婚約者をどう扱おうが私の勝手だろ?
王太子アーノルドは赤髪の翡翠眼として幼い頃から国王陛下や王妃より可愛がられながらも厳しく育てられた。
またその期待を裏切らないよう自身も鍛錬や勉学や帝王学など怠る事なく励んでいた。
それなのにーー
「疲れたな・・・」
最近は第一補佐だったキレ者で優秀なペレスが降りてしまった。
ーーたかだか妹の婚約破棄がそんなに気に食わなかったのか。
ペレスの忠誠心の無さにガッカリしていた。
「ケビンはいるか?」
そそくさと手を揉みながら近づくケビンを見て溜息が漏れる。
(こいつがペレスの半分でも仕事が出来ればいいものを・・・)
持っていた書類の束を執務机にバサッと置く。
「この中からバッセ領に向く穀物を調べるよう政務官達に伝えてくれ」
「は、はい殿下。えーとこれを渡せば良いのですね」
私はカチンと頭に来て声を荒げる。
(ペレスならいちいち指図しなくても済むのに!)
「違うだろ!この中から穀物の資料だけを抜いて渡すのだ!」
ケビンは顔を青くしてオドオドと返事をする。
「殿下、申し訳ありませんでした。すぐに!」
ふと、疲れた心の隙を突くように唐突にセリーヌの顔が浮かんだ。
そういえば、セリーヌ。あいつは私の公務や仕事が円滑に進むよう毎度の如く下準備をしてくれていたな。
それだけ幼い頃より王太子妃の教育をしてきたのだから当然と言えば当然か。
あの兄妹の能力の高さは認めざるを得なかった。
だが長年の婚約者だろうと私には真に愛する人が出来た。
セリーヌの居ないこの1週間は心の重荷が外されたように気分が良かった。
いつも与えられた中で暮らさねばならなった私が初めて自身で選んだのがミッシェル・・・
トントントンーー
小さなノックの音に考えが遮られる。
「アーノルド様、私ミッシェルです。開けても良いですか?」
私の口角が上がる。そして気分も。
「ああ、どうぞ」
扉を開けた瞬間、芳しい香りが鼻をくすぐり舞う花びらの如く美しいミッシェルが立っていて私の心臓が激しく鼓動する。
うるうると瞳を揺らしながらミッシェルは小走りに私の胸へと飛び込んで来た。
「アーノルド様」
私の胸元で小さく震える愛しい人。
「どうしたんだ?ミッシェル?」
「じ、実は・・・」
ミッシェルは言いにくそうにモジモジとしている。
「可愛い人、遠慮なく何でも言ってごらん」
「アーノルド様・・・」
ミッシェルは一つ頷いて意を決したように私を見て言った。
「実はさっき、ウィストン侯爵家のお茶会にお母様と共に出席したの。そこで・・・そこでセリーヌ様が婚約破棄した訳では無いと・・・それとセリーヌ様はアーノルド様を愛していなかったとも言ったんです・・・それで私・・・うっ、うう」
晴れやかだった心に楔が刺さった様だった。何故だ!?それより・・・真っ先に吐いた言葉が。
「セリーヌが私を愛していなかったと!?」
「アーノルド様、本当に婚約破棄をされたのですよね?私はアーノルド様の唯一の愛する人なのですよね?」
(セリーヌは私を愛していなかったのか?)
私の身体をゆさゆさと揺らしながらミッシェルが見つめてる。
「あ、ああ。勿論だ。私の愛はミッシェル其方のものだ。婚約破棄もセリーヌにしっかり伝えてある」
「それでは何故、婚約破棄をしていないと言うの?」
「それは私が国王陛下と王妃殿下にまだ伝えていないからだ。外遊から帰って来たら伝えるつもりだった。故に今はまだ正式に婚約破棄をしていないからだろう」
「そんな・・・」
ミッシェルが私に非難めいた目を向けるが何故かセリーヌの愛していなかったと言う言葉が頭の中で木霊する。
愛していなかったのにあんなにも人は尽くせるものなのか?
◇
私が7歳の頃に2つ歳下のウィストン侯爵家セリーヌとの婚約が整った。
私は母上と侯爵夫人が親友であると聞かされていたので単に子供同士をくっ付けたのだと思った。
その場は退屈で仕方がなかった。
5歳の子供のお守りか・・・そんな事すら思っていた。
だが幾らもしないうちからセリーヌは頭角を現していった。
最初は語学だったか?親戚筋が周辺国に散らばっていると言っていたからか10歳にも満たないうちに4カ国語を自由自在に操っていた。
それから私と剣術も習いダンスに刺繍ピアノに絵画。
遠出をしたいと私が言えば乗馬も習っていた。
そしてお妃教育も15歳の異例の早さで終わっていた。
まぁ、優秀ではあった。だがそれだけだ。
私の心を振り向かせられなかった事はセリーヌの失態だろう。
何故だかセリーヌには甘い言葉も優しくしてあげたいとも思わなかった。
セリーヌは淡々と執務をこなし私に尽くしてきた。
だがそんな時、果たしてセリーヌはどんな顔をしていたか?どんな態度だったのか?
一向に浮かんでこない。
私からセリーヌに気を遣う事など到底有り得ない。
いつもこちらの気を窺うセリーヌの態度が当然だと思っていた。
何故ならセリーヌが婚約者の私に尽くすのは、将来この国王となる私に対して当然の事だと思っていたのだから。
◇
アーノルド殿下の執務室から出て一目散に渡された書類を届けに歩いていたケビンに声が掛かかる。
それは第一補佐を辞めたウィストン侯爵家のぺレスだった。
「ほんの久しぶりだね。どう?執務は滞りなく進んでいるかい?」
いつもの軽快な口調にケビンは焦れる気持ちを隠しぺレスをあざ笑った。
「当たり前じゃないか。君が居なくても何も変わりないよ。優秀な殿下に私が第一補佐をしているんだ。君こそ閑になったのに何故王城にいるんだ?」
ぺレスこそ得体の知れない笑みを零しケビンを圧倒する。
「執務が滞りなくて良かったね。私の事は気にしないでくれ。それでは・・・」
ケビンは疑わしく不信感が消えないままぺレスの後を目で追った。
書類の束を持つぺレスは宰相閣下のいる棟に消える。
「あいつは何であの棟に向かったんだ?」
ケビンはぺレスを気にしつつアーノルド殿下から託された書類を届ける事に専心する事にし政務官室へ向かったのだった。
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