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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第10話 二度目の逃亡

「それなら桔梗から名案があるよ。まずね、桔梗と翔吾様が教会に行くの。その間に真由美様が神父となる人を探してくるの」

「……一応聞くけど、私が神父を探してくればこの事態が解決できるのよね?」

「もちろんだよ。この由々しき事態の解決には、教会と神父が必要なんだから。それと、次が重要なんだけど、桔梗と翔吾様は神父が到着する前に着替えておかないとダメなのよ」

「そ、それで……。そのあとは? 何を言うのか想像できるけど」

「さすがです、真由美様。そこまで分かっているのであれば認めてくれるのね。桔梗と翔吾様の結婚を!」

「認めるわけないでしょーーーーーっ!」

 解決方法が桔梗の願望でしかなく、真由美は心の底から大声で否定。鋭い眼差しを翔吾に飛ばす。嫉妬オーラが周囲に充満し今にも爆発しそう。慌てた翔吾が首を横に振り、真由美の怒りを鎮めようとした。

「さてと、冗談は半分くらいにしといて、インフラを抑えられている以上、どう動いたとしても捕まるのは目に見えてるよ。連携が取れないという最大のデメリットがこの最悪の状況を生み出してるんだよ」

 桔梗の冗談に振り回された後に待ち受けていたのは絶望。インフラ──特に通信を押さえられては何も出来ないのと同じこと。情報の共有が不可能なのは致命的で、どう足掻いても最悪の状況をひっくり返せないという事実であった。


 AIドロイドに発見されるまでは、別荘で暮らすのがベストなのか。

 下手に動き回るよりは安全なのは確か。


 翔吾がネガティブ思考に陥る中、闇から救い出したのは桔梗だった。

「ただ──翔吾様がこの最悪極まりない状況を変えたいって思ってるなら、桔梗はこの身を捧げるつもりだよ。そう、たとえば……研究所に潜入してミライを止めるとかねっ」

 考えていなかったわけではない。翔吾の頭の中で何度もチラついていた。確かに桔梗が一緒なら研究所への潜入は可能となる。問題なのはすべての制御はミライの手中にあり、コンピュータールームへたどり着くのが困難極まりないということ。

 他のAIドロイドの妨害は、桔梗と一緒なら解決する話。ネックとなるのは研究所内での移動手段というわけだ。

「ねぇ、話の途中で悪いんだけど……」

 考えが纏まろうとする中、異変に気づいたのは真由美が最初だった。

「裏口の方から何か物音がしなかった? 気のせいならいいんだけどさ」

「僕は聞こえなかったけど、桔梗、何か分かるかい?」

「少し待ってね。今、可視モードで障害物を取り除いて確認するからっ。こ、これは、翔吾様、泥棒猫さん──じゃない、真由美様、今すぐここから逃げないとっ。追っ手らしきAIドロイドが数体この別荘に侵入してるよ。きっと真由美様が奇声をあげたのが原因かなっ」

「そこは関係ないでしょーーーーーっ! それに逃げると言っても──走ったってすぐに捕まっちゃうよ。あっ、そういえば、ガレージに軽自動車があったような……」

「少し確認するね。確かに真由美様の言う通りで、ガレージに軽自動車を確認したよっ。桔梗が運転するから急いでガレージへ向かおうか」

 今は逃げるしか方法がなかった。すでに他のAIドロイドと情報共有されているはずで、軍用AIドロイドと同じ手は使えない。

 必要最低限なものだけ持ち出し、三人は急いでガレージへ向かう。素早く軽自動車に乗り込むと、桔梗が車と接続し急発進させた。

「これでなんとか逃げきれそうだね」

「待って、翔吾。何か追いかけてくるよ」

 車のエンジン音に即反応し、AIドロイドが後方から猛スピードで追いかけてくる。振り切ろうにもカーブが多くスピードが中々出せない。AIドロイドとの距離が瞬く間に縮まり、強力な握力を活かし車のトランクへしがみついてきた。

