あなたが教えてくれた大切なこと。身分が違えど変わらぬ気持ち。
多くの亜人が住まうこの世界は弱肉強食。
立場が弱ければ強いモノに補食される、つまりは日々奴隷のように使われるだけの事。
上位に君臨するこの国の王は、白虎属のハスラー。側近にはオオカミ属の双子、騎士団にはライオン属を始めとする猛獣の猛者がこぞって集っている。下層階の草食系亜人が王家に仕えることなんて夢のまた夢。王に認められてもせいぜい庭師止まりだった。
そんな世界が当たり前だった―――。
この国において、ラビンスのように立場の弱いウサギ属の亜人が働ける場所は限られていた。
ラビンスはいつものように、朝から厨房でせっせと食事の準備をしていた―――。自らの分ではなく、この旅館を利用しているお客様のために……。
「ラビンス、今日も早いな」
「カインズさん、おはようございます」
遅れてやってきた料理長のカインズは、ラビンスと同じウサギ属の1人。彼の厚意でラビンスは旅館で働くことができていた。
遡ること数ヶ月前――――。
ラビンスは路頭に迷っていた。
幼い頃に両親を亡くした彼は施設で育ち、生き抜くためのノウハウを学んだ。施設を後にした彼を待っていたのは、想像以上に厳しい現実だった。どんなに知識や技術を持ち合わせていても、立場が弱いだけで追い返される始末…。そんな彼を叔父であるカインズが見つけ、多くの種族が利用する老舗旅館『リフレ』で働けるように話をつけてくれたのだ。
イヌ属やネコ属が接客を担当し、ウサギ属やネズミ属は下働き専属の料理番、清掃要員として雇われていた。寝るときは古い大広間での雑魚寝だったが、生活できる場所があるだけで十分だとラビンスは思っていた。
『リフレ』―――種族が違うモノ同士の交流の場でもあり、憩いの場。
身分が違えど、このリフレでは皆平等に過ごせる場所となるよう、先代の王が願いを込めて造った。
日頃の疲れを癒すための温泉施設は、常に多くの亜人が利用しており、金銭さえ払えば誰でも利用できることから、リフレを目標に仕事をするモノたちが多かった。利用価格は少し高いものの、下層階級のモノが利用できない金額ではなかった、が、ここ最近では上層階からの威圧的な態度が著明となり、利用したくてもできないモノたちが多くなっていた。種族同士の諍いは後を絶えず、度止めに入る従業員の気苦労は計り知れないものだった。
「そう言えば、今日から新入りがくるみたいだぞ」
「新入りが来るのは久々だな」
「支配人から聞いた話だと、今回来るのは女の子みたいよ」
厨房に続々と集まるやいなや、料理番たちが口節に話し出した。聞き耳を立てながらラビンスが朝の仕込みで使用する野菜を切っていると、彼を呼ぶカインズの声がした。振り返るとそこには、ひつじ属で支配人のメールズが立っていた。一旦手を止めラビンスは支配人が立っている厨房入り口まで駆け寄った。
「支配人、お疲れ様です」
「ラビンス君、お疲れ様。君に頼みたいことがあって、カインズ君に話をしていたんだ」
「僕に…どのようなご要件でしょうか?」
「今日から君たちと一緒に働くネズミ属のミリアさんだ」
支配人の後ろから現れたのは、ショート丈の銀髪に白い丸みを帯びた耳を持つ、白鼠属の少女だった。年はラビンスと同年代くらいであり、背丈は彼よりも少し低いように見えた。
「ミリアです。よろしくお願いします!!」
彼女の笑顔にラビンスは一瞬どきりとした。
「…ラビンスです…よろしく…お願い…します」
「はっはっはっ、そう緊張しなくても良い。ラビンス君はこの中の誰よりも働きモノなんだ。色々と教わるといい」
「支配人!!買いかぶりすぎですよ……」
「そうかね?まぁ、ここはひとまずよろしく頼まれてくれたまえ」
拒むことは許さない、とでも言いたげな支配人の表情にラビンスはため息をついた。
その様子を微笑ましそうにカインズは見守っていた。
「ミリアさん、まずは旅館の案内をします。今ならお客様はおやすみ中ですので、僕たちが行っても問題ないと思いますので…あっ、少しこちらでお待ちください。持ち場の引き継ぎを……」
「ラビンス、こっちは大丈夫だ。新入りさんを頼んだ」
そう答えたのは、ラビンスと同じ時期に来たネズミ属のハリスだ。大きく手を振り、ラビンスと目が合うと彼はウインクをした。その姿を見て苦笑いしたラビンスは、ミリアの方へと向き直った。
「では行きましょうか」
「はい!!」
厨房から出ていく彼らを見送っていたメールズは、ぼそりと呟いた。
「大きくなられた…」
「今何か仰いましたか」
「いや、何でもないですよ。ほっほっほっ」
意味深な笑みを浮かべながらメールズは去って行った。
◇◆◇◆
館内の案内を終え、ラビンスとミリアは再び厨房へと戻って来た。
