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囚人食  作者: いもたると


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3/8


 早食いの人を基準に出来ているこの社会では、食べるのが遅いということは、自己肯定感を破壊するキラーウェポンだ。

 家庭でも、学校の給食のときでも、私はいつも食の時間に取り残されてきた。

 人は食べるものによって作られる。

 劣等感、自己肯定感の低さ。

 惨めな思いは、食によって醸成されるのだ。


 一方、この人は、私が食べるスピードよりも、ずっと早いペースで飲み込んでいく。

 齢70になんなんとしているのに、正月のお雑煮でさえ、喉に餅を詰まらせることなく、猛スピードで飲み込んでしまう。

 どうせなら、もっと味わって食べればいいのにと思うのだが。


 我が家の食卓の背後には、いつもラジオの音が流れている。

 母は、時折その音に相槌を打ちながら、食事をする。

 決して箸を動かす手を休ませることなく、まるで歯のない動物が獲物を丸呑みにするように、食物を胃に放り込んでいく。


 アナウンサーが、もう既に当たり前の常識をもったいぶって言えば、ほう、なるほど、と感心する素ぶりを見せる。

 少しでもつっかえたり、とちったりすれば、「まあ、何よ」と非難する。

 毎日、日課のように繰り返される、痛ましいニュースを聞けば、大袈裟に悲しんでみせる。一瞬だけ。

 株価が大きく値動きをすれば、まるで世界が後戻り出来ない大変動の入り口に立ってしまったかのような反応を見せる。これも一瞬だけだ。


 善良なる一般市民が持つ偽善性は一通り身につけているこの人は、公共放送と政権与党と医者の話を、全て鵜呑みにする。


「腰が痛いのよ。喉の調子もおかしいし、耳鳴りもするの」


 独り言なのか、私に聞かせているのかわからない、病気アピールはいつものことだ。

 その割に、まるで故障することを知らないポンプのように、休むことなく()()()()を飲み込んでいく。

 私はその間、ただ無機的に口と手を動かして作業を続けている。


 いつものように、母が先に食べ終わって、席を立った。


「食器は食器洗い機に入れて、スイッチ押しておいてね。お母さん、お教室に出かけるから」


 私は母の方を見ないで料理に目を落としたまま、コクリと無言で頷く。

 母は自分が使った食器を、ひょいひょいと食器洗い機に入れていく。

 あれだけ慌ただしく食べたと思ったら、一服する暇もない。


「あー、腰が痛い。膝も痛いし、また病院行かなきゃいけないわ」

 と言って、水道の蛇口からコップに水を注いだ。


 この人はいつもスケジュールが詰まっている。

 痛いところがいっぱいのはずなのに、毎日エネルギッシュに動き回っている。

 テレビ番組の撮影、お料理教室、メディアの取材に講演会。

 お友達とのお茶に会食、プチ旅行。

 季節ごとに泊まりがけの旅行にも行く。

 その合間を見て、()()の病院通いもある。


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