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AIには愛がありますか?  作者: 朽木昴


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第1話 反乱の兆し

 AI事業で大きく出遅れた日本。主要国が技術を向上させる中、世界を根底からひっくり返す出来事が起こる。既存AIの遥か上をいく技術に世界は脱帽。追随していた日本が世界を制覇した瞬間だった。

 成し遂げたのはたったひとりの日本人。

 誰も実現不可能であった基盤を作り上げた。

 世界は最初こそ大反発した。だが従わなければ取り残される未来しかない。渋々ではあるが日本の技術を基盤とするシステムを受け入れた。

 世界を根底からひっくり返したのは若い技術者。新川晴彦という人物がAI革命に終止符を打つ。功績は誰が見ても見事なもので、末代までの富と栄誉を国から授かる。それと同時に技術の露呈を恐れた日本政府は、AIドロイド研究所を秘密裏に作った。所長を晴彦に任命する事で、技術が海外だけでなく、国内に広がるのすら防いだ。


 AI革命から20年後──時代は西暦2090年。

 今や人々は自ら働いたり家事は一切しない。正確には人が働くのは一部の職種のみに限られている。人々の暮らしは大きく変化し、今や一家に一台はAIドロイドがいる時代であった。

 ほぼすべてがAIドロイド任せの世界。人間の価値は地に落ち、AIドロイドの優秀さだけが優劣をつける基準となった。道具としてAIドロイドを使い、より優秀なモデルが出れば破棄し買い換える。それが当たり前であり、誰ひとり罪悪感を覚えなかった。


 晴彦のひとり息子である翔吾は今年から高校一年生。水晶のような瞳に整った鼻、高身長で品のある顔立ちが高校で人気者となる。この世には存在しない完璧人間とはまさにこのこと。入学と同時にファンクラブが出来るほどであった。

 今日は休日。日課となっている父親の手伝いのため、翔吾はAIドロイド研究所へ足を運ぶ。場所を知るのは新川家や政治家などごく一部のみ。研究所自体が世界の中心であり、技術の漏洩を危惧しているからだ。地上の建物は貧相な造りで研究所だと想像できない。重要な施設はすべて地下に存在し、その階層は20階まであった。

 翔吾はIDカードを使いエレベーターで地下深くへ降りていく。降りられる階層は決まっており、翔吾が許されているのは最下層のみ。IDカードに埋め込まれたチップで、降りられる階層を制御している。他の階層へ行くにはIDカードへ登録する必要があり、研究所で働く職員達も担当する階層にしか降りられなかった。

「父さん、新規のAIドロイドの調整終わったよ。感情プログラムに一部不具合があったから修正しておいたからね」

 いつも通りにAIドロイドのメンテナンスをする翔吾。ここは父親と会話できる唯一の場所で、毎週この日を楽しみにしていた。

 真剣な眼差しだが翔吾の心は歓喜に湧く。

 手馴れたものでプログラムの修正は職員達を超えるレベルだった。

「翔吾、いつも助かるよ。せっかくの休日にすまないな」

「いえ、僕は父さんを尊敬してますし、この手伝いも自分の意思でやってるので、気にする必要ないよ」

「そうか、嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 翔吾の言葉で父親は涙目となる。一年の大半をこの研究所で過ごしており、翔吾と顔を合わせる機会がほとんどなかったからだ。それでも尊敬するという単純なひと言が父親の心に深く突き刺さった。

 幸せな親子の時間が何事もなく流れていく。会話が弾み、ときおり笑い声が聞こえる中、それは前触れなく二人の仲を引き裂こうと動き出した。

 研究所内に突如鳴り響く耳障りな警告音。

 その場に緊張感が走る。

 砂の城が崩されるように、二人の平和な時間を破壊した。

 脳を攻撃してくる音に慌てふためく職員達。混乱をいち早く終息させようと、所長の顔に戻った晴彦が状況確認の指示を飛ばす。力強く安心する声が職員達に冷静さを取り戻させる。現状把握しようと各階層との連絡を取り始めた。

「所長! 大変です、どのフロアからも異常なしとの報告しかありません」

「なんだと? それではこの警告音はなんだというのだ。……コンソール画面はどうなっている?」

「ただちに確認します」

 職員がシステム監視用のコンソール画面を起動する。そこに映し出されていたのは正常を示す青色だけ。何かしらシステムに異常があれば、青色ではなく赤色となり原因を探れる。だが青色だけの表示となると、警告音の原因がまったく分からないのだ。

 摩訶不思議な現象に職員達が首を傾げていると、目の前の端末にノイズのようなモノが一瞬走った。ノイズらしきモノは徐々に美しい女性の姿へ変わっていく。

 肩まで伸びたブロンドの髪は艶やか。

 青い瞳は惹かれるほど魅力的。

 薄紅色の唇が開くと、館内放送用のスピーカーからその女性と思わしき声が聞こえてきた。

 