「ラビンス、お帰り。って、なんかあった?」
「なんでもないよ…ただ…疲れただけ」
案内の途中でラビンスはよく足止めを受けていた。ミリアのこれでもか、とういうくらいの質問攻めにかつてないほどの疲労を感じていた。今まで見たことがない物を見るように、終始目をキラキラと輝かせていた彼女。目を離せば勝手に動き回る彼女を止めることに必死になるうちに、客の出入りが盛んになる時間となり、慌てて厨房へと戻ってきたのだ。
「ねぇ、ラビンス」
「…はい…」
「私は何をすればいいのかしら」
「えっ!?何も聞いてない…のですか?」
「ええ、それよりも、さっきも言ったじゃない!!言葉使い!!」
「あぁ…はい…いや…えっと…うん」
「いい加減慣れてよね」
普段は黙々と仕事をこなす彼が、新入りに言いくるめられている、と従業員の中で噂が立ち、2人は一躍有名となった。
ミリアが来てかれこれ数週間、仕事にもようやく慣れ、彼女は1人で難なくできるまでになった。
「ラビンス~」
「何っ?」
「今日のお客様って、人数に変更があったか知ってる?」
「確か…2人追加だったと思うよ」
「わかった!!」
ここ最近、2人の絶妙なコンビネーションが功を奏し、これまでは難しかった客足の急な変更にも臨機応変に対応できていた。
2人の距離が近づくにつれ、ラビンスにはある気持ちの変化が訪れていた。
何気ない会話で心が温まり、いつまでも一緒にいたい―――。
ラビンスはいつしかミリアに恋心を抱くようになっていた。
この想いを伝えるため、ラビンスはある夜、ミリアを誘い出した。
「ラビンスから出掛けようって言うなんて珍しいわね」
「はは、…確かにそうだね」
「うーん、今日も疲れたぁ」
両手を上に挙げ、伸びをしながら歩いている彼女の姿をラビンスは見ていた。
「ミリアが来てから皆、今までよりも熱心になった気がするよ」
「あら本当?」
「うん。それに、協力することの大切さを教えてくれたのもミリアだし」
「1人で抱え込むなんてあり得ないわよ!!何事も協力よ!!私のおじい様がよく言ってたわ」
ミリアはラビンスを下から覗き込むような姿勢をとり、ぐいっと自身の顔を近づけながら言った。
「そう…なんだ…」
〈待て待て待て…近すぎる…落ち着け…〉
綺麗な瞳に目を奪われ、心拍がだんだんと速くなるのを感じていた。彼女の行動に動揺するラビンスだったが、ミリアの方は何事もなかったかのように話を続けた。
「そういえば、ラビンスの家族のこと、聞いたことないわ」
「えっ、あぁ…話すことって言っても…僕の両親…もうこの世にいないんだ…だから…」
「ごめんなさい…私…失礼なことを…」
「いいんだ、気にしないで。両親はいないけど、叔父にあたるカインズさんが居たから、僕はリフレで働けているんだ」
「…ラビンスは強いのね」
「えっ?」
今までになく小声で話をした彼女の方を見ると、どこか切なげな表情をしていた。
ラビンスがどう声を掛けて良いか迷っていると、そのことに気付いたミリアが話出した。
「もう私ってば、何しょんぼりしちゃってたんだろ」
「僕で良ければ…話を聞くよ」
「大丈夫。その気持ちだけで十分、ありがとう」
夜の静けさの中、2人は無言で歩いていた。しばらくするとラビンスは足を止め空を見上げた。ミリアも同じように足を止め空を見上げた。
―――見上げた夜空には、満天の星が浮かんでいた。
「わぁ、なんてキレイなの!!」
「この景色を見せたかったんだ」
「あっ、見て!!流れ星よ。願い事をしないと!!」
ミリアは瞳を閉じ、夜空に向かって祈りを捧げた。
「ミリアの願いは…何?」
「私?…私は…この国が自由になって欲しい」
「じ…自由?」
「そうよ。だっておかしいじゃない。種族だけで判断される世の中なんて…私はずっと考えてたの。どうすればこの国が自由になるのか…」
「答えは出たの?」
「えぇ」
スケールが大きく、実現する可能性は低いだろうとラビンスは思っていた。一方で、何かを決心したミリアは、この国の未来を見据えたような表情をしており、ふとラビンスは彼女が手の届かない場所に行くのではないかと不安にも感じていた。
「ラビンスは何かしたいことないの?」
ふいに問われたラビンスは少し慌てながら答えた。
「…僕は…自由に何かできるんだったら、自分の店を持ちたいな」
「素敵ね」
「僕の両親、料理人だったんだ。まだぼくが幼い頃に聞いた話だけど…両親も自分の店を持ちたい、って言ってた。施設で色々と学んで、料理の勉強もたくさんしたんだ。…だけど、施設を出て色んなお店に行ったけど…どこもダメだった。僕の料理を食べて欲しい、って言ってもウサギの作った料理なんか食べられるわけない、下層階級らしく大人しくしてな…散々な言葉だったけど、仕方ないって諦めてた。そんな時にリフレで働けるように口利きをしてくれたのが料理長のカインズさんなんだ」
