第11話「500年前の影、今を照らす温もり」
「ふぅ……。大丈夫みたいだ。イリーナのおかげだな。ありがとう」
経矢がそう言うと、イリーナは照れた様子で「えへへ……」と頭を掻いている。
だが、ふと思い出したようにイリーナは神妙な面持ちになる。
「でも……どうしてキョウヤを襲うの? レリクスって神様の宝物のことだよね? アクアっていうのもどこかで聞いたことがある気がするし……。それに500年前って……?」
多くの疑問が浮かぶイリーナは、少し聞きにくそうにしながら経矢に視線を向ける。
彼は少し考えるように視線を下げたあと、イリーナの方に向き直る。
「俺たちの客室に行こう。そこで詳しく話すよ」
そう言って経矢はイリーナを自室へと案内した。
部屋の扉を閉めると、2人は先ほどまでの緊張から解放されたようにソファへと座り込む。
イリーナは港町で買ってきたココアを淹れて、経矢に手渡す。
「はい、ちょっとは落ち着くかもよ」
イリーナはにっこりと笑いながら、経矢にマグカップを渡す。
「あぁ、ありがとう」
経矢も微笑み返してカップを受け取ると、ゆっくりとココアを一口啜る。
その温かさがじんわりと身体に染み渡るのを感じているうちに、少しずつ落ち着いてくるのを感じた。そしてそのままぽつりぽつりと話し始める。
「……俺の出自について詳しく話したことはなかったな。……俺はさ、この世界の500年前から来たんだ。いや、正確に言うと一度この世界で死んで、別の世界に行ってまた死んで……。そして戻って来たんだ」
経矢はイリーナを真っすぐに見つめる。その瞳には一切の冗談や誤魔化しなどなく、真剣に真実を告げていることが見て取れる。
「この世界の500年前? う~ん、昔過ぎてピンと来ないかも……」
イリーナの問いに、経矢は「ああ、そうだよな」と首を縦に振り、続ける。
「帝国によるロストクリムゾングランドの最終調査が行われたり、モナークの乱があったり、ロスト、ジェルモンド帝国、フィストレーネ王国の蜂起があったりした時代だ」
「そ、それって、世界の大混乱期のことだよね!?」
イリーナは驚く。まさか経矢が、そんな激動の時代の生まれだとは夢にも思っていなかったからだ。
「そうだ。俺と……俺の姉ちゃんはユーレイドレシア地方にある、灯ノ原人たちが本国から移住して作った小さい集落の出身だったんだ。その時はまだ、世界情勢なんて関係なく俺たちは平和に暮らしていたんだ。だけど、ある日集落が奴隷商人たちに襲われたんだ。俺は姉ちゃんに手を引かれて森に逃げて……だけど、奴隷商人たちの追跡は厳しくて」
経矢はその時を思い出すかのように目を閉じながら話を続ける。
「結局俺たちは捕まって、奴らの船に無理やり乗されたんだ。そして船で奴らは……」
経矢はそこで言葉を詰まらせる。
イリーナが心配そうに彼を見つめていると、やがて意を決したように再び口を開く。
「奴らは俺たちをエバーグリーンへと連れて行った。元老院たちは表向きには世界の秩序を守っている偉大な組織だ。だけど、エバーグリーンの元老院は裏で自分たちの都合のいいように世界を操り、俺たちのような奴隷を何人も弄んでいたんだ」
経矢はカップを強く握り締め、震えながら話を続ける。イリーナには彼の気持ちが痛い程伝わったのだろう。そっと経矢の肩に手を乗せる。
「ありがとう……。俺と姉ちゃんは、元老院の親族の家で奴隷として扱われていたんだ。……でも、姉ちゃんはその家の子供の、残酷な遊びの相手にされて……。姉ちゃんは身も心もボロボロになった。……奴隷になる前は、ユーレイドレシアで一番大きいマルリーナ魔法学校に通う、優秀な魔法学生だったのに」
経矢はそう話しながら、当時のことを思い出す。
「ある日、子供たちは姉さんの右目を潰したんだ。もちろん遊びで。そこは大きな広場でたくさんの人がいたんだけど、誰1人として助けてくれなかった。俺たちが奴隷だったから」
「そんな! そんな酷いこと……」
イリーナは思わず口に手を当てて絶句する。
「俺は我慢の限界だった。怒りに任せて、その子供に殴りかかったんだ。その時にそいつの父親、つまり俺と姉ちゃんを奴隷にしていた男が俺に向けて銃を撃った。その銃弾から俺を庇って姉ちゃんは、腹部に銃弾を食らってしまったんだ」
経矢は話しながら、その時のことを鮮明に思い出す。
「俺は周りの大人に助けを求めたけど、誰も動いてくれなかった。それどころか心の中ではみんな楽しんでいたんだ。奴隷に対する目の前の暴力を……。姉ちゃんの苦しそうな姿を見て、怒りが頂点に達した俺は、男が続けて放った銃弾を素手で弾いていた。自分でも不思議だったんだけど、俺は感情が昂ると身体能力が急激に向上するらしい」
経矢の語る過去を聞くイリーナの瞳が揺れる。
そして、感情の昂りによる身体能力が向上する話は、クアンの屋敷で経矢の豹変した姿をイリーナに思い出させた。
「俺の異常さに気付いて怖気づいて、その場にいた連中はみんな逃げるようにいなくなったよ。残された俺は治療してくれる医者がいないか、歩き回ったんだ。……でも奴隷を治療してくれる医者なんかいなかった。"迷惑だから帰ってくれ"、"奴隷に使う薬なんか余ってない"って」
「キョウヤ……」
イリーナは彼の言葉を聞いて、思わず涙ぐむ。
「そして姉さんは……」
と、経矢が続けようとした時だった。
トントン、と客室のドアがノックされる。
一瞬身構えた2人だったが、客室販売に来た女性だと分かり、ほっと胸をなでおろした。
食べ物や飲み物はどうかと尋ねて来た女性店員。
彼女の明るいトーンが暗い雰囲気を断ち切ったため、経矢はふぅ、と息を1つ吐いた。
そして簡単な食事を注文する。
港で買ってきてはいたが、せっかくだからとイリーナの分と合わせて2人分の食事を頼んだ。
女性店員が部屋を去ると、経矢はいつもの笑顔でイリーナに言う。
「……この話はまた今度にしよう。もっと落ち着ける場所でゆっくりと話すからさ」
経矢は、もう心配ないと彼女にアイコンタクトする。
「うん……分かった。無理には聞かないよ。キョウヤが話せる時に、また教えて?」
イリーナはそう言って、経矢の手を握り微笑みかけた。
「ありがとう」
一言だけ礼を言うと経矢もまた、イリーナの手を握り返す。
「……そういえばイリーナは、あの辺りを出たことが無いんだもんな? せっかくだし夜になったら、2人で甲板に出てみないか? 夜の海もきっと綺麗で見応えがあるだろうし」
「うん! 楽しみ!」
イリーナの笑顔を見て、経矢も自然と笑顔がこぼれる。
そして2人は夜が来るのを楽しみにしながら、部屋に届いた食事をいただくのだった。
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