第5話 『凍結の記憶 ―紅と蒼の狭間で―』
——真っ白な世界。
耳鳴りのような静寂の中、僕はひとり立っていた。
氷の塔が崩れ、紅と蒼の光が絡み合いながら宙に舞う。
それはまるで、炎と氷がひとつの旋律を奏でているようだった。
「……ここは……?」
足元は凍りついた鏡のように滑らかで、そこに映る自分の姿は、どこか違って見えた。
胸の奥が、熱い。
そして痛いほどに懐かしい声が、心の奥から響いた。
> 『剛……約束、したよね。
いつか、世界が凍ったら、君が“灯”になるって。』
その声に、息を呑む。
思い出す。
あの日、吹雪の中で迷った少年の僕を、温かな手で包んでくれた少女の姿を。
「……あれは、夢じゃなかったのか」
> 『私は氷の一族。
あなたは炎の継承者。
交わってはいけない……そう教えられたけれど――』
紅と蒼の光が交錯し、空間が揺れる。
そこに現れたのは、氷花の少女だった。
けれど、その瞳の奥には悲しみと安らぎが同居している。
「氷花……お前、どうして……」
彼女は微笑み、そっと手を差し伸べた。
「あなたの炎は、私の願いから生まれたの。
あなたに生きてほしいと、心から願った瞬間……炎が生まれたのよ」
「じゃあ……この世界を凍らせたのは……」
「私。だけど、それは“滅び”を防ぐため。
炎が暴走すれば、世界は燃え尽きる。
氷は、その終焉を止めるための楔だったの」
剛は息を呑む。
炎と氷——それは破壊と再生、滅びと救済の対。
「俺たちは……ずっと、戦わされてきたのか」
「ううん。
本当は、共に生きるはずだった。
だけど、“時の支配者”が均衡を壊したの。
永遠を手に入れるために——時間を凍らせたのよ」
空が割れるような音が響く。
氷の塔の残骸が舞い上がり、紅と蒼がぶつかり合う。
コウジロウの声が聞こえた。
「主! この世界は限界です!
思い出すのです、主の“約束”を!」
——約束。
あの日、凍える手を握り返して言った。
『俺が君を、温めるよ』
その記憶が胸を焦がし、紅い光が体中を駆け抜けた。
炎が爆ぜ、凍てついた世界に亀裂が走る。
氷花が微笑む。
「それが、あなたの“覚醒”……」
紅蓮の炎が剛を包み、彼の背に“紅と蒼”の双翼が現れた。
片翼は炎、もう片翼は氷。
二つの力が一つになった瞬間、世界が音を取り戻す。
「俺は……もう逃げない」
「それでいいの。剛……」
氷花の姿が、光の粒となって消えていく。
その光の中から、最後の言葉が届いた。
> 『紅と蒼が交わる時、真の“時の鍵”が開く。
その時こそ、世界は——再び動き出す』
炎が吹き荒れ、凍結した大地が溶けていく。
剛の瞳には、確かな決意の光が宿っていた。
「氷花……必ず、取り戻す。
たとえこの身が、燃え尽きようとも」
コウジロウが静かに頷いた。
「主よ、ようやく……炎が、貴方のものとなりましたな」
紅と蒼の光が空に溶けていく。
その狭間で、剛はひとり立ち尽くしていた。
新たな世界の夜明けを、見届けるように——。




