第10話「500年越しの影、黒魔術師ルーベン」
吸血鬼の一件がありながらも、2人は宿で朝食を済ませた後、アルセィーマ行きの船が出る昼までに旅の準備をすることになった。
イリーナは食糧や旅用品、経矢は武器と疾病の治療薬をそれぞれ買って、船着き場に集合することに決めた。2人は宿をチェックアウトして、それぞれの目的地へと歩き出す。
経矢は武器屋へ立ち寄ると、自分の銃の弾薬とイリーナから頼まれた弾薬を購入するのだった。
一方のイリーナは町の市場にいた。
「日持ちのする食べ物……日持ちのする食べ物っと……」
イリーナはそう呟きながら、果物や干し肉など旅の途中で食べられるものを選んでいく。
「これでよし! 後は……そうだ、お水!」
そう言ってイリーナが手に取ったのは、ケースに入った飲料水だった。
イリーナはその瓶を店主に渡しながら言う。
「これください」
店主はニコリと微笑むと手早く、梱包と会計を済ませてくれた。
「それにしても……昨日はなんだかずっとドキドキしちゃったな。同じ部屋で……寝たんだよね……あたし」
店を出たイリーナは、昨晩のことを思い出し1人で顔を赤くする。
(キョウヤには船に乗ったらゆっくり寝てもらおう)
寝ないで見守ってくれた経矢の優しさに胸が温かくなるイリーナ。
せめて船ではゆっくりしてもらおうと考えるのだった。
店を出て歩いていたイリーナだったが、異様な出で立ちの男たちが目に留まった。男たちは全部で3人いたが、照りつける日差しの中、3人とも黒いローブに身を包んでいる。2人はこれまた黒いフードを被っており、顔がよく見えない。リーダーらしき男はハットのような帽子を被っている。
そのリーダー格らしき男は、市場の女商人に話を聞いている。興味本位で耳を傾けたイリーナ。
「この辺りで黒髪の灯ノ原人のガキを見なかったか?」
男の言葉を聞いたイリーナは、思わず心臓が止まりそうになる。
(黒髪の灯ノ原人? もしかして、キョウヤのこと……?)
「さぁねぇ……。ここは港町で人の出入りも激しいから、灯ノ原人は見かけたような気もするけど、いちいち覚えちゃいられないよ」
女商人がそう返すと、男は手書きの人相書きのような紙を見せる。
「このガキなんだが……知らないか? 経矢って名前なんだ」
(あの絵……キョウヤ!? やっぱりアイツらキョウヤを探してる!?)
それを見た女商人は首を横に振る。
「私は見てないねぇ」
それを聞くと、男は舌打ちをする。
「そうか、邪魔したな」
そして改めて聞き込みをしようとその場を離れようとした時だった。イリーナとリーダー格らしき男の目が合ってしまった。
「おい、そこの少女。少し話を聞きたい」
イリーナは男から声を掛けられるが、無視してそのまま立ち去ろうとした。だが……。
「大丈夫。何も怖いことはしない。話を聞かせて欲しいだけだ」
その声を聞き、イリーナは立ち止まり男たちの方を振り返る。
「……な、なんですか? 急いでるので、お話なら手短にお願いします」
イリーナの言葉に男は頷き、話し始める。
「経矢という灯ノ原人を探してるんだが、知らないか? 黒髪の青年だ」
(やっぱりキョウヤのことだ!)
「その人が何かしたんですか?」
イリーナは男たちを睨みながら聞く。
リーダー格らしき男が答える。
「質問しているのはこっちなんだがな。知っているのか? それとも知らないのか? どっちかで答えろ」
「し、知りません……」
イリーナは目を逸らしながら答えた。
「ボス、このガキ怪しいですね。もしかしたらキョウヤの連れのガキっていうのはコイツでは?」
ボスと呼ばれた男は、部下らしきフードの男の言葉を聞くとイリーナの瞳をグイッと覗き込んで来る。
血のように真っ赤な瞳に睨まれ、イリーナは思わず怯んだ。……が、とっさに懐から目にも止まらぬ速さで銃を抜き、男の腹部に押し当てる。
「ボス! ガキめ、すぐに銃を下ろしてボスから距離を取れ!」
フードの男の1人が自らの懐に手を伸ばしながらそう叫ぶが、イリーナは銃を持つ手に力を込めた。
(相手の出方次第じゃ、やるしかない——!)
