第19話「悲劇の夜、安らぎの朝」
数時間後。
夜が明け始めた頃。
「ふへへ、美味しかったぜぇ!」
男が寝具に腰を掛け、女性の方を見る。
彼女の方は目から涙を流したまま、虚ろな目をしている。
その瞳からは光が失われており、まるで魂が抜け落ちたような状態であった。
その時。
男の部屋の扉を蹴破って若い男が入ってきた。
「やっと見つけた! お前、僕の大切な妻に何してるんだ!!」
若い男は、女性の旦那だった。
最近結婚したばかりの妻が、買い物に出かけたまま戻らないため、夜通し探し続けていたのだ。
「キヒヒ! この女の旦那さんかい? きれいな奥さん、ごちそうさま」
フードの男が高らかに笑うと同時に若い男が剣を抜いた。
「この屑が! 僕がお前を殺してやる!!」
叫びながら睨みつけると、横たわっていた女性がスッと立ち上がった。
そして、フードの男を庇うかのように2人の間に立つ。
「な、何をしてるんだ……君は……」
若い男は女性の行が理解できないと驚愕する。
「私は……。この方が好きなの……」
女性は虚ろな目のまま小さく呟くと、自身の夫の方を向く。
「え……」
戸惑う若い男だか、女性のその異様に赤い目と、首筋にできた赤くて丸い傷跡から、状況を察した。
若い男はフードの男に恐る恐る視線を向ける。
「ま、まさかお前……吸血鬼なのか!?」
その問いに対し男はニヤリと笑うだけだった。
「ひぃ!!」
若い男は震え上がり後ずさる。
「あぁそうとも。お前の奥さんの体と血をたっぷりいただいたよ。こいつはもう俺の女だ」
フードの男がそう言うと同時に女性が若い男に向かって飛びかかる。
「クソッ!!」
若い男が反撃しようとしたが、女性の方が早かった。
いや、愛する妻を傷つけることにためらいがあり、それが僅かな差を生んだのだ。
「ガハッ!!」
腹部に激痛が走る。見るとそこに深々と突き刺さっているのは鋭いナイフであった。
「あ……あ…」
若い男はそのまま崩れ落ちる。
女性はまだ、ほんの少し自我が残っているのか嗚咽しながら、彼を見つめていた。
「おい、今から宿を出る。おめぇもついてこい」
フードの男は、女性に声を掛けると彼女は操られたように立ち上がり、男のあとに続く。
吸血鬼に噛まれ、従徒と化してしまった彼女。
最愛の夫の苦しげな声に、振り返ることもなく、女性はフードの男と共に宿をあとにするのだった。
一方。
太陽が昇り始めると同時に経矢たちは目を覚ました。
経矢が伸びをしながらイリーナに声をかける。
「おはようイリーナ。よく眠れたか?」
イリーナもまた大きく背伸びをする。
「おはよー。おかげさまでぐっすり眠れたよ」
苦笑しながら答えるイリーナ。
「キョウヤと一緒にいると安心できるんだ」
そう言って微笑む彼女の表情を見ているだけで、経矢の心にも温かいものが広がっていくようだ。
2人は、パンと木の実のスープ、オムレツなどの朝食を簡単にとり、出発の準備を始めた。
経矢がテントを畳んでいる間にイリーナは近くの川で洗濯を済ませてくると言うので任せることにした。
それらの作業を終えると2人は歩き始める。
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