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第12話 エヴラールとリュカ


 例のごとく転移魔法で一瞬にして移動した先は、城の入口だ。

 精巧な石造りの城は、重厚な白亜の城壁に囲まれていた。二本の側防塔に囲まれた城門には落とし格子があるが、見たところ城門兵はいないようだった。


「我が城は領地内でもっとも高台に位置しています。なのでここから城下や民の様子を一望することができるのですよ」


「ほわぁ……」


 エヴラールの言葉通り、城門に続く坂の下には城下の街並みが広がっていた。

 城下町へ繋がる緩やかな坂道には星飾りのような灯篭が並んでおり、空間を淡く照らしている。ルイーズが見た光の正体は、この灯篭が発する灯火だったようだ。

 少し外れてはいるが、城下を囲む森林の外れには湖のようなものも見える。


「すごい。ぜんぶきれい……!」


 青白い光に浮かぶ世界は幻想的で美しく、遠目から眺めただけでも感動する。

 感嘆の声を漏らしたルイーズに、エヴラールが視線を下げて反応した。


「そう感じていただけて光栄です、王女殿下」


「うん。この青いきらきらたちね、ルゥ、すっごい好き。お星さまみたい」


「ええ、まさに星の瞬きを意識した街づくりを心がけています。私はこういったしっとりと落ち着く雰囲気が好きなもので」


 誇らしい気持ちがあるのか、エヴラールの声質がわずかに柔らかくなった。


「悪魔は負や闇など明よりは暗に惹かれるタチですが、なかには自分のように光のある生活を好むものもいます。ここは、そんな悪魔たちのための領地なんです」


「なるほど。悪魔も人と同じように趣味嗜好はさまざまなんだな」


 興味深そうに街を見下ろしていたベアトリスは、納得したように頷く。


(そっか。パパとディーも、全然ちがうもんね)


 招かれるままエヴラールの城に入城したルイーズたちは、しかし大門から入ってすぐ内部の異常に気がつく。姿が反射するほど丹念に磨かれた大理石の床面を躊躇しながら歩みつつ、ルイーズはぐるりとあたりを見回した。


(すっごく静か。お城って、もっと賑やかなとこかと思ってたのに)


 足音さえ鮮明に聞こえてしまうほど、城内は静寂に満ちていた。中央に伸びる階段口に設えられた燭台には火が灯されているが、明かりも必要最低限で薄暗い。


「……だれも置いていないのか?」


 グウェナエルも疑問を覚えたのか、怪訝な面持ちでエヴラールに尋ねた。


「いえ、最低限は」


「おまえのいう最低限がわからん」


「食事係、掃除係、息子専属の侍女をそれぞれ一名ずつ。もちろん外部にはまだ配下もおりますが、この城に常駐しているのはそれくらいですね」


(それはさすがに少なすぎじゃ……やっぱり、よくわからない魔王さまだ)


 せっかく立派な城なのに、こうまで誰の気配もないとあまりにもの寂しい。

 たいして大きくもないエヴラールの冷然とした声が、だだっ広いホールに反響して返ってくる。何重にも声が重なるその様が、ルイーズは少し恐ろしく感じた。


(なんとなくお化け屋敷っぽいし……)


 思わずディオンと繋いでいた手をぎゅっと握った、そのとき。


「……父上?」


 ふいに上の方から小さな声が落ちてきて、ルイーズはパッと顔を上げる。

 声の主はホールの中央から続く階段の上にいた。石造りの手すりの影から、どこか怯えたような面差しでおずおずと顔を覗かせている。


(……だれ?)


 年頃はルイーズとそう変わらないだろうか。明るい黄金色の髪と、芽吹きたての若葉のような色彩の瞳を持つ幼い少年だった。


「リュカ……ちょうどいい。こちらへ来なさい」


「は、はい」


 その子はエヴラールの指示に返事をすると、慌てた様子で階段を降りてくる。


「息子のリュカ。六歳になります」


「ほう、あの泣き虫だった赤子か。ずいぶんと成長したものだ」


 興味深そうに答えたグウェナエルは、エヴラールの足元でおろおろしていたリュカと視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「相変わらず母親によく似ているな、リュカ。顔立ちはエヴ寄りなようだが」


「えっ……」


 グウェナエルはリュカの頭を撫で、ルイーズの方を振り返った。


「俺の名はグウェナエルという。こっちは俺の娘、ルイーズだ。歳は……おまえのひとつ下になるか。仲よくしてやってくれ」


「あ、う……その、はい……」


 どうにも狼狽えながら、リュカは様子を窺うようにエヴラールを見上げた。

 一方エヴラールは、小さく首を横に振って呆れ交じりに嘆息する。


「申し訳ありません。リュカはどうも、引っ込み思案なところがありまして」


「かまわん。おまえのその鉄仮面よりはよほど可愛げがある」


(それは、うん。たしかに)