だが……。
「待て」
男は部下たちを片方の手で制す。
「えっ!?」
イリーナは思わずそう声を上げる。
「おいおい、こんなところで殺し合いをするつもりか? 今ここでお前が引き金を弾けば、スレッドボックスが飛んでくるだろう。銃を持ったお前と負傷した私。さて、奴らの目にはどちらが悪者に映るだろうな?」
イリーナはその言葉に、悔しそうに唇を噛む。そして、ゆっくりと銃を下ろした。
「賢明な判断だ。さぁ、質問の続きだ。キョウヤという灯ノ原人を知らないか?」
改めて男は問うが、イリーナは何も答えない。すると……。
「……そうか知らないか。もう行っていいぞ。時間を取らせて悪かったな」
そう言って男は踵を返すと、フードの男たちを伴って去っていく。
イリーナはその様子を、呆然と見つめるしかなかった。
(な、なにアイツ……。アイツは危険な気がする。キョウヤと一緒に早く、この港を出港しないと!)
イリーナはそう考えながら、足早にその場を後にした。
さっきの連中に尾行されていないか、時々警戒しながらも集合場所へと急ぐイリーナ。
そこにはすでに準備を終えた経矢の姿があった。
「お、イリーナ! もう準備はできたのか?」
経矢にそう声をかけられて、イリーナは内心ほっとする。だが、急いで先ほどのことを経矢に伝えなければと思った。
港の時計台を見ると、まだ出発まで1時間もある。このままここにいると、経矢を探しているさっきの連中に見つかってしまうだろう。
「キョウヤ、詳しいことは後で話すから」
イリーナは経矢の手を引いて走り出す。
「えっ? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
経矢がそう言ってもそのまま彼を連れて人気のないところへと走り続けた。やがて町はずれの浜辺に到着すると、偶然見つけた岩陰へと彼の身体を押し込み、自分も身を隠した。
突然狭い場所に2人きり。しかも体を密着させる形となり、昨晩のことを思い出して経矢は顔を赤くし狼狽えてしまう。
「ち、近い……! い、いきなりどうしたんだイリーナ」
しかしイリーナの方は切迫した表情だ。
「しーっ! ねぇキョウヤ、キョウヤを探してる連中がいるの。3人共、黒いローブを着てた。目の奥が血みたいに赤くて……」
そこまで聞いた経矢は震えているイリーナの手を包み込んで、彼女を落ち着かせる。
だが考えてみてもその相手が誰なのか、経矢には見当もつかない。
「そうか、分かった。ひとまず船が到着する時間までここに隠れて、その連中に見つからないうちに、船に乗ろう」
「う、うん! 分かった。」
2人は頷き合うと、しばらくそこで待機してから港へと戻るのだった。
港に到着するのが少し早かったが、幸いにも2人が到着する頃にはすでにアルセィーマ行きの船が乗船受付を開始していた。
受付で2人が船に乗るための説明を受けていると、先ほどのフードの男たちが港へとやって来るのが見えた。
経矢は慌ててイリーナの腕を引く。
「どうしたの?」
イリーナが小声で聞くと、経矢も小声で返す。
「イリーナの言ってた連中だ。早く乗ろう」
2人は急いで船の乗船口まで走る。
そしてそのまま船内へ乗り込もうとした……その時、2人の耳元で声がした。
「こんな簡単な待ち伏せに引っかかるとは、やはりまだまだガキだな」
その言葉を聞いた瞬間、経矢の中で忘れたくても忘れられない怒りと恐怖が蘇る。
『こんな簡単な待ち伏せに引っかかるとは、やはりガキだな』
と、同時に経矢とイリーナの視界はグルグルと何度も回転し、しばらくの暗転と共に再び明転する。
(あの声……まさか……そんな……!)
視界が戻るとそこは先ほどの浜辺だった。
恐らく何らかの強制転移魔法を使われたのだろう。
経矢とイリーナの視線の先には、黒いローブの3人組が立っていた。
その中のハットを被っているリーダー格らしき男。
彼を見た経矢の瞳が見開かれ、口がわずかに開いたまま動かなくなる。
全身の血が凍りつくような感覚。喉が焼けつくほど乾き、足元から何かが這い上がってくるようだった。
——あの男は、確かに死んだはずだ。自分の手で。あの燃えさかる施設の中で。
忘れもしない……。
「お、お前はっ……!? な、なんで生きてるんだ……」
「よぉ、久しぶりじゃないか。だが、そいつはこっちのセリフだ。なんで500年前のガキがガキの姿のまま生きてる? あの時、確かにお前は死んだはずだが……」
リーダー格の男はハットを少し上げながら、経矢をジロリと見る。
(……500年前? キョウヤが死んだ? 何を言ってるの……?)
混乱する思考の中、それでもイリーナは彼を見た。
まっすぐ前を見据える横顔。その瞳に、迷いはない。
(わからない……でも、あたしは——)
——信じたい。どれだけ過去があろうと、今の彼を。
「お前は知っているはずだ。ロストクリムゾングランドで発見された、死霊術師アクアが隠したレリクスの在処をな。あれから500年経っているが、未だに見つかっていない。……だが、お前はその在処を知っているはずだ」
男はそう言うと、懐に手を伸ばしながらゆっくりと経矢とイリーナに近づいてくる。
(まずい!)
