お茶会は貴婦人たちの小さな戦場
婚約破棄を賜ってから3日後のお茶会で小さな事件は起こった。
我がウィストン侯爵家主催で開かれたお茶会の席に図々しくもドビッシ公爵夫人とミッシェル嬢が最後に登場したのだった。
婚約破棄の話をつい3日前に聞いていた母の顔がピクリと動く。でも流石に侯爵夫人の鉄面皮にその場の誰しも気付く事が無かったが娘の私には一目瞭然だった。
(はぁ、ドビッシ公爵夫人は一体どういうつもりでこのお茶会に来られたのしかしら。確か夫人がご令嬢の頃から同級の母と王妃殿下に強い敵対心を抱いていたと聞いていたけど・・・ミッシェル嬢も怖いモノ知らずというか)
母と私は生き写しと言われるくらいソックリであった。光り輝くプラチナブロンドの髪と晴れやかな青空を切り取ったような鮮やかな蒼い瞳に透き通るような陶器肌・・・自分で思っていて恥ずかしいが父と兄はいつもそのように言って褒め称えてくれる。
だが今日改めて見てドビッシ公爵夫人と初めてお会いするミッシェル嬢に違和感を感じずにはいられなかった。夫人は確かに美しいがブロンドヘアーにエメラルドの瞳。ドビッシ公爵と息子ケビン様はブラウンの髪に赤銅色の瞳だった筈。なのにミッシェル嬢はピンクヘアーに赤目と、一人だけ不釣り合いに見えてしまう。
私の疑問に母も同じ事を思ったようだった。
その時、先制攻撃でもするかのようにドビッシ公爵夫人が喜色満面で声を掛けてきた。
「本日はお招きありがとう・・・所で・・・この様な席で言って良いものか。かのアーノルド殿下よりセリーヌ嬢は婚約破棄を申し渡されたと聞きましたの。さぞお悲しみの事と思いますわ・・・しかし元々我が公爵家を差し置いて格下の侯爵家に話があった事自体おかしかったのですわ」
お茶会の席に居る参列した皆様は息を呑んだ。
それだけ《婚約破棄》という言葉は衝撃的だった。
(公爵夫人はこのお茶会を潰す気かしら。話しながらニヤついているのがよく分かるわ)
「ホホホ・・・流石は見る目があるアーノルド殿下。その慧眼で我が愛する娘のミッシェルを望まれだのです!なんと光栄なご提案をいただいたのでしょう・・・(クスッ)ウィストン侯爵家の皆様ごめんなさいね」
(おおお!包み隠さず喧嘩を売って・・・)
私は思わず生唾を飲み込んでしまった。
母を知る社交界のご婦人方は目をギョロリと見開いていた。
とりあえず、相手の出方を待っていた母が手に持つ扇子を雅やかに開くと口元を隠し、あからさまな挑発を可笑しそうに笑った。
「ホホホホホホ・・・、ドビッシ公爵夫人とミッシェル嬢。
今日は一体何をしにいらしたのかしら?私が夫人の立場でしたら図々しくもこの場に顔など出しませんわ。もう1週間も前に出した招待状を持ってノコノコとお見えになるなんて。
普通なら・・・3日前に起きた惨事を考え出席するなど到底思えないでしょうに・・・
あっ・・・因みに婚約破棄を言い渡されたからと言ってもまだ婚約関係は続いておりますのよ。
残念ながらセリーヌは元々アーノルド殿下に対して親愛の情など微塵も感じてませんから、仮令婚約が潰えたとしてもドビッシ公爵夫人が気にする事はございませんのよ。
これは所謂政略結婚でございましょ?ホホホ・・・」
ドビッシ公爵夫人は手に持つ扇子をギシリと握り母を睨み返した。まるで忌々しい者を見るように。
「ウィストン侯爵夫人、それは負け犬の遠吠えかしら?
私は1週間前の招待を受けたに過ぎませんわ。
それはあなたの顔を立てた事になりませんの?」
母は余裕ある笑みで言葉を返した。
「なりませんわね。
あの3日前の事件があった日からドビッシ公爵家の方々はお伺いも無しに我が家を訪ねる事は即ち御法度でしかありませんでしょ?普通の神経をお持ちならばね・・・
所で、夫人とミッシェル嬢はあまりにも似ていませんのね?」
一瞬ビクリとした様に見えたが、まるで想定内の質問に答えるかの様にドビッシ公爵夫人は遠い目をして澱みなく話し始めた。
「・・・よく言われますのよ。疑うのなら調べていただいてもよろしくてよ?ちゃんと出生の届けは出してますから。愛しいミッシェルは幼い頃から体が弱くて遠い領地で過ごしていましたの。領地の澄んだ空気は体の弱いミッシェルには良かったものですから。しかし中々治りきらなかった病にやっと特効薬が出来ましたの。でも・・・可愛そうな事にその副作用のせいでミッシェルは髪の色と瞳の色が変わってしまって・・・
ああ・・・なんという事でしょう!」
そこまで話すとドビッシ公爵夫人はハンカチで目元を隠した。そっと寄り添う様にミッシェル嬢が隣に立った。
「私達がこの場に来た事がそんなに不服ですか!お母様、やはりこんな所に来るべきではありませんでした。さぁ、帰りましょ」
ドビッシ公爵親子はもと来た道へと帰って行った。
爵位が上の公爵家へお茶会の招待を出したのは、ただ単に義理だったから。
あんな事があったのに母と私のもとへ意気揚々とドビッシ公爵夫人が乗り込んで来るとは思わなかった。
常識的に招待を辞退すると思っていた私と母の考えが甘かったのかも知れない。
お茶会を邪魔する計画なら半分成功だろうか?