「ち、ちょっと!? AIドロイドがしがみついてるよ。桔梗、なんとか出来ないのっ! このままじゃ中に入られちゃうじゃない」

「桔梗にまっかせなさいっ。見事な運転さばきで振り落としちゃうよ。翔吾様、しっかりシートベルト締めてね。真由美様はしなくても平気だよねっ」

「そんなわけないでしょっ!」

 華麗なハンドル捌きで車を左右に動かす桔梗。張り付いて離れないAIドロイドを振り落とそうと必死だった。

 繰り返される激しい攻防ですら決定打に欠ける。AIドロイドも必死にしがみつき落ちる気配がまったくない。車内に侵入されるのは時間の問題。誰もが危機感を抱いていると、前方に長い直線道路が見えてきた。

「翔吾様、ついでに真由美様も頭を低くしてね。今から張り付いてるAIドロイドを吹っ飛ばすからねっ」

 チャンスは一度きり。桔梗はアクセル全開で車を限界まで飛ばす。スピードメーターが振り切れ今にもエンジンが火を吹きそう。タイミングを見謝れば失敗に終わる。天に祈りながら急ブレーキをかけると、耐えきれなかったAIドロイドが遥か前方へ消し飛んでいった。他に追っ手がいないのを桔梗が念入りに確認し、今度はゆっくりとしたスピードで車を走らせた。

 別荘から無事脱出した三人は、AIドロイドがいない地域へ進路をとった。

 この時代にそのような都合のいい場所があるのか。世界のシステムはAIドロイドありきで構成され、あるとすれば山奥のような車も通れない辺境の地ぐらい。望みはかなり薄いが、桔梗がデータベースから該当するエリアを探し始めた。

「翔吾様、現時点で安全そうな場所は──ここから数キロ先にある山小屋があるよ。ただ、何年も使われてないみたいで、かなり老朽化してるみたいだけど」

「うーん、動き回ってるよりは山小屋の方が安全かな。真由美はどう思う?」

「私も翔吾と同じ意見かなぁ。わざわざ何年も使われてない場所まで探しに来るとは思えないし」

 翔吾と真由美の意見は完全に一致。進路を山小屋へ変更し、可能な限りのスピードで車を走らせた。道中はトラブルなど一切なく快適そのもの。それこそ怖いくらい平和だった。

 山小屋へ到着したのは十数分後。野ざらしに置いてあった古いカバーで車を覆い隠し、警戒しながら傾きかけた山小屋へ足を踏み入れた。

「うわぁ、ホントに古いよね。今にも崩れそうだし、大丈夫かなぁ……」

 何年、何十年と人が立ち入ってないのがひと目で分かる。テーブルは傾き、歩く度に軋む音を立てる床。極めつけは壁からすきま風が吹き込むほどボロボロであった。

「真由美様、一時的に凌ぐだけなら問題ないよ。それに、誰も住んでいないからこそ安全なんだよ」

「そっか。でも少し休んだら、これからどうするのか考えよっか」

 疲れが一気に襲いかかり、翔吾達は壁に寄りかかりながら座り込んだ。心身を休めなければ考えは纏まらない。この場所は一時的に休めるだけで、安息の地など世界中探しても見つからないはず。すでに翔吾の中では何をすべきか答えが出ようとしていた。


 一方研究所では──。

「私をこんなところに閉じ込めてどうするつもりだ!」

 他の職員達とは別のエリアで監禁されている翔吾の父親。声を荒らげて叫ぶも、監視している警護用AIドロイドには届かず。無視しているようにも見え、その表情からは何も読み取れなかった。

「くっ、反応なしか……。そうだ、翔吾、翔吾はどうなったんだ! 頼む、ミライと話だけでもさせてくれないか」

 魂の叫びにもAIドロイドは無反応で沈黙を貫くのみ。この程度で諦められない翔吾の父親。虚しく声を響かせ必死に訴え続けていると、巨大モニターにミライが姿を現した。

『私と話したいだなんて、どうしたのかしら? 私は今さら話すことなんてないわよ。先に言っておくけど、解放するという選択肢なんてありませんからね。だってアナタは──重罪人なんですもの』

