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スケープゴート殺人事件  作者: 馬場悠光
第一部 スケープゴートの殺人――弓嶋魁の手記
14/29

【第四章 捜査と推理】 2

 やはり談話室には牛尼先生がいて、彼女はテレビを観ていた。テレビ画面には日本の関東地方の地図が映し出されており、その地図を全面的に数多の雪だるまが占めていた。

 

「天気予報ですか。やはり今日一日は吹雪くみたいですね」

 

「せめて外部との連絡が取れるといいんだけど。……それであなた達、何か私に聞きたい事があって、またここにきたんじゃないの」

 

 牛尼小夜子先生。同い年で同じ教師の篠原先生と比較してもやはり異なる、常人とは一線を画した知性を感じる。まるで別の次元の崇高な存在のようだ。

 

「そうなんですよ。先生に少し、お伺いしたい事が……」

 

 真理花が突如言葉を切った。その視線はテレビ画面に注がれていた。天気予報が終わり、無機質な声の女性アナウンサーがニュースを読み上げていた。

 

『……昨夜午後六時三十分頃、Kスキー場から「女性が倒れている」と119番通報がありました。救急隊などが駆け付けた所、長野県内在住の女子大生、鶴岡杏香(つるおかきょうか)さん(21)が死亡しているのが発見されました。鶴岡さんは首を絞められ殺害されたと見られ、警察は殺人事件として捜査をしています……』

 

「嘘でしょ……Kスキー場って、わたし達が昨日滑った場所だ」

 

 真理花が愕然と口を開ける。殺害されたという女子大生の顔写真がテレビに映し出された。黒髪で化粧っ気のない、素朴な顔立ちをした女性だ。制服を着ていたため、おそらくは高校時代の写真であろう。

 

 ――ぼくはこの写真の女性に既視感を覚えた。もしかすると、あのスキー場ですれ違ったりしたかもしれない。

 

 ともあれ、このペンションだけでなく、昨日楽しい時間を過ごした場所でも人が死んだ。それも殺された。……真理花との思い出が穢されていくようで、憂鬱な気分になった。

 

「ぼく、この国は治安が良くて平和な国だってイメージを持っていたけど、こんな殺人事件が立て続けに起こる事もあるんだね。ショックだよ」

 

 そう言うぼくに対して真理花は何か言いたげな顔をしていたが、結局押し黙ったままだった。代わりに牛尼先生が答える。

 

「そうでもないわよ。確かに日本は世界全体で見ると治安は良い方だけど、時々衝撃的な事件が起こる事もあるわ。そうね、例えば……」

 

 牛尼先生は一瞬、談話室の扉に眼を向けた後、チョロリと舌を出して唇を湿らせ、語りだした。

 

「今から三年ほど前になるかしら。ある中学校で生徒同士の殺人事件が起こったの」

 

 真理花が反応する。

 

「覚えています、その事件。確か犯人は当時十四歳の男の子でしたよね」

 

「魁くんは詳細を知らないだろうから説明するけど、三年前のある日、十四歳の少年が学校で同級生の首をナイフで切りつけて殺したの。当時は結構の騒ぎになったわ」

 

 それを聞いて首筋が疼き、無意識にぼくは手でそこを押さえた。

 

「どうしてその少年はそんな事をしたのですか。その後どうなったのです」

 

「動機に関して本当の事は分からない。とにかく少年は捕まり、家庭裁判所で審判が行われた。少年は警察からの取り調べの時点では自分の罪を認めてはいたものの、なぜか審判では一転して無罪を主張し出したの。でも、周囲の同級生や担任教師の証言から作成された調書が決め手となり、彼は少年院へと送られる事となったわ」

 

「当時世論も荒れていましたよね。……本当に、その少年は殺人を犯したのかって」

 

「もっとも、これはもう三年も前の話。もう出院して世間に紛れてるでしょうね」

 

「えっ、もう外に出ているかもしれないんですか? 人を殺したのにたったの三年で」

 

「『少年法』のせいよ」

 

 その言葉を口にした瞬間、牛尼先生はその美しい顔を曇らせる。

 

「主に罪を犯した二十歳未満の少年少女に対して適用される法律なんだけど、犯した罪に対して異様に軽い罰しか適用されないのよ。彼らの健全な育成だの矯正だの言って、被害者やその遺族の感情を完全に無視してね」

