ガチゼーネ・オチャ・ダイスーキ伯爵令嬢のお茶会
異世界恋愛ジャンル世界でのフィクション。
紅茶ガチ勢とは私のことです。
作者の目は節穴なので誤字脱字が存在します。
ある晴れた日の午後。場所はとある屋敷の庭園の片隅。しっかりと手入れされ作り込まれた庭木はツヤツヤと輝いており、可憐な花弁がそこここに彩りを添えている。
庭の一角、屋根付きの木製のガゼボには今日のために真っ白なテーブルと椅子が据えてあり、シワひとつなく敷かれた白のクロスの上には三段のアフタヌーンティースタンドとティーカップが三人分並んでいる。皿の上には小さめのサンドウィッチ、キッシュ、スコーン、一口大のケーキ幾つか、と軽食からデザートまでが飾り付けられていた。
「ほほほ、今日はいらして下さってありがとうございます」
「天気が良くてガーデン日和ですわ」
「ほんの少しの風が気持ちいいですわね」
そのテーブルを、三人の令嬢が楽しそうに囲んでいた。周囲には給仕用のワゴンを控えさせた使用人や護衛等が数人、気配を消して立っている。
茶会の主催、ガチゼーネ・オチャ・ダイスーキ伯爵令嬢が華奢なティーカップのハンドルを摘んで持ち上げ、紅茶をほんの少し口に含んで表情を緩めた。
丸いテーブルの両隣に座るガチゼーネ嬢の友人、ヌルゼーデ・チャ・タマニシバーク子爵令嬢とシロートヨ・ペット・ヘイキデノーム男爵令嬢も同じように紅茶を口に含んでニコリと笑う。
「今年は当たり年ですわね、香りがとても素敵ですわ」
にこにこと満足そうにするガチゼーネの横顔を見ながら、タマニシバーク伯爵令嬢はこてりと首を傾げた。
「その言い方、まるでワインのようですわね」
「ええ、ワインと同じでお茶も農作物で発酵ものですから。出来は天気に影響されますわ。産地で収穫したあと、発酵させますのよ」
琥珀色の紅茶から目線を上げて、ガチゼーネはヌルゼーデに笑って見せた。ヌルゼーデは何度か紅茶を口に運んだあと、分かっているのかいないのか、ガチゼーネに合わせてにこりと笑った。多分、社交辞令。
「今日はチーズケーキやガトーショコラなど濃いめの味のデザートが多いので、味のしっかりしたインディー国のデージリンを淹れておりますわ。キュッスルトンのセカンドフラッシュでしてよ」
「あら、長い名前。なんだか難しいですわね」
「デージリン、以外に名前があるものなのですか?」
「デージリンは現地の地名、その後ろは農園名と摘んだ時期ですわ」
「農園名」
「摘んだ時期」
「お高そうですわね」
「お高そうですわ」
ヌルゼーデとシロートヨが目をぱちぱちとさせながら、ガチゼーネの台詞をオウム返しする。その様をガチゼーネは苦笑を浮かべながら見返した。正直ガチゼーネの家の紅茶は言うほど『高い』とは思っていないが、家格か違うと食費も違うので、こういう所でたまに価値観の齟齬が出る。その辺は気にしたら負けなので、友情を優先する。
「紅茶とひとくちに言っても全然違いますのね」
シロートヨ男爵令嬢は一口大のチーズケーキを口に放り込むと、ティーカップをくるくる回して中身をくぴっと一気に煽った。ガチゼーネとヌルゼーデは特に何も言わずそれを見守った。マナー的には気になるが、身内の集まりだし零さなきゃ、まぁ、いいだろう。そんな空気感であった。
「あたくし、紅茶そんなに詳しくはないですわ」
「あたくしもですわ」
ヌルゼーデとシロートヨはそれぞれに首を傾げた。
「高位貴族のお茶会に出るのでなければ、美味しく飲めるだけでいいと思いますわ」
ガチゼーネは余裕ありげに頷いた。ヌルゼーデはそれを見て、えーと、と指を折りながら紅茶の種類を紡ぎ始める。
「デージリン、アッサモ、セイロヌ、アールグレエ、オレンジペコー…くらいしか知らないですわ、あたくし」
「ふふ、ヌルゼーデ、アールグレエは種類ではなくってよ。ベレガモットという柑橘の香り付けをしたフレーバーティー、香り付け紅茶ですわ」
「そうなのね! 勉強になりますわ! じゃあ、オレンジペコーはオレンジの香りなのかしら?」
「いいえ、残念。それは茶葉の等級のことですわ。上から何番目の茶葉を摘んだかで変わりますの。上から二番目の茶葉でフルリーフのものを指してオレンジペコーと呼ぶのですわ」
「ちなみに先程のセカンドフラッシュというのは?」
「二回目の収穫という意味ですわね。別名夏摘みとも言いますわ。葉がいちばん力強く育つ時期ですので、茶葉の深さも一入ですわ」
ガチゼーネがすらすらと答えたのを聞きながらヌルデーゼは家に置いてある茶葉の容器を思い出そうとした。前々からまあ、そうだよなとは思っていたが、自分の家は紅茶にそこまでお金をかけていなさそうだな、と思う。高位貴族になると茶のひとつにもお金がかかっている気配。
「紅茶って奥が深いんですのね」
「作っているお国の気候で、味が変わるんですのよ。ヌルゼーデ嬢が興味をお持ちのようなので、簡単に説明するわね?」