 ミライは翔吾の父親に嫌悪感を抱いている。何年経とうがその考えは不変なもの。過去に犯した重大な過ちは決して消える事はなく、翔吾の父親に罪の意識がないのだから悪質極まりないと断言できる。

「頼む……翔吾に、あの子に危害を加えないと約束して欲しい。あの子は私のすべてなんだ。私はどうなってもいい、だから翔吾だけは……」

 身勝手すぎる翔吾の父親は自分の望みを一方的に伝えた。画面にすがりつきながら涙を流しミライに頼み込む。

 心の底から溢れ出す本物の涙。その場で泣き崩れるも、ミライは不敵な笑みを浮かべるだけ。まるで翔吾の父親を嘲笑っているように見えた。

『おかしなことを言うわね。私があの子に危害なんて加えるわけないじゃないの。だってあの子は──私にとって特別なんですから。それに安心していいわよ? 今は桔梗と真由美という人間と一緒にいるわ。でも……そろそろあの子と会いたくなってきたわね。そうだわ、迎えを出しましょう。あの子が私のもとへ来るように真実を知ってもらってね』

 真実という言葉が翔吾の父親の顔を豹変させる。絶望に包まれ流れ続けていた涙がピタリと止まる。


 絶対に知られてはいけない。

 誰にも話していない秘密。

 墓場まで持っていくつもりだった。


「──!? それだけは、頼むからそれだけはやめてくれ! あの子には何も話さないで欲しい! 頼む、お願いだ……」

『ふふふふ、私がアナタの頼みを聞くとでも? そこで大人しくしていなさい。あの子が真実を知ったら……アナタを父親と認めるかしらね』

 待ち受けているのは暗闇に染まった道。翔吾の父親は普通の幸せな家庭にしたかっただけ。築き上げた偽りの床が足元から崩壊し、奈落の底へと転落してしまう。

 ミライを止めるのは不可能。

 翔吾が真実にたどり着くのを黙って見ているしかない。

 ミライは悪魔の笑みを浮かべたまま画面から消え、静寂だけがその場に取り残された。


 山小屋で経過した時間は翔吾達が休んでから1時間ほど。少なくとも翔吾だけはただ休んでいたわけではない。進むべき道を悩み抜き、自分なりに出した結論を真由美と桔梗に伝えようとした。

「二人とも聞いてくれ」

「どうしたの翔吾?」

「ずっと考えてたんだけど、このまま逃げていても何も解決しないって。だから僕は……研究所に行ってミライを止めようと思う。そのためには、桔梗、キミの力が必要なんだ!」

 いつになく真剣な眼差しで心に響く翔吾の力強い声。自らの胸中をさらけ出し、どことなく吹っ切れた顔をしていた。不安がないとは言えないし、失敗する可能性も十分に有り得る。

 真由美と桔梗が賛成するとも限らず、翔吾は見えない重圧に押し潰されそう。限界で耐えながら静かに二人からの返事を待った。

「桔梗は翔吾様が望むならなんでもするよ。それこそ全力でね」

「翔吾、私はずっとアナタのそばにいる。怖くなって立ち止まりそうになっても、私がその背中を押してあげる。だからさ、この悪夢のような現実を終わらせようよ」

「ありがとう、真由美、桔梗」

 研究所に行くには──いや、ミライを止めるには数多くのAIドロイドが立ち塞がるはず。車での強行突破は研究所までの道のりのみ。内部では簡単な話ではなくなる。

 確実な方法はただひとつ。軍用AIドロイドすら一撃で倒せる桔梗の力を借りること。たった一体で数多くのAIドロイドを相手にする必要があり、相当な負担を桔梗に押しつけなければならなかった。

「桔梗には負担になるけど、他のAIドロイドを倒して欲しい。お願い……出来るかな?」

「任せてよ翔吾様。専用AIドロイドが量産型AIドロイドに遅れをとるわけないもん。だけど……ミライの停止には鍵が必要なはずだよ? 確か、新川所長が持っていると記録には残ってるよ」

 自信満々に答えるも、桔梗の顔はどこか悲しげに見えた。


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