠れてるかもしれないし」
美空の行動で翔吾は本来の目的を思い出す。AIドロイド研究所の内部に隠れている可能性があり、中に入ろうと入口に手をかざした。サビかけているも人の力で開きそう。よく見ると地面には新しい二人分の足跡が残っていた。
誰かが中に入った痕跡なのは確か。
美空の両親である可能性が非常に高い。
立ち止まっていてはAIドロイドに見つかる可能性もある。翔吾は中に入るのを素早く決断した。
「翔吾の言う通りだね、中を探してみようよ。もしかしたら、美空ちゃんの両親だけじゃなくて、この研究所について何か分かるかもしれないし」
「翔吾お兄ちゃん、パパとママはこの中にいるの?」
「分からない……。でもいる可能性は高いと思う」
美空の問いかけに優しく返事する翔吾。重厚なトビラをゆっくり開け中を確認した。薄暗くはあるが見えないわけではない。電源が生きているらしく、非常灯が等間隔に足元を照らしていた。
「中は薄暗いよねぇ。翔吾、迷子にならないよう、手を繋いでいいかな?」
「これだから泥棒猫は……。この桔梗が持ってきたライトがあるから、手を繋ぐ必要なんてないからねっ」
「うぐ……。空気ぐらい読んでよね」
真由美の手繋ぎ作戦は、嫉妬深い桔梗によって阻止された。膨れる真由美を放ったらかし、桔梗はライトで照らしながら先頭を歩く。通路は緩かな坂道になっており、翔吾達は滑らないように注意しながら進んでいく。
5分ほど歩いていると、エントランスらしきホールが翔吾達の瞳に映り込む。電気が通っているようで、天井についている電灯が周囲の景色を鮮明にする。広い空間で気になったのは、エレベーターと鉄のトビラであった。
「あのトビラ……奥には何があるんだろう。それにエレベーターまであるし。もしかして、今の研究所みたいに地下に続いてるのかな」
「ねぇ、翔吾、電気が通ってるけど、エレベーターに乗るのは不安だよ。どこかに階段とかあればいいんだけど……」
「翔吾お兄ちゃん、なんか怖いよ」
無人の空間は静寂に包まれ、恐怖を心に刻みつける。不気味すぎる世界に美空は怯え、泣きそうな顔で翔吾の服をしっかりと掴んでいた。
「エレベーターを使わないとなると──あの鉄のトビラが気になるかな。もしかしたら、下へ続く階段があるかもしれないよ」
「桔梗が開けてこようか?」
「ううん、大丈夫。僕が開けるよ」
翔吾の足音だけがエントランスに響き、一歩、また一歩と慎重な足取りで奥のトビラへ向かう。トビラの前で立ち止まりゆっくりドアノブに手を伸ばした。
冷たさは経過した年月の代償。
すんなりドアノブが回りトビラを押すと、不気味な音とともに簡単に開いた。まるで翔吾達を呼んでいるようにも思え全身に寒気が走った。
トビラの先に見えるのは下へ降りる螺旋階段。
灯りのおかげで見通しもよく安全に降りられそう。
どこまでも続く螺旋は途中から闇に阻まれ、全貌を確認するのは出来なかった。
「降りる階段があったよ。もしかしたら、美空ちゃんの両親もここから下に向かったのかも」
「ここに留まってもしょうがないし、降りるしかないよね。階段は危ないから、美空ちゃんは私が抱っこしてあげるね」
美空を抱っこしようと真由美が手を伸ばすも、逃げるように翔吾のもとへ走り出した。
その場で手を伸ばしたまま固まる真由美。困惑した顔で美空の後ろ姿を見つめ、何か理由があるのか考えてしまう。何度考えても思いあたる節がまったくなく、翔吾の袖を引っ張りおねだりする美空が瞳に焼きついた。
「美空は翔吾お兄ちゃんに抱っこして欲しいのっ」
「真由美……。美空ちゃんに嫌われることでもした?」
「そ、そんなことしてないよっ! 美空ちゃん、そうだよねっ?」
「……ぷいっ」
「やっぱり、幼いながらにも泥棒猫という事実に気づいたようね」
「それは関係ないでしょっ! って、私は泥棒猫なんかじゃないんだからっ」
理不尽極まりない結果に、真由美は悲痛な叫びを無人のエントランスに響き渡らせる。機嫌が急落し闇堕ちする気配が漂い、全身からどす黒いオーラが溢れ出す。
ショックの大きさで真由美は崩れ落ちそうになるも、見兼ねた翔吾が頭を優しく撫で慰める。サプライズな翔吾の行動に機嫌メーターが急上昇し、どす黒いオーラは消え真由美に笑顔が戻ってきた。
一部始終を近くで見ていた美空。少し不機嫌そうな表情で翔吾の胸元に顔を埋めてしまった。
「まずはひとつ下の階から調べてみようか」
「はーい、翔吾様と美空様の安全はこの桔梗に任せてね」
「あ、あの、桔梗……さん? 私も忘れないで欲しいかな。なんか美空ちゃんが来てから、私の立場がさらに弱くなった気がするんだけどー?」
「真由美、きっと冗談だから気にしちゃダメだよ」
不安から真由美が翔吾の服を摘むように掴む。片時も離れたくないという想いが強くあり、心の中で胸騒ぎがしてならなかった。
真由美の心も露知らず、翔吾は優しい眼差しで見つめる。頭の中ではAIドロイド研究所について考えていた。
ここをAIドロイド研究所だと仮定した場合、なぜ今は無人なのだろうか。
美空の両親を探していて、偶然に世紀の発見をするものなのか。
それ以前の問題で誰かが導いたのではとも疑い始める。
いや、それこそありえない話。すぐさま浮かんだ考えを否定した。
様々な事が翔吾の頭を自由に駆け巡り、整理がまったく追いつかない。纏める時間が欲しいが立ち止まる暇はなく、冷たい手すりを掴みながら慎重な足取りで1段ずつ降りていく。
一歩踏み出すと金属音が鳴り響き、思ったよりも頑丈な作りでひと安心。無事に地下1階へ到着すると、迷う事なく翔吾がトビラを開けようとした。
鍵がかかっている可能性も否定できない──。
翔吾の頭に過ぎった言葉。すぐに無用な心配だったと知る事となる。まるで翔吾達を待っていたかのように、トビラはいとも簡単に開いてしまう。好奇心と恐怖心が入り交じる中、謎多き地下1階へ一歩を踏み出した。
狭い通路の両壁はガラス張り。
見えるのは何かの研究をしていたあと。
中へ入ろうとするも、トビラには鍵がかかっており開けられなかった。
「なんか不気味なところだよね。なんの研究をしてたのかな、翔吾は分かったりする?」
「んー、想像もつかないよ。でも廃棄されたってことは、何か重大な問題が発生したとか? それも公表できないレベルの問題で、桔梗ですらアクセス制限されるくらいの問題……」
「ここで働いていた職員はどうしたのかな。隠蔽するにしても、職員全員を口止めなんて無理だろうし。誰かしらが漏らしちゃいそうな気がするよ」
奥へ進めば進むほど疑問が増えるも、現時点では解消する方法はない。白いモヤに包まれながらも、翔吾達はガラス張りの部屋に挟まれた通路を突き進む。一本道を数分歩くと分岐点にぶつかり、左側の通路はすぐ行き止まりだった。




