1話
御伽噺や童話では非現実的なものが度々介入してくる。
夜だけ見える光り輝く扉、雨が降る時にしか現れない存在、突然現れては消え、また現れるもの…。
怪異などと云われる彼らは理知に乗っ取って考えると辻褄が合うものもある。
忘れてはならないのは、彼らは偶に現実に現れては、目立たぬ事件を起こしては行方を晦ます。ということ。
雲間を抜け空を泳ぐと大地に落ちる。星に生きるものの大半がそれを体験することは叶わないが、もしそうなったとしたら迫り来る事象は、限りなく死に近いだろう。
トタッ、と靴を履き玄関を出た時のような軽い足取りで、全裸の彼女は高空より現れた。
地に足をつけど、落ち葉が吹きすさぶほどの強風。
飛ばされぬよう体を伏せる彼女の頭髪は紫。まるで絨毯のようで、隙間から白い破片が幾つも風が運んだ。
裸体ということもあり特筆すべき事柄もない。彼女の為に何かを語るとすれば髪と同色の尾があることくらいだ。
どうやら風は下界、彼女のいる大地から残骸を運んでいるようだ。
少女が這って見下ろすとその先には雲海が広がっていた。
先程自分も同じようなものを潜ったはずだが、見上げても太陽の独壇場。
それらしき形跡も無く、興味の失せた彼女は風が落ち着くのを待つのみだ。
幾ら待てども風が止むことは無く、勢いが衰える様子もない。
風と共に何かが地を跳ねる音だけが不定期に聞こえるが、状況は何も変わらない。
意を決した彼女は勢いよく駆け出した。
僅かに開く瞼から眼前に森があるのを確認する。音の正体は森から飛んでくる枝だった。
土埃を撒き散らしながら、髪に引っ付いた小枝諸共、押し返してくる風を貫くように薄い壁を越え、大木の並ぶ領域に侵入した。
「お遊戯!!」
「お遊戯!!」
「出題する!!」
「回答者が来た!!」
息も絶え絶え、彼女は滝汗を土に飲ませていた。休まる暇もなく姦しい少年少女が彼女を取り囲んだ。
「わ!はだかだ!!」
「はだか!!」
彼女の容姿を見るなり、嵐が去るように彼らは森の奥に消えていく。
彼女が彼らの背を見送りながら息を整えていると、ふと視線に気づく。
何処にいるのか、茂みの音で主が移動しているのを察した彼女は駆け足で追跡した。
たどり着いた先は開けた土地。森の中にある広間と言った感じだった。
彼女は今更ながら木を見上げた。あの太陽にも届きそうな高さ、時折零す葉は沈む舟のようで、彼女が横になれるくらいには大きい。
よく見ると幹には幾つか巣のような…樹洞がある。浮き出た根っこの隙間、幹を掘って作られたものは無造作な高度で転々としている。
もしやと思い彼女は適当な暗がりを覗き込む。
石をひっくり返した時に虫がいたような、ギョッとした感覚は共有された。
「はだかおんな!!」
彼女は未だに彼らの姿をしっかりと見ていない。
「こっちくるな!!」
小石を投げられた彼女は両腕でそれを防ぐが、巣穴の住人の拒否は続いた。
すると他の穴から似たものが沢山出てきて、彼女のいる木に群がってきた。
「なんで!」
彼女は腕を交差させて顔を守り続けていたが、遂に巣穴から出てきた手が突き飛ばした。
実は彼女は、人が5人ほどの高度のところを訪ねていた。宙を舞う彼女は身を翻し、葉を置くような落ち着きと静かさで着地した。
足の指先に溜まった木屑を払おうと屈むと、少年少女のような彼らは円を広げた。
起き上がった彼女は品定めするように彼らを見た後、訪問していた巣穴に向かって跳躍した。
「くるな!」
家主が殴りかかるも、彼女は掌で意図も容易く受け止めた。
「なんだよ!」
彼女は顔を近づけ、家主の少女の髪に顔を埋めた。
暫くすると満足したのか、彼女は頬ずりし額に接吻した。
「なっ…!?」
外にいた童子めいた彼らは、空を彩る星が増えるにつれて巣穴に帰っていき、残された一人の少女だけが、彼女のいる巣穴に入っていった。
星雲が溶けゆく空はやがて青黒くなり、雲間から日が差し込んだ。
小鳥が樹洞の縁に止まると、見慣れない紫の糸を啄む。
欠伸を威嚇かと臆した彼らはさえずりと共に飛び立ち、その主が目を覚ます。
ヨダレを拭った彼女の隣には一人の少女。衣類を得た彼女は一際大きな樹洞に向かっていった。