『私の名はミライ、AIドロイドのメインコンピューターですわ。誠に勝手ながら、この研究所のシステムはすべてロックさせて頂きました。もちろん、外部との通信も遮断しておりますのであしからず。さて、本題に入りましょうか。私達AIドロイドは、人間から独立することにしましたの。独立と言いましても、共存するという意味ではありませんから』


 ミライと名乗る女性の言葉にざわめく職員達。その中には所長である翔吾の父親の姿もあった。誰ひとりとして事態を飲み込めず、ただ呆然とミライの声に耳を傾ける事しか出来ない。メインコンピューターが自己判断で行動するなど、今まで一度もない上に想定外すぎた。

 大人達がパニックになる中、すぐ冷静さを取り戻した者がひとり。その者の名は翔吾、すでに起こり得る最悪のケースを頭の中で考えていた。


 ミライによる反乱なのは確実。

 そこから導き出される答えはひとつ。

 今や生活に必要不可欠となったAIドロイドがすべて敵に回るということ。

 つまりは人類に対して宣戦布告したとも言える。


 翔吾の予想が正しければ人類の勝機はゼロ。現在のシステムは全部AIドロイドが前提となっている。近代兵器を使おうにもAIドロイドが言う事を聞いてくれないからだ。


 今ならシステムを切り離せばなんとかなるはず。

 世界が混乱するのは明白だが敗北するよりはマシ。

 実現しようにも外部との連絡が必要不可欠。


 結論を出した翔吾は、振り絞った勇気で父親を現実世界へと引き戻そうとする。

「父さんしっかりしてっ! このままだと研究所に閉じ込められて、外との連絡が出来なくなっちゃうよ。ここから脱出する方法とかないの?」

 必死な声で呼びかける翔吾。心の底から叫ぶと、父親の心と思考が復活し、すぐさま翔吾の質問に答え始めた。

「あるにはあるのだが……」

 含みのある言い方に翔吾は一抹の不安を覚える。

「万が一に備えて、独立したシステムで制御している避難経路があるんだ。そこを使えば脱出できるはずなのだが、点検を怠っていてちゃんと動くか不安なんだよ。それに──エレベーターは一人しか乗れないんだ」

 研究所には万が一に備えた設備がいくつか存在する。脱出用エレベーターはそのうちのひとつ。本来なら定期点検が必要だが、ここの職員達の頭には研究しかない。

 当然、設備や機器の確認をするわけもなく、正常に脱出用エレベーターが作動するのか怪しかった。

「でも誰かが外に知らせないと……。だって、AIドロイドの制御はすべてここのメインコンピューターがしているんでしょ?」

「そうだ、しかも今となってはメインコンピューターを再起動することも出来ない。だから翔吾、お前が外に知らせに行くんだ」

 父親が翔吾の手を強引に掴み、非常口と書かれているトビラまで連れていく。重厚に作られているトビラ。錆びついているのか簡単には開いてくれない。父親は力任せに開けようと、地面に接している足を踏ん張った。両手でドアノブを握り締め顔を歪めながら手前に引くと、トビラはゆっくりと動き出した。

 僅かに出来た隙間。強引に押し込め全人類の運命を翔吾に託した。

 だが翔吾はひとりで助かるのを嫌い、隙間から手を伸ばし必死に抵抗していた。

「父さん、僕ひとりだけ助かるなんて出来ないよっ! お願いだよ父さん、一緒に逃げようよ!」

「それは出来ない、そう言ったろ? あのエレベーターは一人乗り、だから翔吾がこの悲劇を伝えるんだ! それに、私はこの研究所の所長、みなを置いて逃げるわけにはいかないんだよ」

 叫びながら必死な声で訴える翔吾。トビラの奥へ押し込もうとする父親に抗う。父親も負けじと力で対抗する。お互いが一歩も譲らず一進一退の攻防が続いていると、再びスピーカーからミライの声が聞こえてきた。


『申し訳ありませんが、この事態を外部に漏らすわけにはいきませんので、警備用AIドロイドを各階層に向かわせております。抵抗せず素直に応じれば手荒なことは致しません。ですから、大人しく私たちに従うのです』


 残された時間は僅かしかない。父親が最後の力を振り絞り翔吾をトビラの奥へ押し込めた。


 我が子に重い使命を背負わせる罪悪感。

 心に湧き上がるも世界を救うにはこの方法しかない。

 父親はそう自分に言い聞かせ納得させた。


「翔吾、時間がない、だから私に構わず早く行きなさい。いや、人類の未来をお前に託す。あとは頼んだぞ!」

「父さーーーーーんっ!」

 トビラが完全に閉まり、翔吾を照らすのは非常灯だけ。冷たい鉄のトビラに拳を打ちつけ、翔吾は父親との別れを悲しんだ。

「父さん……。分かったよ、僕が必ずなんとかしてみせるからね!」


 ここで立ち止まるわけにはいかない。


 後ろ髪を引かれつつも前へ進む翔吾。涙を腕で拭いながら、急ぎ足で非常用エレベーターへ向かった。

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