【第五章 推理なき解決】 4
皆様へ
ここに記す事は全て事実ですので、どうか今後の捜査の参考として下さい。
単刀直入に結論から記させて頂きます。このペンションで発生した一連の殺人事件を起こしたのはわたし達、隅野兄妹です。
順を追って述べさせて頂きます。
紅茶が飲みたいという中田様の依頼を受けたわたしは、その通りに十一時頃、中田様のお泊りになっている二号室へ赴きました。部屋に招き入れられたわたしは突然、中田様から乱暴を受けそうになりました。気が動転したわたしは、思わず側にあった花瓶を手に取り、それでそのまま中田様を殴り殺してしまいました。
わたしはすぐに一階へ降り、すでに床に就いていた兄を起こして、この一連の出来事を伝えました。話を聞いた兄は、わたしを置いて二階へ上がりました。きっと一度、中田様の生死の確認をしに向かったのでしょう。しばらくして戻ってきた兄は、わたしに対しこう言いました。
「後はおれが何とかするから、お前はもう部屋に戻って休んでろ。金輪際気にするな。忘れろ」
人を殺し、すっかり身も心も疲弊しきっていたわたしは夜遅くとはいえ、オーナーや他のお客様に自分のしでかした事を伝えようとはせず、兄の言葉に甘える形でそのまま自分の部屋に戻り、一夜を明かしました。
わたしが呑気に眠っているその間、兄はわたしが二号室を訪れた痕跡を消したり、後からくる警察の方々の捜査を攪乱するため、部屋の窓を開ける、裏口の鍵を壊すなどして外部犯の存在を捏造したり、いざとなったら自分が全ての罪を被るために中田様の財布を自分の部屋に隠すなどの工作をしたのだと思います。
翌朝、わたしは何事もなく眼を覚ましました。不思議と目覚めの良い朝で、もしかすると昨日の出来事は寝ている時に見た悪い夢だったのかもしれないと、安堵すらも感じました。ですが、それは顔を合わせた兄のどこか憔悴しきった様子や、いつまで経っても朝食の席に現れない中田様によって徐々に揺らいでゆき、ついに中田様の遺体が発見された事で完全に瓦解しました。
人を殺したのが夢ではなく現実であったからには、早々にオーナーやお客様達の前でこの罪を告白するべきでしたが、どうしても気持ちに踏ん切りが着かず、しまいには「罪を告白するのは警察の人達がきてからでも遅くはない」、「そもそも中田様がわたしに乱暴しようとしたのがいけないんだ」、「小森様と弓嶋様が探偵みたいに犯人探しをしているから、彼女達の楽しみを奪ってはいけない」などと、自分自身に卑怯な言い訳をして、罪の告白をしないのを正当化してしまいました。
もう一つ言い訳をするなら、猿渡様の件があります。小森様が倒れられる直前に、わたしはオーナー、小森様、弓嶋様の四人で昼食をとりました。そこで小森様から「中田さんや猿渡さんから何か頼まれた事はあるか。また、何か気になる事はないか」と問われました。……今思えば、小森様は犯人がわたしである事を、この時点で目星をつけていたのでしょう。正直に中田様の件を言う訳にはいかなかったので、とっさにわたしは気になる事として、猿渡様の話をしました。このような山奥のペンションにやってくる飛び込みのお客様は、わたしもオーナーも始めてで、なぜここまできたのか本当に不思議だったのです。猿渡様、誠に申し訳ございませんでした。ただ疑問に思っていた事を口にしただけであって、あなたに罪をなすりつけてしまおうなどといった魂胆は微塵もありませんでした。
話が逸れましたので、戻させて頂きます。
食堂にて、突如倒れられた小森様の看護をしていた時に、やらなければならない用事を思い出したので、それを済ませて戻るまでの間、兄に小森様の看護を頼んだのですが、これがいけませんでした。
わたしが用事を済ませて戻ろうとした時、ちょうど小森様のいる三号室からフラフラと兄が出てくる所でした。兄はわたしの姿を認めると、そのままの足取りでわたしに近づき、笑顔と泣き顔が入り混じったような顔でこう言いました。
「マジで名探偵っているんだな。悪い卯月、おれ、小森を殺しちまったよ」
急いで三号室に飛び込みましたが、すでに小森様は額から血を流して息を引き取っておりました。兄を問いただすと、事件の真相……わたしが中田様を殺害したという真相に小森様が辿り着いたため、口封じに中田様と同様、花瓶で彼女を殴り殺したとの事でした。
「お前が犯人だっていう徹底的な理詰めの推理をおれに披露した上で頼んできたんだよ。「どうか卯月さんを説得して自首させて下さい。お兄さんである岳飛さん、あなたにしか出来ない事です」ってな。そう散々喋った挙句、いきなり事切れたように眠りやがったから、その隙に……」
こうしてわたしがグズグズしている間に、口が悪く粗暴な面が目立つものの、根は生真面目で優しい兄は本物の人殺しとなり、明るく賢く、素敵な女の子だった小森様は死にました。
わたしは一階に降り、何とか弓嶋様に二階へ向かうよう促した後、スタッフの居住区にいたオーナーにも小森様の死を伝えました。その際、オーナーの眼にはわたしが遺体を見たショックで憔悴しているように見えたのでしょう。わたしを自室へ連れて行くと、そこで横になって休んでいるように言いました。その言葉に従って休んでいると、いつしかわたしは眠りに落ちていました。
わたしが眼を覚ましたのは、全てが終わった事になっていた後でした。兄は犯人しか知り得ない凶器の情報を口にし、それを弓嶋様が指摘された事と、自室から中田様の財布が見つかった事により、そのまま犯人として地下室に閉じ込められたとオーナーから聞きました。そこでようやく、兄が小森様を殺した以外にもわたしのために様々な工作を行ってくれていた事を知りました。そして、かねてよりわたしの胸中に小さくあった自死への決意が大きくなり、固まりました。兄の事ですから、わたしを庇うためにそうしたのでしょう。ですが、いくら本人がそう望んだとはいえども、中田様の殺害の罪まで兄に負わせる事は出来ません。それに加え、中田様のみならず、間接的とはいえ無関係の小森様まで殺したわたしの罪は何年牢屋の中で過ごした所で償えるものではありません。
これらの惨事の責任は全て、このわたしにあります。
お兄ちゃん。わたしはこの遺書を書く事で、わたしのために色々な努力をしてくれていたあなたを裏切りました。ですが、やはり罪を犯したからには、相応の罰を受けなければなりません。どうかお赦し下さい。
皆様、誠に申し訳ございませんでした。そして、お父さん、お母さん、お兄ちゃん、柳沢おじさん、雄太さん、本当にごめんなさい。
隅野卯月




