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スケープゴート殺人事件  作者: 馬場悠光
第一部 スケープゴートの殺人――弓嶋魁の手記
3/29

【第一章 ぼくと小森兄妹】 1

 ぼくの名前は弓嶋魁。趣味は読書で、両親の影響により主に推理小説を愛読している。

 

 両親は教育熱心な人々で、学校のテストでただ良い点を採る事だけを目指すのではなく、様々なスポーツや各地への旅行を通してもっと根本的に、人としての成長を促すような教育方針を執っていた。そしてそんな教育のお陰で、ぼくは世界的にも有名なN大学への入学を認められたのだった。

 

 だが、そんなぼくの当初の大学生活は充実したものではなかった。というのも、友人というものが一人も出来なかったのだ。……いや、大学生活に限らず、生まれてこのかたと言った方が良いだろう。大学に入って周囲の環境も変われば……と、最初は淡い期待を抱いていたが無駄だった。話し掛けてくる者は何人かいたものの、いずれも興味本位の冷やかしばかりだった。

 

 そんな孤独な大学生活が数ヶ月間続き、人々の着る服が薄くなり始めた頃、ぼくは小森真介と出会った。

 

 食堂で昼食を食べ終え、父から借りた本を読んでいた時、ぼくの正面に位置する席の椅子が引かれ、そこに座る者がいた。食堂にはまだ多くの空席があったにも関わらず。

 

「横溝正史の『幽霊男』か。『獄門島』や『八つ墓村』と比べるとネームバリューは劣るが、話のテンポが小気味良い名作だよな」

 

 顔を上げると眼の前に、整った顔立ちの青年が座っていた。黒い髪は頬に掛かり、口元にはわずかに笑みがたたえられている。

 

「……に興味があるのですか?」

 

 いきなり話し掛けられた事。青年の口から横溝正史とその作品群の名が出てきた事。突然の出来事に様々な驚きがあったが、ぼくは何とか言葉を返した。青年は嬉しそうに口角を上げる。

 

「ああ、大好きさ。子どもの頃から読み漁ってる。国内外の作家、作品を問わず、幅広くな」

 

 ぼくも自然と笑みが零れた。今までどうにか周囲の人々と打ち解けようと努力はしたものの、いかんせん、趣味が合わなさ過ぎた。乱歩や正史はおろか、エラリイやヴァンの話をしても冷めた眼でしか見られなかった。こうして同好の士と出会えた事が、何よりも嬉しかった。

 

「あっ悪い、自己紹介がまだだったな。俺は小森真介。法律を学ぶため、こっちにきている者だ」

 

「ぼくは弓嶋魁と申します。もしよろしければ、あなたが今までに読んだ本についてのお話をお聞かせ願えませんでしょうか?」

 

 こうして、ぼくと真介の交友は始まったのだった。ぼく達はお互いに読んだ本についての感想や意見を出し合ったり、時には彼が暮らしているマンションへ行ってテレビゲームに興じたりした。父と母に真介を紹介すると、二人はすぐに彼を気に入った。特に父は真介を誘い、二人で夜な夜な飲みに行くほどだった。

 

 真介は推理小説好きが高じ、将来は探偵になりたいという風変りな夢を持っていた上、ぼくより些か歳が上だったが、それはさしたる問題ではなかった。いかなる夢でも本人が真剣に取り組んでいるのであればこの上なく素晴らしく、友情に年齢差は関係ない。ぼくは真介と友人になった事で、ようやく自分の大学生活を、そして人生を充実したものに出来たのだった。

 

 真介の妹、小森真理花と出会ったのは、真介と友人になって数ヶ月が経った夏休みの事。ぼくがいつものように真介のマンションへ遊びに訪れた際、出迎えてくれたのが初対面だった。

 

「いらっしゃい。あなたがお兄ちゃんが言ってた弓嶋魁くん?」

 

 男一人で暮らしているはずの真介の部屋から女の子が顔を出したので、ぼくは面食らってしまった。すぐに奥から真介が出てきて彼女を紹介した。

 

