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「お母さん! はりと青い糸かして!!」
夢から覚めたナナミちゃんは、台所で朝食の準備をしていたお母さんの元へ行くと、ぬい針と糸を借りました。この日は日曜日、右うでの付け根がほころび白い綿が飛び出しているモエたんを、少しでも早く直そうとしたのです。
(このままじゃダメだよ! こんどはモエたんをしあわせにしなくちゃ……)
夢の中でモエたんは、ナナミちゃんが幸せになるのであれば、たとえ自分が傷ついても幸せだと言いました。
でもそれは良くないとナナミちゃんは思いました。それで自分がスッキリしたとしても、傷ついたモエたんを見て幸せな気分にはなれません。
なので今度は、モエたんを傷つけることなく幸せにすることで、ナナミちゃんはモエたんといっしょに幸せな気分になろうと思ったのです。
「いたいっ! もう、何でこんなにむずかしいのよ」
小学校の家庭科は高学年になってからです。小学二年生のナナミちゃんは、まだ針と糸の使い方がよくわかりません。お母さんが使っている姿を、見よう見まねでやろうとしていました。針の穴に糸を通すのも一苦労です。
でもナナミちゃんはあきらめません。いつもならイライラしてすぐに投げ出してしまいますが、このときはモエたんのために一生けんめいがんばっていました。
ようやく針の穴に糸を通したナナミちゃんは、モエたんのうでの付け根をぬい始めました。でも、どうやっても上手にぬうことができません。
それでもナナミちゃんは、モエたんに申し訳ないという気持ちと、元のモエたんにもどってほしいという思いで何度も何度もやり直しながらぬっていました。
そんなナナミちゃんの様子を、朝食ができたので呼びに来たお母さんが、部屋の入り口からこっそり見ていました。お母さんは、ナナミちゃんがモエたんをこわしたことに気づいていました。
でもお母さんは手伝いません。ナナミちゃんに、自分で責任をもってやらせようとしていたのです。
「できたぁ!」
ナナミちゃんは、自分の力でモエたんのうでを直しました。もちろんぬい方はメチャクチャです。でもナナミちゃんは、モエたんのためにがんばったのです。
「ごめんねモエたん、もうモエたんをたたいたりしないからね! 今日からはいっしょに遊ぼうね」
ふり返ったナナミちゃんは、お母さんと目が合うと
「お母さん、これかえすね! ありがとう」
と言って針と糸を返し、朝食を食べに部屋から出ていきました。
お母さんは、ナナミちゃんが直したモエたんを見ました。うでの付け根はぬい合わせてありましたが、ぬい始めとぬい終わりの糸は、だらんと長いまま垂れ下がっていました。「玉結び」や「玉止め」もしてありません。このままではすぐにほどけてしまいます。
お母さんは、ナナミちゃんに気づかれないようそっと「玉結び」と「玉止め」をしました。
※※※※※※※
その日の夜、ナナミちゃんはモエたんといっしょにテレビを見ていました。テレビには、とあるアイドルグループのコンサートで、ひとりのメンバーが「卒業」するシーンが流れていました。するとそのアイドルが
『ファンのみなさんのおかげで私は幸せでした! ありがとうございました!』
と、なみだを流しながら笑顔であいさつしていました。その姿を見てナナミちゃんは、とても不思議な気分になりました。
(アイドルって、みんなのために歌っておどることが……しあわせなの?)
今まで「何がおもしろいんだろう」とアイドルに全く興味がなかったナナミちゃんでしたが、このアイドルの言葉を聞いて急に気が変わりました。
(そうか、アイドルって……みんなといっしょにしあわせになれるんだ)
そう思ったナナミちゃんは立ち上がるとモエたんに向かって言いました。
「モエたん! ナナミ……アイドルになりたい!!」
まだ続きます。