ラビンスの話を黙って聞いていたミリア―――、気付けば一筋の涙が彼女の頬を濡らしていた。
その様子を見たラビンスは思わず彼女を抱きしめた。
「こんな話聞きたくなかったよね…ごめん…」
「ラ、ラビンスっ!!??」
「えっ?!あーっ!!」
状況をようやく把握したラビンスは顔を真っ赤にしながら慌ててミリアから離れた。
ミリアもみるみる顔が熱くなるのを感じていた。
「ラビンス、ありがとう」
ラビンスには聞こえないように、ミリアは小さな声で呟いた。
―――この日を最後に、ミリアは姿を消した。
◇◆◇◆
―――3年後。
この日、王家より知らせがあると案内を受けた国民全員が、王宮へと招待されていた。
庭園へと案内を受けたリフレの従業員たちは、初めて見る景色に驚きを隠せないでいた。
「皆のモノ、静まれ。ハスラー様よりお言葉を頂戴する」
しばらくすると、ゆっくり城内より出てくる現国王、ハスラー王が国民の前に現れた。
普段はお目にかかることのできない王に手を振るモノ、歓声を上げるモノもいた。
その様子を見ていたハスラー王は右手を上げ、国民を静まらせた。
「わが国の民よ。ここに新たな王の誕生を報告する!!」
ハスラー王の呼びかけの後、城内より歩いてくる1人の姿を見ていたラビンスは目を丸々とさせ、その姿をじっと見ていた。
視線の先には、ある日突然現れ、何の音沙汰もなく姿を消したミリアの姿があったのだ。
「あれってミリアじゃないの?」
「どういうことだ…あの子は白鼠じゃなかったのか?」
「…王女様だったの」
リフレの従業員は動揺を隠せずにいた。
だが、誰よりも驚いていたのは、いつも近くにいたラビンスの方だった。まるで、夢でも見ているのではないかと錯覚するくらい、ラビンスは彼女の姿を食い入るように見つめていた。
「お静かに」
そう言葉を発したのは、紛れもなく一緒に働いていた―――ミリアの声だった。
「私はこの国の新たな王、名はミリア。先ほど我が父より王位を継承しました」
初めて会ったときとは随分と雰囲気も変わり、共に過ごしてきたミリアが嘘のようにも思えた。
「私が王位を継承し、成し得たかったことを、今実行致します」
固唾を飲んで見守る国民に向け、ミリアは声を上げた。
「この国に自由を!!」
彼女が発した言葉は誰もが想像し得ない内容だった。
当たり前だった日常が変わる日がくるとは――――誰が想像できただろうか。種族だけで虐げられていたモノ、夢を諦めるモノ…
多くのモノたちにとって、ミリアが発した言葉は希望の光となったのだ。
◇◆◇◆
ミリア女王が即位して以降、慌ただしい日が続いていた。
王位を継承するにあたり、国の実情を身をもって把握したいと言い出したのは紛れもなく彼女自身だった。
前ハスラー王はその事を公にはしなかった。
目に入れても痛くない娘の存在すら、公にしなかった彼の行いに周囲は驚いていた。
突拍子もない行動をする白虎属…。呆れながらも、側近や騎士団はいつまでもお供しよう、と気持ちを固めていた。
そんなある昼下がりのこと。
コンコンコン、執務室の扉をたたく音がした。
「どうぞ」
「失礼いたします」
その声を聞いたミリアは、満面の笑みを浮かべ声の主の訪れを室内で待っていた。
「お食事をお持ちしました」
「もうそんな時間なのね、あら?こんな時間に来ても大丈夫なの?」
「はい。店の方は落ち着いているので、弟たちに任せてきました」
「今日は随分と素敵な格好をしているのね」
「特別ですので」
そう言いながら室内へと足を進めたのは、右手に蓋をしたトレーを携え、タキシードを纏ったラビンスだった。
「本日のお食事はこちらでございます」
「何かしら」
ラビンスはトレーをミリア目の前まで降ろし、左手で蓋を開けた。
トレーの上には小さな箱。
「えっと…これは…何の食べ物?」
「食べられると…僕が困るかな」
「えっ?」
ラビンスはミリアの前で跪き、小さな箱を開けた。
「あの時、言えなかった想い…ようやく言える。これからは僕も君と一緒に同じ道を歩んでいきたい。ミリア、僕と結婚していただけますか」
「ラビンス!!……もちろんよ」
ミリアは嬉しさのあまり、涙を堪えきれず大粒の涙を流した。
箱から指輪を取り出したラビンスは、ミリアの左手薬指へ指輪をはめ、優しく抱きしめた。
「ミリア、1人で抱え込まないで。何事も協力、君が僕に教えてくれた大切なことでしょ。これからは2人で歩んで行こう。…愛しい僕のお姫様、愛している」
ラビンスはミリアに優しいキスをした。
2人の物語はまだ始まったばかり。
これから彼らに多くの幸せが訪れますように…。
『完』