「妹の真理花だ。ほら、いつか話しただろ? 俺にはお前の一個下の妹がいるって。この夏休みを利用してここまできたんだ。……一人でな」

 

 遠路はるばるやってきた妹を紹介する兄の表情はどこか苦々しげだった。

 

 失礼な話ではあるが、ぼくが初対面の真理花に対して抱いた第一印象は〝病人〟だった。顔立ちは以前に兄が自慢していた通り確かに可愛らしかったが、その肌は青白く、肉付きも同年代の女の子達と比べて良くなさそうだった。ぼくに向けられた人懐こい無邪気な笑顔と、その身にまとった真っ赤な色のワンピースが、彼女の痛々しさをさらに際立たせていた。

 

 しかし、それに反して彼女の性格は明るく、行動は活発的だった。「せっかくここまできたんだから」と、毎日のように真理花はぼくと真介の手を引いて、街のあらゆる名所を観光して回った。公園、美術館、展望台……ぼくはこの世に生をなして以降、ずっとこの街に住んでいたにも関わらず、ほとんどそれらの名所に足を運んだ事がなかったが、こうして真理花が連れ出してくれたお陰で、国内有数の大都市と称される自分の故郷の魅力を認識する事が出来、そして何よりも、小森真理花という新たな友人を得られたのだった。

 

 真理花は一週間ほど滞在した後、兄の付き添いの元、郷里である東京へと帰っていった。空港まで見送りに行った際、真理花は瞳を潤ませながらぼくに言った。

 

「わたし達、また会えるよね? また、一緒に色々な所へ遊びに行けるよね?」

 

 半ば自分に言い聞かせているような真理花の語り口に、なんだか切ない気持ちになったぼくは、彼女の手を取り、固く再会を約束したのだった。真理花は感傷屋で、ぼくとしてもこの淡い出会いを大切にしたかったのだ。

 

 真理花が帰った後もぼく達は電話やメールで連絡を取り合い、再会のその日その時を心待ちにしていた。

 

 こうして小森兄妹と親交を深めていく中で冬休みが間近に迫ったある日、我が家の夕食の席に招待した真介から、ぼく達家族はある提案をされた。

 

「今度の冬休みですが、私達と一緒にスキー旅行へ行きませんか?」

 

 冬休みになると家族で泊りがけのスキー旅行へ行くのが小森家の恒例行事なのだという。真介はこまめに電話で両親に、大学で知り合った友人とその家族に常日頃から良くしてもらっており、夏休みにこちらへきた妹も、その友人と過ごすのが楽しそうだったと伝えていたらしい。すると今朝の電話で、今年のスキー旅行には是非、弓嶋家の人々とご一緒したいと言われたそうだ。

 

 ぼくとウィンタースポーツ好きの両親は二つ返事でその誘いを了承した。

 

 生まれて初めて父の生まれ故郷に行く事が出来る。そしてまた、真理花と遊ぶ事が出来る。ぼくは期待に胸を膨らませた。

 

 しかし、スキー用具やウェアを新調までして準備をしたにも関わらず、直前に二つのアクシデントに見舞われてしまった。一つはぼくの父と真介が高熱を出してしまった事。もう一つは真介の両親が急に入った仕事のせいで旅行に行けなくなってしまった事だった。当然、スキー旅行はおろか、真介の実家へ行く事もキャンセルの話が上がったが、ぼくが真介のお見舞いへ行った際、病床で苦痛に喘ぐ彼からこう言われた。

 

「魁、せめてお前だけでも行って、真理花に会ってやってほしい。あいつ、お前に会うのを凄く楽しみにしてるんだ。頼む」

 

 そう懇願されると断る訳にはいかなかった。困惑、心配しつつも両親も了承してくれたため、ぼくは父の看病を母に任せて独り、飛行機で東京へと発ったのだった。

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― 新着の感想 ―
ずっと友人ができなかった魁さんの初めての友人……趣味が一緒ならすぐに意気投合して仲良しになれたでしょうね(*'ω'*) 魁さんのご両親も息子の初めての友人が好印象だったということもあって家族ぐるみの…
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