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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第11話 動き出す歯車

「鍵か……。それなら父さんを助けてからミライを停止させよう。それが一番確実な方法だよね」

 真由美と桔梗が小さく頷くも、翔吾の体は小刻みに震え出す。計画が走り出したら止まる事が出来ず、成功するか失敗して捕まるかの二択になる。大きな重荷が容赦なく伸し掛り、翔吾に恐怖を与えてしまう。

 始まる前から責任の重さに押し潰されそう。

 翔吾の心が疲弊していく中、真由美が優しく抱擁し癒しを与えてくれた。

「大丈夫、絶対に上手くいくから。私はね、翔吾が選んだ道ならついていくよ。たとえそれがどんな困難な道でもね。今までも、そしてこれからもずっと一緒だから。何があってもずっと……」

「真由美、ありがとう。真由美がいてくれて本当によかった。もし真由美がいなかったら……きっと僕は決断できなかったよ」

 突如生成される翔吾と真由美だけの空間。見つめ合う二人を邪魔する者は誰もいない。チャンスが天から舞い降り、真由美は目を瞑りそのまま翔吾にキスをした。


 唇は冷たく思った感触とは違う。

 例えるなら鉄の塊に唇を当てたと言ったところだ。

 思う存分堪能していると非情なる現実が待ち受けていた。


「やはり泥棒猫だよね。まったく、油断も隙もあったもんじゃないよ。翔吾様の唇は──この桔梗が死守するんだからっ」

 真由美が驚き目を開けると、目の前に翔吾の顔はなかった。唇が触れているのは翔吾ではなく桔梗の手。予想外の出来事に真由美の思考は一瞬だけ停止してしまった。

「な、なんで邪魔するのよっ!? せっかくいい雰囲気だったのに! しかも泥棒猫とか、こんなに可愛い乙女になんてこと言うのっ」

 再開した思考で絞り出した言葉。後退りしながら真由美は桔梗に文句を吐き捨てる。悔しさと怒りが混ざり合い、一矢報いようと悪知恵を働かせた。


 キスを邪魔された恨みは忘れない。

 泥棒猫も納得できない呼ばれ方。

 不意打ちなら桔梗も反応できないはず。


 真由美は頭に閃いた方法で反撃に打って出た。

「とか言いながら、翔吾様に抱きつかないでよ。これだから泥棒猫は……。そろそろ出発するからね?」

 桔梗に隙はなかった。光の速さで真由美の企みを止め、余裕の表情でマウントを取る。二度も敗北するのは真由美にとって屈辱的だが、今すべきは前に進むこと。不満顔全開で真由美は山小屋を後にした。

 外は暗雲が立ち込め今にも降り出しそうな天気。

 この先の未来を占っているように思えた。

 簡単な道のりでないのは理解しており、翔吾達は車に乗り込むと研究所へ向かった。

「雨が降ってきたね。本降りになっちゃうとあまりスピードが出せなくなるし。スリップには気をつけてね、桔梗」

「そんな心配はいらないもーん。土砂降りだろと暗闇だろうと、桔梗からすれば昼の晴天と同じなんだからっ」

 車はスピードを落とさず山道を下りていく。滑りやすいはずの土の道を華麗な運転で走り抜ける。ぶつかりそうでぶつからないスリルに、翔吾と真由美の顔は恐怖で引きつっていた。

 舗装された道路までようやくたどり着き、翔吾の心は安堵に包まれる。研究所への道へ進もうと右折した瞬間、ひとりの少女が視界に映りこんだ。

 傘もささずに道端に蹲り、何やら事情があるように見える。頭に刻まれたその姿が忘れられず、翔吾は放って置けなかった。

「桔梗、車をあの子の近くで止めてくれるかい?」

「はーい」

 少女のすぐ近くで停車し、翔吾が急いで駆け寄った。

「こんなところでどうしたの? お父さんとお母さんはどこにいるのかな?」

「ぐすん、お兄ちゃん誰……? パパとママは逃げる途中ではぐれちゃったの。パパ、ママどこに行っちゃったの……」

 父親と母親を思い出す少女。瞳から涙がこぼれ落ち、雨粒と混ざり合い地面を湿らせる。少女が流した悲しみの雨──翔吾は優しく拭き取り笑顔で話しかけた。

「大丈夫だよ、一緒に探すから泣かないでね。僕は新川翔吾、キミの名前は何かな?」

「……美空、本庄美空っていうの。一緒に探してくれるんだね、翔吾お兄ちゃん、ありがとう!」

 小学校高学年くらいの美空を翔吾が抱き上げる。これ以上濡れないよう急いで車に戻り、真由美と桔梗に事情を説明した。

「そっか、美空ちゃんって言うんだ。私は時田真由美、私も一緒に探してあげるから安心してね」

「名前は桔梗だよ。桔梗は翔吾様に従うからね」

「二人ともありがと」

「真由美お姉ちゃんに桔梗お姉ちゃん……よろしくねっ」

 美空から笑顔がこぼれ落ちる。涙はすでに存在せず、天使のような可愛さであった。

 最初に説明が必要なのは桔梗のこと。AIドロイドであるが味方だと、翔吾が優しく丁寧に説明する。その間美空は濡れた髪の毛を真由美に拭かれ、キョトンとした顔つきで翔吾の話を聞いていた。

