第5話「平之経矢 ~怒りと悲しみの果てに~」
こちらも少し前、スミス宅——。
銃を手に馬に乗って飛び出して行った父を心配するイリーナ。
「なんで……なんでこんなことになるの……ママ……。パパ、キョウヤ、どうして——」
せっかくの父の誕生日だというのに、平和な日常が崩れ去ったことを痛感するイリーナは頭を抱えて涙を流す。
そんな時、突然家の扉が開いた。
「おぅ、情報通りメスガキ1人みてぇだな。へへっ、俺らのお得意さんが、お前をご所望だ。ついて来てもらおうか」
ずけずけと入って来たのは天突ギャングの男たちだ。ギャングたちは家の中に入ってくるなり、イリーナを拘束しようと近づいてくる。
「あんたらっ……! ふざけないでよ!」
イリーナは壁に掛けてある銃を取ろうとするが、ギャングの男たちはその手を素早く掴む。
「い、いや! 離してよ!」
男たちから逃れようと暴れるイリーナだったが、体格の差がありすぎてすぐに取り押さえられてしまう。そしてそのまま担ぎ上げられてしまうのだった。
「離しなさいよっ! 離してっ! このクズ共!」
イリーナの悲鳴が、夜闇を切り裂いていく。
大声で喚くイリーナを見て、男たちはニヤリと笑う。
「ギャハハハ! まるで子豚ちゃんみたいだな!」
「助けなんて来るわけねぇだろ、バーカ」
そして男たちは、ポケーションの町から少し離れた邸宅へとイリーナを連れ込む。
そして、現在——。
「へへ、クアンさん。頼まれた通り、例の牧場の娘を連れてきましたぜ」
男の一人が扉を開けてクアンに報告する。
クアンはニヤニヤ笑いながら男たちの前へと進み出る。
「ご苦労さん。その子が牧場の娘さんかい? 確かにいいねぇ……気に入ったよ……」
そう言って、イリーナの顔や体を眺めるクアンの視線に、イリーナは寒気を覚える。
「だ、誰……!?」
「私かね? 私は、スレッドボックスのこの地区を統括しているクアン・ハァハだよ。私と天突ギャングは仲間なのだよ」
クアンの言葉に、イリーナは愕然とする。
「そんな……仲間って……」
「そうさ! 私はハナから君たちを助ける気など無いのだ。君たちから搾取するつもりだったのだよ。君の父親の農場は私たちの物だ。……そして君は私のモノだ」
クアンはそう言って、イリーナを見て舌なめずりをする。そして床に下ろされるイリーナを、ギャングたちが押さえつけてる。
「い、いや! いやああ!! 離してぇ!」
必死に抵抗するが、大の男数人に押さえ付けられては何もできない。
クアンはそんなイリーナの顎を掴むと、自分の方を向かせる。そして顔を近づけて言う。
「さぁ……私のモノになるのだ……」
その瞬間、イリーナはクアンに頭突きを食らわせる。
「ぐぁっ!!」
クアンがよろめいたことに驚いたギャングたちが手を緩めた隙に、ギャングの1人のホルダーから銃を奪い、銃を向けながら距離を取るイリーナ。
「なっ!? このガキ!!」
ギャングたちが一斉に銃を取り出し、イリーナに向かって構える。
「……さすがは牧場の娘だな。じゃじゃ馬だ。だがそれでこそ調教のしがいがあるというものだ」
クアンは頭突きを喰らった鼻を手で押さえながら、ニヤリと笑って立ち上がる。
「クアンさんは、相変わらずこんなガキが好みなんすねぇ」
「あぁ、そうだね。この少女の女としての尊厳を奪い、泣き叫ぶ姿を想像すると限りなく興奮するのだよ……。それにね、下の毛が生える年ごろになっていれば、子供ではなくもう立派な女だ」
そんな会話に、イリーナの顔色はどんどん青ざめていく。
「さぁ……こちらへ来るのだ……」
そう言って手を伸ばすクアンの手を、パンッと銃弾が掠める。
「……おおっと、危ないじゃないか」
クアンは少し驚いたように言うが、声色からあまり動揺している様子は感じられない。むしろこの状況を楽しんでいるようにさえ見える。
「……こ、来ないで!! それ以上近寄ったら頭をぶち抜くわよ!」
イリーナは銃を向けて威嚇する。
だが、クアンは素早く懐から取り出した鞭を振るい、イリーナに襲い掛かった。
「きゃあああ!!」
咄嗟に銃を撃とうとするが、クアンの放った鞭が拳銃を弾き飛ばす。
「あ……っ!」
そしてその隙を突いたギャングたちによって、そのままロープのようなもので両腕を縛り上げられてしまう。
クアンはイリーナを床に転がすと、その体を足で踏みつける。
「うぐ……!」
苦痛に顔を歪ませるイリーナを見て、クアンは満足そうに笑う。
「いいねぇ……その表情だよ……」
そしてクアンはイリーナの体を仰向けにすると、馬乗りになって彼女の服に手を掛ける。
「やだっ! やだぁっ! この人でなし! あたしに触るなッ!!」
クアンは彼女に平手打ちを喰らわせ、黙らせる。
目に涙を浮かべ、それでもクアンを強く睨みつけるイリーナ。
「……あたしが泣いたら、あんたらの勝ちよね……絶対、屈しない……!」
「まだそんな目ができるか……。やはり君は素晴らしいな……」
クアンは舌なめずりをしながら、イリーナの体をまさぐる。
「……っ!!」
イリーナは唇を噛みながら、必死に堪える。
(キョウヤ……助けて……!)