半分?否。
あの親子は我がウィストン侯爵家を舐めているし何も分かっていない。
ここから簡単に盛り返す事も出来るしドビッシ公爵家の娘ミッシェル嬢の疑惑の種を簡単に植え付ける事だって何も難しい事なんてない。
ましてやお妃教育を完璧に済ませた私もこの場にいるのだから情報操作なんてお手のものだわ。
でもそんな事をしなくても母の開くお茶会に呼ばれた佳良な貴族なら正常な審判をくだされる事だろう。
アーノルド殿下から婚約破棄をしたとなれば王家と貴族の尊い誓約を破ったことになり、許されることでは決して無い。
その重大さと無礼を働いたドビッシ公爵家の行いに侮蔑の感情が生まれるのは目に見えているというのにーー
◇◇◇
馬車に乗り込んだ瞬間ドビッシ公爵夫人はミッシェルに向かって怒鳴り散らした。
「ああ、これだから貧民の娘は!あなたはもう少し気の利いた事も言えないの?」
「おばさん、あんたが言ったんでしょ!?綻びが出るから余計な事を言うなって」
「はあ、とりあえずあなたは王城に向かいアーノルド殿下に媚びへつらいなさい」
ドビッシ夫人はこめかみを押さえながら嘆息した。
(全くあの日から私の思い通りにならない・・・)
デビュタントは13歳の時だった。
その時までいつだって世界は私を中心に回っていた。
だって自分より美しい人を見た事が無かったから。
14人の令嬢子息が待合室で待っていると一際目に付く二人の子。
(あの子たちは誰?)
侯爵令嬢の私より目立つなんて。
それにあの二人を中心に人集りになっているのも気に入らない。
仕方ないわね・・・私から友達になってあげるわ。
私からわざわざ声をかけてあげたのよ。
「私、セテリド侯爵家のドロシーですわ。あなた達は?」
二人は微笑んで優雅なカーテシーで返してきた。
「ドロシー嬢、ご挨拶ありがとうございます。私ロータス公爵家のサリアーレでございます」
(えっ!爵位が上!それにロータス公爵令嬢は王太子の婚約者じゃない)
続けてもう一人の令嬢が挨拶をする。
「初めてお目にかかります。私はサイラー侯爵家のレアでございますわ」
(この子はウィストン侯爵家の婚約者だし)
あの当時、令嬢たちの憧れだった二人の青年を自分達のものにしているなんて!
ホント第一印象から最悪だったのよ。学園でも目立つ二人が気に入らなかった。
特に私と同じ爵位だというのに・・・あの美しく麗しいウィストン侯爵様の婚約者に収まったレアが憎かった!私の淡い初恋を奪ったレア!
月日が流れ予定通りあの二人はそれぞれ婚姻を結んだ。
だから私はウィストン侯爵家より爵位が高いドビッシ公爵家を狙って嫁いだ。なのに!!
ドビッシは婚姻後嫡子を産んであげた私に最低な行いをした。
あいつはメイドに手を出して子を身籠らせてしまった。
発狂しそうになる私へ、レアがセリーヌを産んだという報告が入った。
私はそれから暫くして産まれたばかりのメイドの娘を取り上げて王家に自分の子として届を出した。
ドビッシは浮気がバレてから私の言いなりになった。
子を取り上げられたメイドは直ぐに死んだ。
私はそんなメイドの子を見るのが嫌で一番遠くの領地へ追いやった。
でもたった3年でその子も死んでしまって何の役にも立たない娘だったと思った・・・そのはずだったのに悪魔が私に囁いたのだ。
死の届けを出さなくても良いのではなくて?
後々美しい替え玉を用意して何かの役に立たせれば良いのだから。
領地にいた当時を知る全ての使用人を屋敷から追い出した。脅迫することも忘れずに。
なのに息子ケビンはウィストン侯爵嫡男に敵わない。
憎いレアの娘はアーノルド殿下の婚約者に納まっているし・・・なんてこと!
私はもうこれ以上屈辱を味わう訳にはいかないの!
だからミッシェルを見つけて抜かりなく偽装してアーノルド殿下を誘惑させた。
セリーヌから婚約者を奪ってレアに勝ったのよ。
あのお高くとまった王妃サリアーレの息子アーノルド殿下も所詮は男だったって訳だし・・・
「クックック・・・ホーッホホホ・・・プフフフフ・・・!!」
私は高らかに大いに笑う。
積年の恨みと悔しさ・・・その溜まった鬱憤の復讐心が満たされる。
私はうっとりして溢れかえる悦びの感情を抑えることが出来なかった・・・
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