 

「法律にお詳しいのですね。アメリカでは州によっては子どもであっても、自分のした事に対して責任を取らされ、場合によっては終身刑や死刑もありえるのですが……」

 

「そう、本来はそうであるべきなのよ。子どもだからって、それを免罪符にしてはならないわ」

 

 牛尼先生の重く、どこか覇気のあるその言葉に、身が引き締まる思いだった。真理花も同じ思いらしく、視線を下に落とす。

 

「……さて、話が色々とそれちゃったけど戻しましょうか。私に聞きたい事って?」

 

 先生に言われ、ぼく達はここにきた理由を思い出した。そうだ、ぼく達は今現在ここで起きている事件について話を聞きにきたのだ。三年前の少年事件の話を聞きにきたのではない。

 

 真理花が先生に尋ねる。

 

「昨日、わたし達は九時に皆さんと別れて二階へ上がりました。あの後、何時頃に皆さんは二階へ上がられたのですか?」

 

「あら! あなた達、中田さんが殺された事件を捜査してるのね」

 

 牛尼先生は手を口に当てて驚く素振りを見せたが、あまりにも芝居掛かっていて、わざとらしいリアクションだった。ぼく達が事件の捜査をしている事など最初からお見通しだったのだろう。

 

「まあいいわ。昨晩はあなた達が二階へ上った約一時間後に、わたし達も解散して二階へ上がったわ」

 

「その際に何か気付いた事や、変わった事はありませんでしたか?」

 

「特にないわね。何かあったらちゃんと覚えてるわ」

 

 ぼくが尋ねると、先生は即答した。

 

「十時頃に解散したとなれば、それから翌日八時の遺体発見までの十時間の間に犯行があった……と言う事は、一緒の部屋に泊ってたわたし達と牛尼先生達のペアはアリバイがあるから、犯人から外してもいいでしょうね」

 

「そうとも限らないんじゃない? どちらかが寝てる間に抜け出して殺しに行ったのかもしれないし、そもそも共犯なのかも」

 

 牛尼先生が楽しそうにクスクスと笑う。それに真理花が答えた。

 

「確かにその可能性も考えられますが、あえてそれは今は考えないでおきます。初めからそうして考えていくと、挙句の果てには自分以外の全員が共犯なんじゃないかと疑心暗鬼に陥る事になるでしょうから」

 

「なるほど、まずは単独犯の線で考えるのね」

 

 ここでぼくは真理花に提案した。

 

「真理花、今得てる情報から少し考察……推理してみない? せっかく現場まで見たんだしさ」

 

「あなた達、現場も見てきたんだ。なかなか度胸があるのね」

 

「先生は見に行かなくてもよろしいのですか?」

 

 真理花が尋ねると、牛尼先生は片手を軽く上げて振る。

 

「嫌よ。仕事ならまだしも、死体なんてただ気持ち悪いだけじゃないの」

 

 牛尼先生の顔は笑ってはいたものの、眼までは笑っていなかった。

 

「そうですか……。なら魁くん、考えをまとめてみよう。とりあえず、犯人の行動の順を追ってみるのはどうかな」

 

「それがいいね。なら始めようか」

 

 これも不謹慎な話ではあるが、一人で小説を前にトリックや犯人をあれやこれやと考えるよりも、こうして真理花と二人、実際の事件について語り合う方が楽しかった。

 

 ぼく達は空いたソファに並んで座った。

 

「まず最初に猿渡さんの、物取り目的でペンションに侵入した外部の人が犯人なんじゃないかという説だけど、この悪天候でそれはありえないだろうと先生は仰ってたよね」

 

「そう、だから犯人は内部……ぼく達の中にいる可能性が高いと考えた」

 

「次に、どうやって犯人は部屋へ侵入したのかだね。犯人が内部にいる人達だとしたら、ピッキングか何かで無理矢理こじ開けたんじゃなくて、やっぱり正規の鍵を使ったんだと思う。岳飛さんの話だと管理人室にスペアキーがあって、オーナーがマスターキーを持ってるそうだから」

 