その時、家の扉が勢いよく開き、経矢が乗り込んできた。
「イリーナ! 大丈夫か!?」
経矢はクアンたちへと近づいていく。しかしギャングたちはすぐに経矢に銃口を向ける。そしてクアンが口を開く。
「おやおや、これはこれは……。君が噂の牧場の新人か……。ほら、今からお嬢ちゃんを調教するところだ。君も見ていくかね?」
クアンはそう言ってニヤリと笑う。経矢はそんなクアンを睨みつけると、両手を上に上げながらゆっくり近づいていく。そして銃を下ろすようギャングたちに言うと、そのまま地面に両膝をつき、土下座をするのだった。
「頼む! イリーナには手を出さないでくれ!」
経矢の行動にギャングたちは驚くが、すぐに大笑いを始める。
「ギャハハ!! こいつ頭おかしいんじゃねぇか!?」
「大馬鹿ヤロウだぜ!」
それでも経矢は頭を下げ続ける。
「いいや、なかなかに利口な少年だ。この数の差を覆すことができないとわかり、平和的に解決しようとしているのだからねぇ……」
クアンはニヤニヤ笑いながら、うなずく。
「……もっとも、交渉が通用する相手かどうかはしっかり見極める必要があると思うがねぇ!」
その言葉と共に、イリーナの上着を無理やり引き千切るクアン。ボタンが弾け飛び、イリーナの下着が露になった。
「いやぁっ!」
「イリーナ!!」
経矢は顔を上げ、クアンを睨みつける。そんな経矢を見て、クアンはニヤリと笑う。
「君のような家畜にはもったいないほどの上玉だ。この娘は私が貰ってやろう。さぁ、君はとっとと家に帰っておねんねしてなさい。それとも……彼女がメチャクチャに調教されるところを見たいかい? ん?」
「イリーナ……イリーナ……!!」
経矢は目に涙を浮かべながら、クアンたちを睨みつける。その目を見て、クアンは愉快そうに笑うのだった。
「彼女を解放してください。お願いします……。お願いします……!!」
経矢は必死に頭を下げ続ける。そんな経矢を見て、ギャングたちはニヤニヤと笑いながら言う。
「ギャハハ!!こいつマジで頭おかしいんじゃねぇの!?」
「諦めな。このお嬢ちゃんはもうクアンさんの物なんだよ!」
そんなギャングたちの声を聞きながらも、経矢は決して土下座を崩そうとはしなかった。そしてクアンはそんな経矢を見下しながら言う。
「まぁいいさ……。君がそこで大人しくしているのなら、私も楽しめそうだしね。ほら、お嬢ちゃん……彼の前で続きといこうか」
クアンはそう言って、イリーナに再び襲い掛かろうとする。
そしてクアンの手がイリーナの下着に触れようとしたその時だった。
「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然、絶叫する経矢。
凄まじい咆哮にその場にいた全員が一瞬たじろぐも、彼がぐったりとうなだれているのを見て、ギャングたちは笑いながら言う。
「ギャハハ!!こいつビビって気絶してやがんの!!」
「お子ちゃまには刺激が強かったか?」
そんなギャングたちの笑い声の中、経矢の肩は震えている。
「う……ううぅぅ……!!」
経矢がゆっくり顔を上げる。その瞳からは涙が流れていた。
「キョウ……ヤ……?」
イリーナは心配そうに彼の名を呼ぶ。
「……ごめんなイリーナ……」
そう呟いた彼の瞳は、とても悲しい目をしていた。
その瞬間、経矢の中で何かが音を立てて壊れる。
「助けられなくてごめんってか? ギャハハ!」
ギャングたちは経矢に罵声を浴びせる。
しかし経矢はそんな言葉など聞こえていないかのように立ち上がると、静かに口を開いた。
「1つ教えてくれないか? お前らはなんでこんなことをするんだ。なんの権利があるんだ。スミスさんやイリーナが何をしたっていうんだ?」
経矢は淡々とした口調で質問を投げかける。しかしギャングたちは、そんな経矢を見てゲラゲラと笑う。
「ダメだ、このガキ面白すぎるぜ、ヒャヒャヒャッ!」
「わからないかね? 力を持つ者が力の無い者をどう扱おうが勝手なのだよ。君たちが牛や羊を家畜として飼っているようにね。だから私たちが、君たち弱者の命をどうしようと自由なのだ」
クアンはそう語り終えると、再びイリーナの服を脱がせようとする……が、その右手にはいつの間にかナイフが刺さっていた。クアンの手から鮮血が流れ出る。
