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囚人食  作者: いもたると


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 そのうちに、私の方も調子の悪いのが治ってしまう。


 母は「病院に行かなきゃねえ」などと言ってくれるのであるが。

 私はやがて、人体が治るメカニズムを悟っていく。

 体は医者が治すのではない。

 元々持っている、自然治癒力で治るのだ。

 でも母は、今になってさえ、病院に行けば病気が治るのだと、頑なに信じている。


 いつもそんなことの繰り返しだから、私はそのうち、どこか悪いところがあっても、母に言うのをやめた。

 頭痛があっても、腹痛があっても、母には言わなかった。

 38度の熱があっても、常備薬の風邪薬を飲んで学校に行った。

 不満を感じてはいたが、それは仕方のないことだと受け入れてもいた。


 ウチには父がいないのだ。

 いてもあんな男だったのだ。

 母は女手一つで、私たちを育てなければいけないのだ。

 だから、わがまま言っちゃいけない。


 それに、母は私たち兄妹をちゃんと食べさせてくれているではないか。

 いつも手の込んだ、そしておそらく愛情のこもった料理を食べさせてくれているではないか。


 そう思っていたからだ。

 それだけで十分なんだ。

 母は一人で働き、子供たちを食べさせてくれている。

 それに勝る愛情など、この世界のどこを探したって、どこにもないのだ。

 そう思っていた。


「ふう」


 私はまたため息をついた。

 テレビでは、コマーシャルが終わり、再開とともに新しいコーナーが始まった。


 お料理コーナー。


 画面には、母が映っていた。

 少し前に収録した映像だ。

 母は、家族には見せないニコニコ顔でカメラに向かって話しかけていた。


「家庭には笑顔が大事ですからね、言うまでもなく。是非お母さん方には、家族を笑顔にする料理を作っていただきたいと思いますね」


 いつもの母のお題目だ。

 カメラの向こうの何千という信者に向かって語りかけている。

 私はとっくに笑顔が消えているというのに。

 それでも彼女はにこやかに話し続ける。

 家庭料理がいかに大事か、子供の成長にとっていかに大事かを。


 今回は、まさにそういうことを話すのに相応しい回だった。

 母の隣には、もう一人、教祖と同じ思想・信条を持つ、優秀な一番弟子がいた。

 同じように作られた笑顔で、エプロンを着たマネキンのように立っていた。


 兄だ。

 今日は親子共演の日だ。

 家庭料理が子供の健やかな成長に役立つ、という、「下町のおっかさん」を「下町のおっかさん」たらしめている教条を、最上級にモンスター化させる装置。


 兄という、血が繋がっているはずなのに理解できない生き物。

 一度不良の道に逸れた兄を、見事に更生させた、お母さんの家庭料理。

 美しい親子愛に憧れる、被洗脳者たち。

 彼らを悪魔の罠にはめるために、教祖は今日もにこやかに説法を続けている。


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