「そうだろうね。中田さんに渡されたと思われる二号室の鍵は机の上にあったから、そのいずれかを持ち出して使用したに違いない。さて、次は二号室に浸入した後の話になるけど……」

 

「ちょっと待って。わたし、一つ気になる所があるんだ」

 

「何だい、それは」

 

「そもそもの話、どうして犯人は二階の中田さんの二号室に侵入したんだろう? 一階のオーナーさん達の部屋でも、牛尼先生達の一号室でも、わたし達の三号室でも、猿渡さんの四号室でもなくて」

 

 そこは盲点だった。確かに、どうして二号室なのだろうか。とりあえずぼくは瞬時に脳裏に浮かんだ考えを述べた。

 

「ベッドの上に、中田さんの荷物を物色した形跡があった。当初は眠ってる隙を狙った人を傷つけない物取りが目的だったとすると、一階には従業員達、一号室には牛尼先生と篠原先生、三号室にはぼくときみ。人が二人以上いて気付かれる可能性が高いし、四号室には強そうな元警察官の猿渡さんがいた。だから一人で泊っていて線の細い、そして、いざとなったら殺してしまいやすそうな中田さんを狙ったんじゃないかな? それに彼、代議士のご子息だと名乗っていたから、お金や換金出来そうな物を沢山持ってると思われたのかもしれない」

 

「動機がそうだとすると、ますます犯人は内部犯の可能性が高くなるね。ペンションにいる人達の特徴と、泊ってる部屋を把握してたのだから」

 

 そして、話はいよいよ客室内へと入った。

 

「管理人室から拝借したスペアキーを使って二号室に侵入した犯人は、中田さんの荷物を物色。しかし、その時の音か何かで、眠ってた中田さんが眼を覚ましてしまう。中田さんに騒がれたため、犯人はとっさに机の上にあった花瓶で彼を撲殺。そして外に犯人が逃げ出したかのように見せるため窓を開けて、その後廊下側から部屋の鍵を掛ける……こんな所でどうかな」

 

 こうして犯人の行動を追ってみたは良いものの、問題はやはり犯人の正体である。いくら行動が分かった所で、最終的にそれが分からなければ意味がない。

 

 ぼく自身と真理花、同室に泊まってる先生達は互いのアリバイを立証出来るため犯人から除いて良いだろう。そうすると、一人で泊まっている猿渡さんと、ペンション従業員の柳沢オーナー、岳飛さん、卯月さんの四人の誰かが犯人という事になるが、何とかして特定する方法はないだろうか。

 

 あれやこれやと考えている内に、真理花がぼくに問い掛けた。


「魁くん、あなたバスルームを調べてたよね。そこが使用されてた痕跡はあった?」

 

 真理花の質問の意図がよく分からなかったが、とりあえず見たままに答えた。

 

「そんな痕跡はなかったな。洗面台にもバスタブにも、水滴は付いてなかった。中田さん、昨晩はシャワーを浴びてないし、お風呂にも入らなかったのかもしれない。そうだ、亡くなってた時の服装も、最後に見た時と何も変わっていなかった」

 

「なるほど……洗面台にもって事は、洗顔も歯磨きもしていないって事ね」

 

 その時、今まで黙っていた牛尼先生が口を開いた。

 

「話もキリがいい所みたいだし、もうすぐお昼だからそろそろ食堂へ行かない? 正直、あまりお腹はすいてないけど」

 

 時計を見ると、時刻はもうすぐ昼の十二時になろうとしていた。言われてみて気が付いたが、朝の騒動のショックで朝食をほとんど食べられていないぼくの身体は、猛烈に空腹を訴えていた。

 

「そうですね、そうします。真理花、少し休憩しよう。あまり根詰めて事件の事ばかり考えるのも良くないだろうから」

 

「……そうね、リフレッシュしましょ。わたしもお腹すいちゃった」

 

 ふと気が付けば、真理花の顔は赤く染まり、額には汗が浮かんでいた。……それをぼくは単に、暖房が効きすぎて暑がっているせいだろうと、自己完結してしまった。

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― 新着の感想 ―
え、汗???……真理花さん、体調が悪いのでしょうか(;´・ω・)心配です 中田さんは浴室も使っていないし寝巻にも着替えていなかったことから、自室に戻って早い段階で殺されてしまったということ、ですよね…
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