第9話「静かな夜に2人きり」
「わぁ~! 賑わってるね!」
2人はその晩、港町で人気のある食堂へとやって来た。店内は人で溢れており、美味しそうな匂いも漂っている。
経矢とイリーナが席に着くと店員が注文を取りに来た。2人がそれぞれ料理を注文すると、店員は厨房の方へと去っていく。
「楽しみだなぁ~」
イリーナは目を輝かせながら料理を待っていた。
しばらくすると料理が運ばれてくる。2人はそれぞれ自分の前に置かれた料理を食べ始めた。イリーナはひと口食べるたびに目を輝かせる。
彼女は料理を楽しみながら、経矢に話しかけていた。
……と、その時だった。何やら店の外が騒がしくなる。
「ねぇキョウヤ、外が騒がしくない?」
イリーナにそう言われて経矢も店の外を見る。するとそこには町人が大勢集まっていた。
「あれは……何かあったのか? ちょっと見てくる」
そう言って経矢は席を立ち店を飛び出す。そんな彼の後を追ってイリーナも店を出るのだった……。
2人が外に出ると、町の人が集まって何やら騒いでいるようだった。経矢は近くにいた男に声を掛ける。
「すみません! 何があったんですか?」
男は驚いた様子で答える。
「お、おう! なんでもさっきこの辺りで若い女が吸血鬼に襲われたらしいんだ。ほら、あそこにいるだろ?」
男が指さす方向には、上半身が血まみれになって倒れた若い町人がいた。どうやらまだ息はあるらしい。そんな光景に経矢は目を見開くと、男の方を向く。
「吸血鬼って……本当ですか? この近くに吸血鬼が出たんですか?」
男は神妙な顔で答える。
「ああ、本当だ。こんな港町で吸血鬼に襲われるなんてことは、今まで無かったのにな……。近頃はギャングやら奴隷商人やらで参ってるってのに、吸血鬼まで……」
男はそう言ってため息をつく。
経矢はそんな男の話を聞いて、拳を強く握りしめる。
「どいたどいた、道を開けてくれ。我々はスレッドボックスだ。吸血鬼の件は、我々が捜査する。しょっ引かれたくなきゃ捜査の邪魔をしないでくれよ?」
その時、馬に乗った数人の男たちが、町の人をかき分けてやって来た。先頭を走っていた男が馬から降り経矢の方を向くと、彼の肩をポンッと叩く。
「よぉ! もしや君がキョウヤくんか?」
突然声を掛けられた経矢は驚いて返事をする。
「えっ? あ、はい……そうですけど……」
男はニコッと笑って話を続ける。
「俺はこの地区のスレッドボックスの管轄をしている者だ。スレッドボックスの地位を利用し、悪事を働いていたクアンを始末してくれたのは、君だろう? 後任の担当が、コーダやポケーションの町のみんなから聞いたそうだ。それで、君に礼を言いたくて探していたんだ」
彼の言葉に経矢は驚く。
(スレッドボックス、本当はちゃんとしている組織なのか?)
そんなことを考えているのが、顔に出たのかその男はバツが悪そうに頭を掻く。
「スレッドボックスとの最初の出会いが最悪だったからな……。俺たちのことを警戒するのも無理はないな。だけど俺たちは、クアンみたいな悪人とは違う。信じてくれていい」
男はそう言って、軽くウインクをした。その気さくだが真面目な態度に、経矢も警戒心を解く。
そう話している間にも、襲われた女性を最寄りの病院に搬送するスレッドボックスの団員たち。
経矢とイリーナは彼らの言う通り、彼らに任せてレストランへと戻ることにした。
「イリーナ、大丈夫か?」
経矢はイリーナの頭に手を乗せる。
(クアンのことなんて思い出したくもなかっただろうに……)
イリーナは頭に乗せられた経矢の手を見て、頬を赤く染める。
「え、う、うん……。あたしは大丈夫だよ! キョウヤこそ大丈夫?」
その問いに経矢は頷いて答える。
「ああ、俺は大丈夫だよ。それにしても吸血鬼だなんて、物騒だな。早めに食べて宿に戻った方がいいかもな」
2人は残りの料理を食べ終えると、まだ人気のある内に宿泊する宿へと戻るのだった。
「じゃあおやすみ、イリーナ。もし吸血鬼が現れたらすぐに大声で俺を呼ぶんだぞ」
イリーナの部屋の入り口で、経矢はそう伝えた。
「うん、分かった! おやすみねキョウヤ」
部屋の扉を閉めるイリーナの姿を見送った後、経矢は隣にある自分の部屋へと入るのだった。
経矢はベッドに横になり、部屋の天井を見上げる。
「吸血鬼……か……。集団となるとかなり厄介な連中だ……」
(もし襲われた時のために、治療薬を買っておかないと)
そんなことを考えているうちに、経矢は眠りにつくのだった……。
経矢は寝苦しさを感じて、まだ夜中のうちに目を覚ました。