 心のなかで同意しながら、ルイーズはディオンと繋いでいた手を離した。


「初めまして」


 リュカに近づいて、にこ、と笑ってみせる。

 するとリュカは大いに慌てふためき、目を上下左右に泳がせた。


「あ、は、初めましぇて──じゃないっ。お、おはつにみぇめに、かかります。ま、魔王エヴラールの息子、リュカ、と申します。えと、以後、お、おみしりおきをっ」

 盛大に噛みながらではあったが、予想外にきちんとした挨拶を返されて、ルイーズは目を丸くした。もっと気軽に、子どもらしく挨拶するつもりだったのに。


(でも、いいこっぽい)


 エヴラールはまたも頭を抱えているようだが、その言い慣れない様子も、それでいて必死に紡ごうとする姿も、ルイーズには好意的に映った。

 魔王エヴラールの息子、つまりは王子。その立場にふんぞり返り上から目線に見下してくるような相手よりは、こちらの方が親しみやすくてずっといい。


「ねえ。ふつうに話そ?」


「えっ!?」


「ルゥ、あなたと仲よくなりたい。お友だちになってくれる?」


 同世代の子と出会ったのは生まれて初めてだ。

 ルイーズは珍しくどきどきしながら、リュカの手をぎゅっと握った。


「ひゃっ、あの、えっと、お友だち……」


 リュカは顔を真っ赤にしながら、ふたたびエヴラールの様子を窺った。

 けれど彼が首肯した途端、わかりやすく若葉色の目を輝かせる。


「でも、ぼく、お友だちって初めてで……っ!」


「うん、ルゥも初めて。いっしょだね」


 ひとつ歳上とはいえ、五歳児と六歳児ではたいした差はない。ルイーズはこの機に〝子ども〟を学ぼうと決意し、リュカの手を取ってぎゅっと握った。

 驚いたのか、大げさなくらいビクッと肩を跳ねさせたリュカは、掴まれた手とルイーズを交互に見て恥ずかしそうに顔を俯ける。

 あまりにも初々しい反応で、ルイーズは思わずくすっと笑ってしまった。


「よろしくね、リュカ。ルゥって呼んで」


「よ、よろしく……。ルゥ」


 初めての友だち作りを成功させ、ルイーズは清々しい気持ちで振り返る。

 すると、さきほどまで温かい目で見守っていたグウェナエルとディオンが、なにやらわかりやすく顔を強ばらせて硬直していた。

 どうしたのだろうと不思議に思っていると、ひとり颯爽と歩いてきたベアトリスがルイーズのそばに片膝をついてしゃがみこむ。


「お初にお目にかかります、リュカ王子殿下。わたしはルイーズさまにお仕えしているベアトリスと申します。どうか姫さまをよろしくお願いしますね」


 女神のような微笑みを向けられ、リュカはこくこくと何度も頷いてみせる。

 エヴラールの言葉通り、引っ込み思案な性格ではあるのだろう。

 だが裏を返せば、とても素直だとも言える。それに、こういってはなんだが。


(うん。見た目は完全に、おとぎ話の王子さま)


 子どもらしく丸みを帯びながらも寸分たがわず整った顔立ちは、すでに甘さすら感じられるほど完成している。

 いまからこれなら、きっと将来はとんでもない美男子に成長するにちがいない。


「リュカ、くれぐれも王女殿下に失礼がないように」


「は、はい。父上」


「私たちはこれからいろいろと案内がある。落ち着くまでは部屋に帰っていなさい」


「わかりました。……ええと、では、しつ、失礼します!」


 勢いよく頭を下げたリュカは、ふたたび危うい足取りで階段を登っていってしまう。

 その背中を見送りながら、ルイーズは妙な違和感に首を傾げた。


(リュカと魔王さま、あんま仲よくない?)


 エヴラールは始終リュカに対して厳しい態度を崩さなかった。リュカもそんな父親に対して、ある種の畏怖に似たものを抱いているように見える。


(王さまと王子さまだから、なのかな)


 ちら、とエヴラールを見遣ると、なにかを危惧するような──不安と不満と心配が綯い交ぜにした目で、リュカの去っていった方向を見つめていた。

 それは決して愛のない眼差しには見えなかったが、なんとも言葉に表しようのないざわつきがルイーズの胸の奥にぽとりと残った。



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