第8話 『二つの記録者 ― 終焉の選択 ―』
光の奔流が静まり、世界は再び息を吹き返していた。
凍てついていた街は融け、流れる水音が生を取り戻す。
だが、剛の胸の奥には重い痛みが残っていた。
カグが消えたあと、残されたのは“空白”――
まるで、何か大切な記憶を失ったような感覚。
そんな剛に、コウジロウが静かに声をかけた。
「主……目覚めた力、“炎氷の印”は均衡そのもの。
しかし、世界の根はまだ揺らいでいます。」
「どういうことだ?」
「均衡は保たれた。だが、“終焉の鍵”が動き始めたのです。」
その言葉と同時に、空が鳴った。
赤と青の光が交わる雲の裂け目から、一人の影が降り立つ。
白銀の衣をまとい、瞳は淡く輝く二色――赤と蒼。
> 「ようやく見つけたわね……“均衡の記録者”。」
「……フィーネ?」
剛は息を呑んだ。
そこに立つ彼女は、以前出会った“氷の女”とは違っていた。
その存在は二つの光を内包し、まるで“別の彼女”のようだった。
「私はもう一人のフィーネ、“創造記録者”。
炎と氷、始まりと終わり……その全てを記す者。」
その瞬間、彼女の背後に広がる光景が変わる。
空が裂け、巨大な記録の書が現れた。
そこに刻まれたのは、世界の誕生と滅びの連鎖――。
「この世界は、元々“記録”で出来ていた。
感情も、記憶も、生命さえも。
そして、その記録を維持するために“炎と氷”という二つの意思が作られたの。」
「じゃあ……俺たちは、そのために……?」
「そう。あなたは“炎の記録者”。
そして私は“氷の記録者”。
私たちは何度もこの世界を作り直してきた――“終わり”を迎えるたびに。」
剛の胸が締めつけられる。
「……そんなことのために、あの街の人々まで……?」
フィーネは目を伏せた。
「彼らも記録の一部。けれど、あなたが“覚醒”したことで、流れが変わった。
この世界は今、初めて“記録の外”へ動こうとしている。」
空が軋む音がした。
光と闇の裂け目から、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
それは形を持たない“虚無”――記録を喰らう存在。
コウジロウが低く唸る。
「来ましたか……記録喰い《ヴォイド》。主、覚悟を!」
剛は炎氷の印を握りしめる。
「この世界が記録で出来ているなら……俺が書き換える!」
フィーネが一瞬、驚いたように目を見開く。
「書き換える……? そんなことをすれば、あなた自身が消える!」
「構わない。もし俺が“記録の中の存在”でも、
“記録を超えて生きたい”と願った、この心は本物だ!」
次の瞬間、剛の身体が光に包まれる。
炎と氷が混じり合い、彼の背中に二枚の光翼が現れた。
コウジロウがその足元に寄り添い、静かに頷く。
「行きましょう、我主。
今度こそ、終焉を“始まり”に変えるために。」
ヴォイドの咆哮が響き、空が裂ける。
剛は一歩踏み出し、光の翼を広げた。
世界の記録が震え、書き換えられていく。
そして、フィーネは涙を浮かべながら囁いた。
> 「ならば――あなたの記録を、わたしが見届けましょう。」
炎と氷、創造と終焉。
二人の記録者が交わる瞬間、世界は再び白に染まった。




