小さな図書館で
晴れやかな空のもと、車窓のクルクル変わる景色を観ながら私は考えに耽っていた。
昨日の我が家主催のお茶会後はドビッシ公爵夫人と娘ミッシェルの滑稽な無礼に対して密やかに会話がなされていた。
直接的で無くても話の話題のタネは自ずと公爵夫人達の事を指していると分かると言うもの。
私は例えアーノルド殿下がミッシェル嬢と婚約を望んだとしても・・・とても上手くいくとは思えなかった。
私は15歳という異例の早さで王太子妃教育を終える事が出来た。
だがそれでも10年という年月を要したのだ。
王太子妃教育を学び終えた今、ここ2年は王太子妃教育の復習とアーノルド殿下の執務手伝いをしていた。
あの婚約破棄を賜るまでは・・・。
だから昨日のお茶会のような無礼を平気で犯す者達に到底王族の規範が務まるとは思えないのだ。
アーノルド殿下は一体どうされたのか?
ご自分の品位を下げてでも私との婚約はお嫌だったのでしょうね。
ザワザワと全身が不快感に襲われる。
でももう全て終わった事ねーー
後はこのウィストン侯爵家に害を及ぼされる可能性だけを避ければ良い。
「ふふ・・・心配するだけ無駄ね・・・」
私が誰よりも家族の優秀さを知っている。
すぐに無用な心配だと微笑んでしまった。
正直まだ、心のざわめきがある。
だから心を落ち着かせたくて私は馬車であの図書館に向かっていた。
◇
「家とは違うのに帰って来た気がするわ・・・」
私には見慣れた図書館が目の前に当たり前にある事がただ嬉しかった。
本の匂いと守られているような小さな空間に包まれる。ひとまずホッとして神聖な空気を深く吸った。
私はコツコツとゆっくり歩き慣れ親しんだ図書館の中を見渡していた。もう少し進むと私のお気に入りの場所。
歩みが奥へ進むにつれ古書ばかりが並べられた場所が広がってゆく。
殆ど読まれる事は無いだろうと容易に推察出来てしまうほど堅苦しい文面と小さな文字がびっしりと書き連なり所々字が霞んでいる古書たち。
私は15歳で王太子妃教育を早々に終らせてそれから2年もの間、復習だけを淡々とこなす事に飽きてきていた。
そんな時、たまたま手に取った古書が隣国の冒険譚だった。
読み始めて数ページで内容に引き込まれていった。
でも如何せん擦れて霞んだ文字が読みづらい。
私は元の図書館長まで訪ねて本の修復をさせてもらう様に許可をいただいた。
薄く破れそうな紙を補強しつつ擦れた字をなぞったりと思いの外骨の折れる作業だった。
また隣国独特の言い回しでは分かりづらいだろうと独自に翻訳をやり直していた。
(本一冊と軽く考えていたわ・・・間に合うかしら・・・)
本も残り20ページばかり。
私は貸し出し帳に名前を書いて本を手に取りパラパラとページをめくった。
「あら?」
残り20ページ全ての箇所が丁寧に直されていた。
翻訳も意を汲んでいて私でもこうしていただろうと思える出来だった。
私は急いで前に借りた人を探ろうと貸し出し帳を紐解いた。
それは丁度今日書いた私の名前とその前に書いた私の名前に挟まれている唯一の名前。
『一粒の麦』
またこのお名前・・・仮名だと容易に推察される。私は度々この名前を目にしていた。
よく読む本が被る方。一度もお会いした事が無いけれど、いつしかこの寂れた図書館の同志のような気持ちになっていた。
まさか、本の補修をお手伝いいただけたなんて・・・
「一粒の麦・・・なんて・・・素敵な偶然かしら・・・」
麦といえば我がウィストン侯爵領地の誇りであった。
家族で領地に帰る時、夕日に照らされた麦畑はまるで私とお母様の髪色のように美しいと父と兄が褒めそやしてくれた。
その時の光景がふと蘇る。
沢山の麦畑からたった一粒の麦を見つけるように誰か私を見つけて欲しいと思った。でも・・・
「最後にお礼が言いたかったな・・・」
ポツリと呟いた私の言葉は静寂な図書館の中で霧散されたのだった。
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