第1話 『凍りついた日』
ある日、世界は——一瞬で、凍りついた。
その瞬間を、僕は確かに見た。
通りを歩く人々が、空を流れる雲が、そして風の音までもが凍結するように止まった。
息を吸うことすら怖くて、ただその場で立ち尽くしていた。
……気づいた時には、もう別の場所にいた。
目の前には、虹のように輝く橋があった。
水の中の光みたいに揺らめくその橋の袂に、僕は立っていた。
空はどこまでも白く、音がない。まるで夢の中のようだ。
——その時。
「我主よ、やっと目覚めたか」
振り向いた僕の目に映ったのは、一匹のパグ犬だった。
小さな体に、つぶらな瞳。だが、その瞳には懐かしい輝きがあった。
「……コウジロウ?」
犬が、にやりと笑うように口を開いた。
「久しいな、我主。私はコウジロウ。かつて主と暮らしていた者であり、今は——虹の架け橋の番人を務めておる」
頭の中が真っ白になる。
確かに、昔飼っていた犬と同じ名前、同じ顔。
でも、喋るはずがない。喋れるはずが——。
「どうして……お前が……」
「主の世界は凍りついた。
だが、私は約束したのだ。一度だけ、主を救うと」
その声に、胸が締めつけられた。
幼い頃、雨の夜に失ったあの子。
あの時の小さな温もりが、今ここにいる。
「なぜ俺を……?」
コウジロウは静かに、虹の橋を見上げた。
「主は“炎”の属性を持つ者。この凍りついた世界を救えるのは、主ただ一人」
その言葉が、胸の奥に火を灯したように響く。
けれど、どうして僕がそんな存在なのか。
何をすればいいのか、何もわからない。
「コウジロウ……俺は、どうすればいい?」
彼は小さく尻尾を振り、優しく微笑んだ。
「歩むのです。我主。この虹の向こうに——答えが待っております」
その瞬間、虹が眩しく光り、世界が再び動き出した。
凍りついた街の残響が、遠くで軋む音を立てている。
——僕と、コウジロウの旅が始まった。




