第4話 『北の塔 ―氷壁の誓い―』
吹雪の夜が続いていた。
氷の街を後にしてから、どれほど歩いただろう。
見上げれば、北の空に黒い影のような塔が突き立っている。
「……あれが、北の塔か」
「はい、我主。氷核の力が最も濃い場所。
世界を凍らせた“始まり”が、そこにございます」
塔は、まるで天空まで届く氷柱のようだった。
表面は鏡のように滑らかで、光を反射して淡く青く輝いている。
けれどその美しさの奥には、何か恐ろしいものが潜んでいる気がした。
「……寒いな」
「主の炎の力でも、ここでは消されてしまいます。
この塔そのものが、炎を拒む造りなのです」
そう言うとコウジロウは鼻を鳴らし、足を止めた。
「我主、感じますか? 塔の中から……“何か”がこちらを見ております」
背筋を、冷たい針が這うような感覚が走る。
塔の入口は氷に閉ざされている。
けれど、近づくと自然とその氷が音を立てて割れていった。
——ようこそ、炎の継承者。
頭の中に直接響く声。
氷花の少女と同じ、しかしもっと低く、重い声だった。
「誰だ……?」
塔の内部は蒼い光で満たされていた。
壁一面に古代文字のような紋章が刻まれており、中央にひとつの玉座があった。
そこに座っていたのは、氷でできた鎧をまとった男。
その瞳は、氷よりも冷たく、深い悲しみを宿していた。
「私は“氷壁の番人”ヴァルド。
この塔を守る者であり、かつて炎を裏切った者だ」
「裏切った……?」
「かつて、この世界には炎と氷、ふたつの力が均衡を保っていた。
だが、我々は“永遠”を求めすぎたのだ。
氷が時を止め、炎が命を燃やす——その理を歪めてしまった」
コウジロウが低く唸る。
「ヴァルド……貴様が、世界を凍らせた張本人か!」
ヴァルドは微かに笑った。
「違う。私ではない。
だが、この塔の奥に、“真の氷核”が眠っている。
それは——主の心にも宿っているものだ、炎の継承者よ」
「俺の……心に?」
「お前はまだ気づいていない。
お前の炎は、誰かの“願い”の欠片から生まれたものだ」
ヴァルドの手が動く。
瞬間、空気が凍り、氷の剣が生まれた。
「来い、炎の子。お前の炎が真に覚醒するか——この剣で確かめよう」
コウジロウが前に飛び出した。
「主、下がってください! この男……ただの番人ではありません!」
「だが、やらなきゃ……!」
炎が再び、剛の掌に灯る。
紅い光が氷の塔を照らし、二つの力がぶつかり合った。
氷と炎の衝突。
その瞬間、塔全体が震え、壁の紋章が一斉に光り出す。
——その光の中で、剛は見た。
氷の奥に眠る、ひとりの少女の姿を。
白銀の髪、閉じた瞳。
「……氷花……?」
ヴァルドの声が、悲しげに響く。
「そうだ。彼女こそが、我々の罪の象徴……“凍れる記憶”そのものだ」
炎が揺らぎ、氷が軋む。
そして、塔の頂上から、誰かの囁きが落ちてきた。
> 『――目覚めよ、炎の継承者。
そして、世界を選べ。凍結か、再生か。』
紅い光が爆ぜ、視界が白に飲み込まれた。




