その図書館は心のより所だった
よろしくお願いします
ここは忘れ去られた図書館だった。
なにせ王国図書館という大きな図書館がすぐ側にあるというのに態々こんな小さな図書館に来る必要がそもそも無いのだから。
偶然訪れる風変わりな者がいたとしても特段目を引く本が無いと分かるや入り口から数歩進んで直ぐに踵を返すほどにつまらない場所と化した図書館だった。
それでも私はこの図書館が大好きだったーー
雁字搦めになっていた私の心を癒してくれる場所。
その為か私は心の拠り所で大切にしていたこの場所に逃げるように飛び込んだ。
(婚約破棄!?)
幼い頃から婚約していたこのホークシリン王国のアーノルド王太子殿下から婚約破棄を言い渡された!
それはあまりに一方的で傲慢な・・・
「ぐっ・・・うっ!」
(何故こんな酷い事を!)
ーーここなら誰も居ない・・・
私は読みもしない本を手に取り胸元に抱くと、一番奥の椅子に座りポタポタと落ちる涙を止める事が出来なかった。
「うっ・・・う・・・」
涙は後から後からとめどなく溢れてきた。
このホークシリン国の王太子殿下であるアーノルド殿下と婚約したのは私が5歳の時だった。
侯爵家の長女だった私はその家柄と二つ違いの歳の差も良いと国王からお声がけいただきご縁を賜った。
それからというもの私は有りとあらゆる事に精通すべきと努力を重ねてきた・・・本当に血反吐を吐く思いをしてきたのに・・・
大袈裟では無く王太子妃教育をし過ぎて何度も鼻血を出し過度のプレッシャーで嘔吐を繰り返し陰で泣いた事も数え切れない程であった。
王家を支える数多の教養は勿論、他国の言葉も覚え詩や音楽にダンスや刺繍など隙なんて全く無いように心を尽くした。
それなのにーー
一体、何の為の12年間だったのだろう・・・
私の何がいけなかったの?
まだまだ努力が足りなかったの?
私の容姿にご不満があったの?
当てもない答えの出ない考えを巡らせていくが・・・
胸元の本をギュッと抱きしめていたせいで歪な形になりそうだった。
(あっ、本が・・・)
こんな時ですら手に持っていた本を涙で汚してはいけないと、そして形が変わる事を心配して右隣へそっと置いた。
そんな些細な考えが悲しみの意識を逸らし痛みが少し和らいだから不思議だった。
(・・・・・・・・・・・・)
(あら?・・・)
アーノルド殿下に婚約破棄を言い渡された悲しみよりたった一冊の本を気にする自分が可笑しかった。
「ぷっ・・・ふふふふ」
遂には笑いが私の口から溢れた。
ああ、まだ笑える。
私はアーノルド殿下に心まで預けていなかったのか。
ただ私の長年の努力をあっさり無駄にした悔しさと苦しさと怒りのせいで泣いていたのだとハッキリ意識出来た。
なんだ。ただそれだけのことか。
先程までの纏まらないぐちゃぐちゃした気持ちに一区切りがついたように感じた。
(やはりこの図書館に来て良かった・・・)
図書館内をぐるりと見渡して私は諦念を込めて溜息を吐く。
それから今後やるべき事に考えを切り替える。
私は暫し慰めてくれた椅子から立ち上がり背もたれの部分をそっと撫でた。
「ありがとう・・・もう大丈夫・・・」
そして本を元の場所に戻し出口へと向かう。
「さて、帰ったらお父様とお話ししましょうか」
もう私の涙は完全に乾いていたのだった。
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