第21話「抱きしめて越える峠 ~忍び寄る闇~」
お昼寝を始めてから、1時間ほど後。
先に目を覚ましたのはイリーナだった。
経矢の方は彼女の横で、まだ眠っていた。
最近近くで眠るようになって、彼の寝顔を見る機会が増えた。
(頼もしくて、強くて、優しくて……ちょっとミステリアスなところもあるけど……)
「可愛い寝顔……」
イリーナはクスっと笑みをこぼしながら呟き、そっと彼の髪を撫でる。
「う……ん」
経矢は小さく身じろぎをしながらゆっくりと目を開ける。
そして目の前にいるイリーナと視線が合う。
「あ、お、おはよう! キョウヤ!」
2人の距離は近くて、お互いの息遣いがはっきりとわかるほどだ。
そんな状況でも経矢は特に慌てることなく、ゆっくりと起き上がる。
「ああ……。もう1時間経ったのか?」
経矢の問いかけにイリーナは、そうだよとうなずく。
「そっか、じゃあそろそろ行こうか」
経矢の言葉にイリーナも立ち上がる。
2人は身支度を整えて再び歩き出すのだった。
そうして歩くことさらに2時間ほど、彼らの前に2つの分かれ道が現れた。
1つは山頂へと続く山道へと続き、もう1つは例の峠へ続いている道である。
字が薄れているものの、どちらがどちらの道なのかしっかりと案内看板も立っていた。
2人はその案内板に従い、峠の道へと進むのであった。
その頃、2人の後を追う影が2つ、経矢たちが歩を進める山を進んでいた。
「ったく……鬱陶しい陽ざしさえなけりゃあ、高速移動が使えるんだがなぁ……。ま、そのうち夜になんだろ」
黒いフードの男は、デブロンの街で従徒化した若い女性を引き連れて山道を進んでいた。
彼女の瞳は虚ろで、すでに生気は失われている。
だが、やはりまだ感情は残っているようで、時折悲し気な表情を見せていた。
そんな彼女の肩を抱き寄せるフードの男。
「おいおい、そんなツラすんなよぉ? またすぐに何も考えられなくしてやっからよぉ」
男は下卑た笑みを浮かべながら、女性の頬を撫でる。
「……はい……御主人……様……」
女性がそう返事をすると、男は満足そうな笑みを浮かべる。
「くく……いい子だ……」
歩き続けている2人の元へ、黒いコウモリが1匹近寄ってくる。
「ぁん? 何のようだ? 例のガキどもはちゃんと追いかけてるぜぇ?」
男はコウモリに向かってめんどくさそうに言い放つと、シッシッと追い払うような動作をする。
「そう? 新しい愛玩人形が増えてるようだし、また遊んでいたのかと思ったわ、フフフ……」
コウモリからは妖艶な女性の声が聞こえてくる。
どうやら仲間同士の会話のようだ。
「ちっ、うるせぇ女だぜ。期限守りゃあ俺が何してたって問題ねぇだろが」
男はさらにめんどくさそうに答える。
「それはそうね。でもあなた1人で手を焼くようなら、ボスから手を貸すように言われているの。どうする?」
「いらねぇよそんなもん! お前みてぇな節操無しが来たんじゃ、邪魔でしょうがねぇ」
女性の提案に、フードの男は声を荒げる。
「フフ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
コウモリはそう言うと、翼を広げて上昇する。
「まぁいいわ。ここはあなたに任せるわ。……今回はあの子に負けないこと、ね」
その声は嘲笑とも鼓舞とも取れるような雰囲気だった。
それだけ言い残すとコウモリは飛び去って行く。
「ハッ! お前も人のこと言えねぇだろうがよ!」
フードの男は、吐き捨てるように言うと再び山道を歩き始めるのだった。
一方の経矢とイリーナ。
峠へと続く道を歩き続けること、さらに1時間ほど。
次第に日も落ち始めた頃、崖と崖をつなぐ大きな橋と思われるものが遠くに見てきた。
橋の先を見てみると、橋を渡ってすぐの場所に道を塞ぐように落石が積み上がっている。
どうやらこれが例の落石で通れない道のようだ。
商人たちがこういった時のために持っているであろう火薬で吹き飛ばそうにも、近すぎる位置にある橋ごと吹き飛ばしかねないため、無理だと判断されたようだ。
「イリーナ、あの岩の先に行ったら今日は休もうか」
経矢がイリーナに告げると、彼女はその提案に同意する。
要所要所で崩れた土砂によって道が悪かったため、1時間の休憩を挟んだとはいえどイリーナの疲労は蓄積していた。
経矢もそれを察し、早く彼女を休ませてあげたいと思っていた。
「この橋、けっこう高いね……。もし橋が崩れたりしたら……」
イリーナは橋の下に広がる岩肌と、崖の下に広がる暗い森を見ながら不安を口にする。
薄暗くなり始めていることもあって、崖の下の森の木がザワザワと揺れ、まるで黒い手が手招きをしているかのようにも見えてしまう。
彼女が不安を感じるのも無理なかった。
そんな彼女の体をギュッと包み込むように抱きしめる経矢。
突然のハグに驚きと恥ずかしさから、固まってしまうイリーナ。
彼女が経矢の顔を見ると、彼はニッと笑って言った。
「安心しろイリーナ。橋は歩いて渡らないからさ」
経矢はそう言うと、イリーナの体を抱いたまま
「放出——」
と口にして、跳び上がった。
あっという間に、橋が数メートル下に見える高さまで上昇する2人。
経矢はイリーナを抱えたまま、橋の上を滑空していく。
そしてそのまま巨大な岩の上も通過すると、体勢を元に戻してゆっくりと地面に降りていく。
「もっ、もぅっ! 急にあんなことされたらビックリしちゃうよ!」
イリーナは経矢の腕から解放されると、顔を赤くして彼に抗議する。
彼女の反応に経矢は、ごめんごめんと謝る。
「でも、これで橋も渡れただろ? さぁ、夕飯にしよう」
経矢はそう言うと、アイテムボックスから取り出した野営用の道具を取り出して手早く食事の準備をしていく。
その姿を見たイリーナはクスっと笑みを浮かべて、薪拾いに取り掛かる。
彼の頼もしさ、そしてその無条件の優しさに彼女は心の底から安心していた。
「キョウヤって本当にそういうとこあるよね。ま、そこがまたいいんだけどね」
イリーナは薪となる枝を拾いながら呟いた。
「うん? どうかしたのか、イリーナ?」
経矢の頭の中にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
そんな様子の彼がまたおかしくて、イリーナは再び笑みをこぼす。
「ううん、なんでもな~いよ!」
それまでの疲れが吹き飛んだかのように、彼女の表情は晴れやかだった。
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