寝ぼけ眼でふとカーテンの隙間から外を見ると、赤い目をした黒いコウモリが何匹も横切っていくのがチラリと見えた。
(吸血鬼の高速移動方法だ。あの数……1人や2人じゃないぞ……)
経矢は窓に近づき、そっとカーテンの隙間を覗く。そこには黒い装束に身を包んだ人間……いや吸血鬼たちが集っていた。
彼らは集まって何か話をしているようだ。
聴覚に神経を集中させ、経矢はその話に聞き耳を立てる。
距離はかなり離れていたが、彼の優れた身体機能は、微かにだが彼らの会話を聞き取ることができた。
「お前か? 今日、この辺りで若い女を襲っていた吸血鬼は」
リーダー格のような男は目を血のように赤く光らせ、顎髭を生やした男に話しかける。話しかけられた男は答える。
「いや、我慢しようとしたんだがよ……。あまりにも綺麗な女だったから、思わず襲っちまったんだよ。この内から湧き上がる衝動、アンタらも吸血鬼ならわかるよな?それに、あの感触……思い出すだけで興奮しちまうぜ」
顎髭の男はニヤケ面でそう言うと、口から涎を垂らして舌なめずりをする。
リーダー格のような男は、はぁとため息をつきながら首を横に振る。
「わからんでもないが、あまり大げさにやりすぎるな。我々の目的のためにもな。ボスは目立つのを嫌う」
顎髭の男はニヤニヤしながらも、わかったというようにしきりに頷くのだった。
「ところで、この辺りで目撃された例の少年についてだが……」
リーダー格のような男が口を開いた時だった。威嚇射撃と共に馬に乗った男たちが颯爽と駆け付ける。
「スレッドボックスだ!! 吸血鬼どもめ、止まれ!!」
夕べの騒ぎの際に話しかけてきた男がそう叫ぶと、他の団員たちも各々武器を構える。だが吸血鬼たちはリーダー格の男の合図で、再び赤い目のコウモリのような姿になり、散り散りに逃げていく。
凄まじい銃声を辺り一帯に響かせながら、スレッドボックスの団員たちは逃げる吸血鬼たちを追って町を離れるのだった。
この騒ぎで町の人たちは目を覚まし、皆少なからず混乱しているようだった。
イリーナも目を覚ましたのか、経矢の部屋のドアをノックする。経矢はドアを開け、イリーナを中に入れた。
イリーナは、宿のベッドに腰掛けながら、経矢の方を見つめて言った。
「スレッドボックスの人たちが戦ってくれてるから大丈夫だよね?」
彼女は不安そうにそう零す。
経矢は安心させるようにうなずいた。吸血鬼たちは彼らから逃げるので精いっぱいだろう、と。
「……隣、座ってもいい?」
それでも不安なのか、イリーナは経矢に尋ねた。
「えっ……あ、ああ……」
そう答えながらも、経矢は少し心臓の鼓動が早くなってしまう。
イリーナとの距離はわずか数センチ。肩が触れそうなほど近い。ふとした拍子に、彼女の髪の香りがふわりと鼻先をかすめる。
恐怖を感じる彼女を、守りたいという気持ちが胸に湧き上がる。その一方で、イリーナの細い肩と真っすぐな瞳に、鼓動が加速してしまう。
「……経矢」
「ん?」
「あたし、今日は……この部屋で一緒に寝てもいいかな?」
一瞬、空気が止まった気がした。
「ち、ちがっ! ま、まだ怖いから……そ、そばにいて欲しいだけだよ! 変な意味じゃないからっ!」
顔を真っ赤にして言い訳するイリーナに、逆に経矢の方が狼狽える。
「わ、わかった……。俺も、ちゃんと見張ってるから……だから、安心して寝てくれ。俺は床に寝るから!」
2人はしばらくの間、視線を合わせることができなかった。
さらに1時間ほどが経ち……。
ベッドの上で、イリーナの寝息が静かに聞こえる。
経矢は床に布団を敷いているが、念のために起きていた。
ふと、何か手に触れた感触がして窓から視線を落とすと、イリーナの手が布団の外に出ていた。
経矢はその手に、自分の手を重ねたくなった。
でも、できなかった。
過去の様々な葛藤が、ただ手を重ねるということすら躊躇わせる。
イリーナは安心したように眠っている。
彼女の寝顔はあまりにも無防備で、可愛らしかった。
「絶対に守るからな、イリーナ」
経矢は過去に守れなかった人たちのことを思い浮かべながら、彼女を起こさないように優しい声でささやいた。
そして、再び鋭い視線を窓の外に向けるのだった。
結局その後、吸血鬼は姿を見せなかった。
吸血鬼は陽の光に弱い。
長い夜が終わり朝日が昇ると、吸血鬼による騒動も落ち着き、町にはいつも通りの平穏な朝が訪れるのだった。
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