経矢の投げたナイフが目にも留まらぬスピードで、手に刺さっていたのだ。
「そうか。じゃあ、俺がお前らの命をどう扱おうと自由ってことだよな」
経矢は目を紅く血走らせ、ニィッと笑って言い放つ。そして一瞬にしてクアンたちとの距離を縮める。
「なっ!?」
ギャングたちは驚き、彼に向けて銃を撃つが当たらない。それどころか目で追えないほどのスピードで部屋の中を動き回り、ナイフによる一撃でギャングたちの喉元を正確に切り裂いていく。
「ぐぁっ!!」
ギャングたちは次々と倒れていく。
そしてクアン以外全員倒れたことを確認した経矢は、一度動きを止める。
「な、なんだというんだ……」
「キ、キョウヤ……?」
経矢の異様な雰囲気と驚異的な戦闘能力に恐怖を感じたのは、クアンだけではなくイリーナも同じだった。
「く、来るな!! ナイフを捨てて大人しくしろ、さもないとこの娘が死ぬことになるぞ!!」
クアンはイリーナの頭に銃を突きつけ、経矢に降伏を促す。
経矢はあっさりとナイフを捨てる。するとそれを待っていたかのように、クアンは何発もの銃弾を経矢に向けて撃つ。
「はは、馬鹿なガキめ!」
バンッ!
放たれた銃弾が、空気を裂いた。
イリーナの悲鳴が響き渡る。
だが次の瞬間——
経矢の左手が閃いた。
指先が、まるで風を切るように動く。
軌道を見切っていた。
銃弾の側面を、爪で弾くように払い落とす。
「っ!?」
クアンの目の前で、銃弾は壁に逸れて消えた。
経矢は静かに言った。
「それじゃ、俺には当たらない」
「ば、馬鹿な……!」
クアンは信じられない光景に愕然とする。経矢はどんどんと距離を詰めていく。引き金を弾き続けるクアンだが先ほど同様に、全て弾かれる。そしてついに銃弾を撃ち尽くし、カチカチと虚しい音が響いた。
「か、勘弁してくれ! 金ならいくらでもやる!」
クアンは経矢に命乞いをするが、経矢は無言のままゆっくりと近づいていく……。
そしてクアンからイリーナを引き離すと、彼女の耳元でここから逃げるようにと囁く。
「で、でもキョウヤ……」
「イリーナ、親切にしてくれてありがとうな……。スミスさんにもお礼を言っといてくれ」
経矢はイリーナに優しく笑いかける。
「う、うん……わかった……」
イリーナは、走って邸宅を出ていく。
「キョウヤ……っ」
家へと向かうイリーナは、返り血に染まった経矢の背中、戦闘前に笑った表情を思い返す。
怖かった。
怖くて、でも、目が離せなかった。
銃弾を弾いて、ナイフで喉を裂いて、迷いもなくトドメを刺す。
その姿は、もう自分の知っている彼じゃない。
(でも——)
自分を守るために、彼は戻ってきてくれた。
自分を守るために、人を殺してまで……。
「あたしは……何もできなかった……」
一方——。
クアンは腰を抜かしてしまっており、その場から動くことができなかった。
経矢は冷たく彼を見下ろしたまま、銃を向ける。
「た、助けてくれ! 頼む!」
クアンの必死な命乞いの言葉に、経矢は冷めた目で告げる。
「お前さっき自分で俺に言ったよな? "交渉が通用する相手かどうかはしっかり見極める必要がある"って。俺に交渉が通用すると思ってるのか?」
「な……!? ま、待ってくれ!! か、金ならすぐ……」
言い終える前に銃声が邸宅に響き渡り、クアンは頭部を撃ち抜かれる。
命乞い空しく、彼は絶命したのだった……。
経矢は邸宅を後にし、イリーナが無事に牧場までたどり着いているのを確認すると、馬を降りる。
「お前もイリーナや、スミスさんのところに戻りな。世話になったな」
そう言って馬の頭を優しく撫でてやる経矢。
馬は、わかったと言うかのようにヒヒンと鳴きながら牧場へと向かっていく。
(俺は……人殺しだ。結局、また人を……。2人とはもう、一緒にいられない)
「……ありがとう」
経矢はポツリと呟いた。
「ごめんな」
もう一度、それだけを残して、背を向け歩き出す。
気がつけば、夜の空に、淡く朝焼けの色が混じっていた。
冷たい風が荒野を吹き抜け、彼の背中を押すように揺らす。
彼の足音は次第に遠ざかり、やがて、静寂だけが残った。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