経矢は咄嗟に銃を抜き男に向けて発砲した。しかし——。
「リムエーポン!」
経矢が銃を構えるより先に、男が懐から取り出した小さい魔法の杖から放たれた魔法が、経矢の銃を弾き飛ばす。
そして同じく銃を取り出したイリーナにも杖を向ける。
「やめておけ。殺し合いをするつもりはない、今はな。お嬢ちゃんも大人しく銃を下ろすんだ」
男は余裕の表情で、イリーナにも杖を向けている。
イリーナは、周りの状況を見ると仕方なく銃を下ろす。
「なんなの、コイツら……」
「ハットを被っている奴は、ルーベン・メンデンホール……。悪名高い黒魔術師で、奴隷商人の男だ。コイツのせいで……」
経矢はイリーナの疑問に答えるように呟くが、その声には強い憎しみが込めれられているようだった。
名前を呼ばれた男、ルーベンは口元を少し歪ませ、わざとらしく口笛を吹く。
「私の名前なんぞ、よく覚えてたな。その記憶力があるなら、レリクスの在処の方も……覚えているはずだな?」
経矢はルーベンを睨みつける。だが、彼はお構いなしといった様子だ。
「さて、あまり時間は掛けていられないのでな。一緒に来てもらおうか。アクアが隠したレリクスの在処を、教えてもらおう」
ルーベンは経矢とイリーナに杖を向ける。だが2人は覚悟を決めたような表情だ。
「イリーナ、銃で援護してくれ。ルーベンは難しいが、残りの2人を蹴散らしてここから一気に離脱する! 合図したら迷わず撃つんだ」
経矢は小声でそう告げると、イリーナはゆっくりと頷く。
……しかし。
「残りの2人? 誰のことかしら?」
「いくらなんでも甘く見過ぎじゃねぇのか?」
「仕方ないよ、僕らは姿も気配も隠してたんだから」
複数の声と共に、黒い霧が複数立ち込め、それが晴れると中からルーベンたちと同じ黒いローブを来た3人の男女、そしてさらに多くのフードを被った男女が姿を現した。
全員で15人程はいる。
「クソ、アイツらまで生きてたのか!? それにこの数……」
経矢は3人の男女、そしてフードを被ったルーベンの部下たちを見てそう呟く。
「……イリーナ、俺の体に掴まれ……。ここから一気に飛ぶ……。飛んだ瞬間、奴らに向けて"アレ"を頼む。数秒でも時間を稼げれば十分だ」
経矢はイリーナに、小さい声で囁く。
「……分かった。でも、無理しないでよ?」
「あぁ……。大丈夫だ……」
2人は覚悟を決めたようだ。
「さぁ、無駄な抵抗はやめてもらおうか? 大人しくレリクスの在処を吐けば、命までは取らないさ」
ルーベンがそう言うと同時に、フードを被った男たちが経矢とイリーナに向かって一斉に襲い掛かる。
だがその瞬間——。
「放出——!」
経矢がそう呟くと同時に、彼の体から真っ赤なオーラが放たれる。と、同時にイリーナを抱えて経矢は大地を蹴った。
「奴は空だ! 逃がすな!!」
ルーベンが叫ぶが、それとほぼ同じタイミングでイリーナの銃からガス弾が彼らに向かって放たれる。
彼らはガスの中でも視界が効いているようだったが、どうやらガスの中に麻痺性の気体が含まれていたらしく、体が痺れて上手く動くことができない様子だ。
経矢はそのまま上昇し空中に躍り出ると、今まさにアルセィーマ大陸に向けて出港した船へと、イリーナを抱えたまま凄まじいスピードで一直線に飛ぶ。
風がごうごうと唸り、髪がなびく。
ルーベンたちの影は一気に小さくなっていく。
経矢の腕の中、イリーナは思わず目を閉じた。だが、すぐに恐怖が静まるのを感じた。
(あたたかい……)
頬に触れる彼の胸の温もり、心臓の鼓動。
高い空の上は静かで、彼らの飛行を太陽が照らしていた。
遥か下に波がきらめき、船の影が見える。
経矢はただ一点を見つめ、力強く空を翔けていた。
やがて船の近くまで来ると減速し、2人で船へと飛び乗る。
「……あ、さ、さっきのお客さん? 急に居なくなったと思ったら、お、お空のデートを楽しまれてたんですね……ハハハ」
空から船へと降り立った2人を見て、船長は腰を抜かしてしまっている。
「ど、どうも~。間に合ってよかったです」
イリーナは誤魔化すように、愛想笑いで手を振る。
船はすでに出港している。経矢は辺りを見回し、気配を探る。どうやら連中はまだ追ってきてはいないようだった。
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