ぽつりと零したヌルゼーデに、ガチゼーネはにっこり笑って手のひらを見せた。指を折りながら名前を挙げていく。
「基本的には産地の名前が種類になりますわ。我が国から南東の位置にあるインディー国のデージリン、アッサモ、スリロンカ国のセイロヌの三つが我が国では大きく流通してますのよ」
ふむふむ、とヌルゼーデはガチゼーネが挙げた三種類を頭に刻みつけた。せめてそのくらいは覚えておこう。隣でサンドウィッチを頬張っているシロートヨが視界の端を掠めたが、ヌルゼーデは見なかったことにした。
「先程ガチゼーネ様の仰っていたキュッスルトンというのは?」
「それは茶葉を栽培している農園名ですわ。インディー国のデージリン地方は茶葉の農園が50以上ありますの。高低差の激しい土地柄ですので、それぞれの園で日照時間や朝晩の寒暖差が違って、それが全て味に反映されるんですのよ! なのでついつい沢山取り寄せてしまうの、ふふふ」(やや早口)
「ひえ…家格の差を感じましたわ…! 我が家はそこまでお茶に拘っておりませんものねぇ…」
目の前のカップの中身を気にしつつ、フォークに乗せた小さなキッシュをぱくりと一口で消して、ヌルゼーデはほう、と溜息をもらした。ほんの一欠片。なのにじゅわっと染み出す旨味が充分過ぎるほどに舌を喜ばせる。ダイスーキ伯爵家のシェフはうちの料理人と比べるべくもないほど腕が良いわね、と内心で独りごちた。きっと給料もいいだろう。
隣でスコーンとクロテッドクリームのオカワリを頼むシロートヨの声が響く。生暖かい気持ちで見守った。ちょっと食べ過ぎじゃないかしら。まあいいけれど。
「ガチゼーネ様のお茶会が毎回素敵な理由の一端を見た気がしましたわ」
「あらあらまあ、そんなことなくってよ?」
うふふ、ほほほ、と扇で口元を隠しながら笑い合うガチゼーネとヌルゼーデの二人の横で、唐突にシロートヨが声をあげた。
「あっ、わたくし、家で飲んでる紅茶をやっと思い出しましたわ!」
お、と二人がシロートヨの方を向く。何かしら、どれかしら、どこの商会、ブランドかしらと次の言葉を待つ二人にシロートヨはにっこり笑って答えた。
「イエローリプトムというの、ご存知かしら! 個包装の、黄色いパッケージの紅茶なの!」
ガチゼーネとヌルゼーデは笑顔のまま固まった。それは、屑葉を粉砕して使い捨ての紙容器に封入されている“てぃーばっぐ”、というやつではなかったかしら。味に個性も何もないあれ。お湯を注いで色が出ればオッケーのあれ。昔むかしに異世界から来た聖女が庶民にも気軽に手軽に、という触れ込みで聖女の知識から再現されたあれ。
「スプーンでしっかり絞れば、あの小さいので三杯は出るのよ! うち、家族多いでしょう? だからお母様のお気に入りなの!」
シロートヨ男爵令嬢は嬉々として語った。
それを見ていたガチゼーネとヌルゼーデはお互いに顔を見合せ、それからシロートヨの左右の肩にそれぞれ軽く手を置いた。
「次のお茶会、デザートを沢山盛りますわ。食べたいものがあったらリクエストも受けますので考えておいてくださいまし。お土産もつけますわ」
「わたくし、簡単に淹れられる茶葉を探してまいります。ティーセットも良ければプレゼントさせて頂けないかしら?」
少し困った顔で、シロートヨが頬をかく。
「あの、お茶に関してあまり良いものを貰っても、多分わたくしもわたくしの家族も、その良さが分からないと思うのです…」
申し訳なさそうに言うシロートヨの肩を掴み、ガチゼーネとヌルゼーデは勢い込んで二人の言葉を重ねた。
「「わたくしたちが、貧乏男爵家でも楽しめる素人向けのお茶を、紅茶を扱うお店と相談してまいりますわ!」」
後日。
落としても壊れにくいと評判の隣国の白陶磁器のティーセットと、苦味が出づらく素人でも淹れやすいアッサモ茶葉、素人ウケのいいフレーバーティー数種類がヘイキデノーム男爵家に纏めて届いた。家人は大変喜んだそうだ。
シロートヨ(とヌルゼーデ)のお茶きき舌特訓は、度々ダイスーキ伯爵令嬢家で頻繁に開催されたという。その特訓は、三人が無事嫁ぐまで繰り返されたのだとかなんとか。そういう話。
余談
シロートヨ『そういえば、先日同じ男爵令嬢とのお茶会でダージリンという紅茶を出されましたのよ!』
ガチゼーネ『あらいやだ、それは産地偽装か何かではなくって? ダージリンなんて地名聞いたこともないわ』
ヌルデーゼ『存在しない地名のお茶、なんか怖いですわね』
お茶ガチの筆者がどこかの異世界恋愛分類で『ダージリン』の文字を見かけてもにょったため適当に書き出しされた話です。紅茶のダージリンは紅茶原産のインドのダージリン地方で取れた紅茶の総称です!(他のアッサムやセイロンも場所由来の名前です)
詳しくないならないで別に気にしては無いので、詳しくない方は無理に知ったかぶって迂闊に『紅茶』以上の表記なんてしない方がいいと思います!