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囚人食  作者: いもたると


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8/9

 母にとって、その答えは決まっていた。

 料理だ。

 これから生計を立てていくのも、子供たちを育てていくのも、自分が寄って立つところは、料理しかないのだ。


 それが過ちの出発点だった、と思う。

 不幸な冒頭部分から始まる、一人の女性のサクセスストーリーは、それだけで見れば美しいストーリーだ。

 だが、それは意外な展開が待っていた。


 母には、女手一つで育てなくてはいけないという切迫感があっただろう。

 子供達に、完璧な食事をさせなくてはいけないという、強い信念があったと思う。

 それは強迫観念と言ってもいいぐらい強いものだった。

 こうあって欲しいという理想。

 それが、こうあるべきという義務に変わったとき、新たな不幸を開始する。


 一旦、腹が決まると、母は強かった。

 若い頃のツテを辿って、彼女は料理家としての仕事を始めると、持ち前のバイタリティと、意外な生命力の強さを発揮した。


 チャキチャキの下町育ち。

 生来の人懐っこさと、人情味豊かな性格で、徐々にファンを増やしていった。

 子育て世代の主婦をターゲットにした、栄養豊富で色取りにも優れた家庭料理が評判になり、いつしか「下町のおっかさん」の愛称をいただき、庶民派として親しまれるようになる。


 それは娘の私でも驚くほどだった。

 強大な父の影に隠れていたときは、華奢で弱々しい女性に見えた。

 父がいなくなって、ほっとしたのと同時に、この先どうしてやっていけばいいのだろうと、不安になったものだった。


 まさか、母にこんな強さが隠れていたとは。

 調子悪いアピールの癖は当時からあって、しょっちゅう病院に通ってはいたのだが、なぜだか彼女は仕事も子育てもエネルギッシュにこなすことができた。

 彼女に言わせると、それはお医者様のおかげ、なのかもしれないが。


 ただ余談だが、私が体の不調を訴えても、彼女は医者に連れていく、ということをしなかった。

 私も特別体が強い方でもないので、子供の頃は、しょっちゅうここが痛いだの、あそこが痛いだのを母に訴えてはいた。

 それはどこの家庭の子も、おおかた同じようなものだったのではないか?


 だが母は、いつも演技的な大袈裟な反応をして、ただでさえ調子の悪いところのある私を、さらに当惑させるのみだった。


「ええ!?耳が痛いの?まあ、奥までバイキンが入ったら大変よ。耳が聞こえなくなってしまうわよ。それだけならいいけど、脳までいったらどうしよう」

「鼻がグズグズいってるの?菜々ちゃんもそうなの?お母さんもねえ、鼻がおかしいのよ。花粉症かしらねえ」

 万事がこんな調子である。


 それでも病院には連れていってくれるのかと期待していたが、いつも仕事に兄の学校のことなどで忙しい母は、いつの間にか私のことなど忘れているのであった。

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