1-7 メイディの喫茶店デート
心地良く揺れていた馬車が止まる。
「行くぞ」
ここからは、二人は「恋人」。その仕上がりで金貨の有無が決まる。馬車を降りるアレクセイに、不安げな顔をしたメイディが続く。
「ぶるん」
馬車をひいていた大きな馬が鼻を鳴らした。爽やかに吹く秋風に、緑のたてがみがなびく。
「ありがとうサルロ。完璧だ」
アレクセイが、伸ばした手で馬の鼻筋を撫でて褒める。僅かに目を細める表情が、どこか嬉しそうに見える。
「馬にも表情があるんだね。……うわっ」
どすん! 重たい音がして、馬が立派な蹄をメイディの爪先をかすめるように落とした。慌てて飛び退くメイディに追い討ちをかけるように、べしん! 長い尾で叩く。
「サルロは、『馬』と呼ばれると怒るんだ。魔獣としての誇りがあるらしい。悪いな、先に言えば良かった」
「サルロ……ごめんね、馬って言って」
「ぶるるん」
馬ーーもとい、馬魔獣のサルロは、「それでいい」と言いたげに鼻を鳴らす。
「魔獣は賢いって、聞いたことはあったけど……目的地を聞いて、迷わずにひとりで辿り着けるんだね。すごい」
「だろう? 魔獣は賢いし、屈強だ。だからこそ、味方になれば頼もしい」
アレクセイが歌うように紡ぐ言葉を、メイディも聞き覚えがあった。
「敵になれば恐ろしい、一糸の緩みは命取り」
続けると、アレクセイは首を傾げる。
「なぜお前がそれを? 騎士団の教えじゃないか」
「父は、元騎士だったの」
「……ああ。そういえば、『氷の虎狩』はお前の父親だったな。彼が生捕りにした黒虎は今もまだ、王家の魔獣使いによって訓練を受けているという」
水魔法の応用で氷を操り、悪名高い黒虎を生捕りにした騎士は、その功績を讃えて「氷の虎狩」という二つ名を得た。その後も各地で魔法の腕を振るい、魔獣を多数捕獲することで、国に貢献した。その功を讃えて「ジュラハール」の名と爵位を受けた。
それがジュラハール男爵。メイディの父である。
父は、脚を怪我して騎士を辞し、王都に家を構えて母と出会い、そしてメイディが生まれた。その華々しい栄光は過去のもの。氷の虎狩が爵位を受けたのすら、二十年以上昔の話だ。
「どうして、アレクがそれを知ってるの?」
異名を持つ騎士は、数こそ少ないが複数いるもので、何年も語り継がれるほどではない。「氷の虎狩」は、アレクセイが生まれる前に活躍した騎士なのだ。
「それは……」
メイディの当然の疑問を受けて、アレクセイは視線を揺らした。
「…………噂、で」
「ほんとに? 『氷の虎狩』が未だに噂になってるなんて聞いたら、父は喜ぶよ。……そっかあ、そんなにすごいんだ」
人生の価値は、何を成したかにある。
そう語るメイディの父は、平民から努力と根性で成り上がり、騎士として異名を得た。怪我で職を辞したものの、今では市井の子供たちに稽古をつけ、新たな平民騎士を生み出そうとしている。父の育てた子供が騎士になり、何かを成したら、それもまた人生の価値だと言えよう。
「あ、ああ。氷の虎狩の名のことか。王都で暮らしていれば、一度は聞いたことがあるだろ」
「そうなんだ。……私にそんなこと、できるのかなあ」
「お前、騎士になりたいのか? この国じゃ、女は騎士になれねえぞ」
「うん、知ってる。騎士になりたいんじゃなくて、何かしないといけないの。人生の価値は、何を成したかにあるから」
自他に厳しい父に育てられたからこそ、メイディは自分に求めるものも大きい。父と同じくらいのことを、何かすごいことを成さないと。自分の人生には、何の意味もなくなる。
「なら、何も成さない人生は、無駄ってことか?」
「そう。……魔導士団に入れれば卒業後も研究を続けられるけど、貴族じゃないから無理。家庭教師として優秀な人を育てるのはどうかと思ったけど、貴族じゃないから駄目。女だから騎士にもなれない。卒業したあと、何も成せないのはわかってるから……学院にいる間に何かを成さないと、私の人生は無駄になっちゃう」
「人生が無駄になる、ねえ……」
それは、自分に課した高いハードル。学生の立場でできることなどたかが知れているが、卒業後の道の見えないメイディは、それに賭けるしかないのだ。「身分の別なく学ぶ」を標榜する貴族学院にいる間は、平民同然のメイディでも、学問の上でそれなりに認めてもらえる。
メイディの目の奥にくすぶる、追い詰められたような焦燥感。それをしばらく見つめてから、アレクセイは口を開いた。
「卒業したら、俺が、何かでかいことを成してやるよ。お前の理屈でいけば、自分が関与していれば、そいつの功も価値として数えていいんだろ?」
「え? ……まあ、そう、だけど。でも私は、アレクセイに何かを教えるわけじゃないし」
「お前がいないと、俺は自由になれねえからな。だからお前は、しっかり『恋人』をやれ。卒業まで上手くやってくれれば、その先の俺の人生は、お前の価値になる」
きらりと光る青い目に、メイディはつい見入ってしまう。
それはあまりにも、甘い誘惑だった。自分でどうにかしなくても、目の前にいるアレクセイが、何かを成してくれるだなんて。
甘えて、全てを託してはいけないと思った。けれど、もし本当に、在学中に何も成せなくても、その時は。
「……ありがとう」
「ま、俺がすることに、お前が満足するかは知らねえけどな。俺は俺のしたいようにするから」
「うん、そうだよね」
だとしても。
アレクセイの言葉は、メイディの心の土台にしっかりと食い込んだのであった。
「さ、行くか」
そう言うとアレクセイは、サルロを撫でていた手を離し、メイディに差し出す。
「うまくやれよ」
「頑張る」
今日の目的は、メイディが「恋人らしい振る舞い」をどの程度できるようになったのか、その成果を見せること。うまくいけば、金貨を追加で1枚。
卒業までうまくやれば、アレクセイは身分のしがらみから離れ、自由になれる。自由になった彼の成したことは、メイディの人生の価値にもなる。
彼に協力したい理由が、また増えてしまった。差し出された手を、メイディはそっと取って。
「テレルナ」
「……先が思いやられる」
触れ合ったら、照れるもの。相変わらずの棒読みを指摘するアレクセイの口元は、呆れたように緩んでいた。