「うん、美空は翔吾お兄ちゃんを信じるよ」

「それで、お父さんとお母さんとはどの辺ではぐれたのかな?」

「うんとねー、この道をまっすぐ進んだところだよー」

 美空が指差ししたのははぐれた場所の方角。そこへ向かうべく桔梗はゆっくり車を発進させた。数分ほど走るとはぐれた場所付近にたどり着くが、隠れられそうな場所で車を停車させる。

 翔吾達の視界に映り込んだのは数体のAIドロイド。見回りしているようで、美空の両親を探すどころではない。下手をすればAIドロイドに捕まるリスクもある。

 桔梗に倒して貰うべきか悩む翔吾。きっと見られた瞬間に情報共有され、他のAIドロイドが集結してくる可能性が高い。


 ならば諦めるしかないのか──。

 いや、視点を変え探す方法を模索すればいい。


 翔吾は思考の海へダイブしすぐに答えを見つけ出した。

「桔梗、この近くで捕まった人がいないか確認できるかい?」

「そんなの簡単だよ、翔吾様。ちょっと待っててね」

 ミライも共有しているデータベースにアクセスする桔梗。相手に検知される危険性もあるがそこは腕の見せどころ。データベースにはAIドロイドの行動履歴や所在など、様々な情報が格納されている。膨大なデータ量であるが、桔梗は場所と時間帯で絞り込み捕まった人間を検索した。

 ここでひとつ疑問が生じる。AIドロイドである桔梗の行動履歴などがなぜミライに知られないのかだ。答えは簡単でシンプルなもの。桔梗自体が特別なAIドロイドであり、行動履歴などはミライですらアクセス不可の独立したデータベースで管理されているから。

 翔吾だけの特別なAIドロイド──。

 ミライの管理下にあるが、ミライに逆らえる唯一無二の存在。

 その特別な一体は難なく検索を終え、結果がどうだったか伝えてきた。

「翔吾様、この近くで捕まった人はいないみたい。だけど、二人に逃げられた、という情報ならあったよ」

「その二人が美空ちゃんの両親かもしれないね。どこへ向かったまでは分からないかな」

「さすがにそれは無理だよ。でも、どこで見失ったくらいなら分かるよ。もう一回アクセスするから、ちょっと待ってね」

 目を瞑った桔梗は再び電脳の世界へ意識を飛ばす。広大な世界から必要な情報だけを抜き出し、見失った場所がどこなのか特定し始めた。時間にして僅か数秒、翔吾が欲しかった答えを見つけ出した。

「分かりましたよ、翔吾様。ここから15キロほど南に行った辺りみたい。運がいいことに、今ならAIドロイドもいないみたいだよ。多分……探し尽くしたからだと思うけど」

 すぐ行動すればAIドロイドと接触しなくて済む。翔吾はすぐ決断し桔梗にお願いするも、美空が何か言いたそうな視線を何度も翔吾へ向けていた。

 その仕草に気づいたのは真由美だけ。

 温かみのある優しい声で美空に理由を尋ねた。

「美空ちゃん、どうしたの? 何か気になることでもある?」

「え、えっとね……。お腹へっちゃったの。何時間も何も食べてないから……」

「そっか、お腹すいちゃったのね。ここはお姉ちゃんに任せてよ。ねぇ、翔吾、どこかで食べ物を調達してから向かわない? このままだと、美空ちゃんが可哀想でしょ?」

「うん、そうだね。桔梗、近くにコンビニとかあるかな?」

「この先にあるよ。着いたら真由美様が買ってくれるんだねっ」

 一生で一度あるかないかの笑みを真由美に浮かべる桔梗。無人とはいえ監視カメラがあり、人間の真由美が買いに行けば捕まるリスクは非常に高い。それを知った上であえて真由美に行かせようとした。

「なっ、私が買いに行ったら捕まっちゃうじゃないのっ」

「捕まるのは人間だし、真由美様は泥棒猫だから大丈夫だよ」

「そっか、それなら安心──って、私は泥棒猫じゃないからっ」

「ちっ、仕方ないなぁ。無能な真由美様に代わって、有能な桔梗が買ってきてあげるね」

「ねぇ、舌打ちしたよね? しかも無能ってどういうこと!?」

 桔梗は笑みを崩さず真由美の言葉を完璧にスルー。コンビニ近くまで来ると、三人分の食料を買いに車から降りる。戻ってきたのは数分後。軽食など手軽に食べられるものを買ってきた。

「美空ちゃん、どう? 美味しいかな?」

「うん、美味しいー。真由美お姉ちゃんも食べてね」

 美空が座っているのは翔吾の膝の上。天使の笑顔を振り撒きおにぎりを頬張っている。

 すっかり翔吾に懐いてしまい、本当の兄妹のように見えた。おにぎりを食べさせて貰い、甘える姿は底なしに可愛すぎる。子どもの特権とはいえ、似合いすぎる光景が真由美に嫉妬を覚えさせた。

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