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1-6 メイディは何者にもなれない

「ごめんって」

「ほんとだよ。どうして外出許可を取っておかなかったんだ」

「どうしてって言われても……外に出かけるって、さっき初めて言われたから」


 約束の日の放課後、メイディとアレクセイは、揺れる馬車の中で隣り合っていた。


 貴族学院で学ぶのは、国を担う貴族の子供たち。防犯には最善が尽くされている。侵入者への対策はもちろん、学生の動静も逐一把握されている。外出の際は、前日までに許可が必要だ。

 放課後になって迎えに来たアレクセイは、当然のようにメイディを学外へ連れ出そうとし、守衛室で止められた。メイディが、外出許可を取っていなかったせいだ。

 結局アレクセイは何やらひとりで交渉しに行き、許可は下りたのだが。予定がふいにされそうだったアレクセイは、少し不機嫌そうにしている。


「昨日のうちに誘っただろうが」

「昨日? 私たち、会ってもいないじゃん」


 アレクセイに誘われた記憶は全くない。メイディの言葉に、アレクセイは訝しげに目を細める。


「いや……手紙を送っただろ」

「手紙……?」

「……届かなかったのか? お前の部屋の扉から、差し込むように言っておいたんだが」

「あっ」


 メイディは息を飲む。思い出した。昨日、部屋に戻ったら、扉のそばに確かに封筒が落ちていた。


「あれ、アレクからだったの? ケビン先生だと思ったから、まだ開けてない」

「ケビン先生が、お前に手紙を? あの人、学生には微塵も興味ないのに」

「私、卒業研究で魔導具を作ってるから。ケビン先生は指導教官なの」


 学生に興味がないと評判の彼は、魔導具のことは大好きらしい。メイディが魔導具について研究すると決め、サロンに通うようになると、時々「宿題」と称して魔導具入りの封筒が届くようになった。


「届いた魔導具を改良して、ケビン先生のところに持って行くの。サロンに行く日はまだだから、封筒は開けなかった。……ごめん」


 謝るメイディに、アレクセイは緩々と首を左右に振った。


「今日のことはいい。今後も予定は手紙で送るから、これからはすぐに開けよ」

「わかったけど……予定が決まってるなら、いちいち手紙なんか送らないで、こうやって会ってる時に教えてくれればいいのに。それじゃ駄目なの?」

「何言ってんだよ。手紙で誘いをかけるのは常識だろ。直接声をかけるなんてありえない……うん?」


 言葉を途中で切り、アレクセイは難しい表情で顎を撫でる。


「そうか、お前の常識にはないのか。……わかった、それでいい。次からは、会っている時に予定を伝えよう。その方が手間もかからねえ」


 なぜかさっぱりした表情で、アレクは背もたれにどっかりと身を預ける。


「自由に生きてるつもりだったけど、俺もまだ縛られてるんだな。お前と話してると、それに気づかされる」

「アレクは、縛られたくないの?」

「ああ。貴族の常識に縛られるのは窮屈だ。『貴族失格』だと言われるが、俺はそれでいい」

「……ふうん」


 貴族失格、という表現は、メイディには馴染みがない。何が貴族らしくて、何がそうでないのか、よく知らないのだ。


「お前には関係ない話だったな」

「うん。でも……貴族の常識に縛られるのが、嫌だって気持ちは、なんとなくわかるよ」


 何しろそれは、メイディが学院生活でつくづく感じていることだった。


「貴族は、身分でしか人を見ないから。身分が高いほど認められて、私みたいに身分がない人間は、認める以前に機会も与えられない。それが当たり前って感覚に、納得できないんだよね」


 例えばエミリーは、メイディが魔道士団や家庭教師に興味を示したとき、「男爵令嬢なんて実質は平民なんだから、どこも雇わないわよ」とさらりと言った。悪意は全くないのだ。彼女は自分についても、「伯爵家に生まれたからには、政略結婚は当たり前よね」と言う。恋愛結婚に憧れていても、身分に合わないから、望みすらしない。


 人生の価値は、何を成したかにある。

 なのに、メイディが何かを成したいと思っても、「男爵令嬢だから」「女だから」その道が断たれてしまう。努力不足で叶わないのなら納得できるが、身分のせいで叶わないことには納得がいかない。


「もう、諦めたけどね」


 納得することと、諦めることは違う。どう頑張っても、身分の差は埋められないのだ。諦めるしかない。


「身分でしか人を見ない……そうだよな、ほんとに」


 アレクセイから返ってきたのは、共感だった。貴族らしくない反応に、メイディは目を丸くする。


「アレクは、わかってくれるの?」

「わかるよ。だから俺は、家を出たいんだ。身分なんて関係なく、俺が自由に生きられるところへ行きたい」

「平民になりたいってこと?」

「わからない。俺は、『俺』でありたい」

「へえ。……何のために『恋人のふり』するのかよくわかんなかったけど、アレクはアレクなりに、いろいろ考えてるんだね」


 身分の壁に直面して、難しいことをあれこれ考える気持ちは、メイディにもよくわかる。結果としてメイディは諦めたけれど、アレクセイはまだ諦めていないのだ。

 それなら応援しよう、とメイディは思った。努力は報われるべきだ。「恋人のふり」をするのが、アレクセイが身分から解放されるための努力なら、報われてほしい。


 メイディにできる協力は、「恋人のふり」を全うすることである。気持ちを新たにしたメイディは、鞄の中を探り、レポートを取り出した。


「アレク、これ見て」

「……何だ、これ」

「今日は成果を見てくれる日でしょ。『恋人らしい振る舞い』についてのレポート。三冊読んで、まとめたの」

「は? レポート? ……うわ、びっしり書いてやがる」


 アレクセイは、メイディの差し出したレポートを見て顔をしかめた。


「レポートなんて求めてねえよ。これから行く喫茶店で、実際に『恋人らしい振る舞い』を見せてもらうつもりだったんだが」

「え、実践? そんな準備してないよ」

「こんなもん書いたって、できないなら意味がないだろうが。ほら、そろそろ着くぞ。その紙はもうしまえ。降りたら俺たちは『恋人』だ。そのつもりでやれ」

「いや、急にそんなこと言われても」


 メイディは慌てる。恋人らしい行動を、まだ暗記できていないのに。準備がないのに、うまくやれるわけがない。


「できるだけのことをやればいいだろ。それとも、金貨は要らねえのか」

「……頑張る、けど」


 うまくできない気がする。内心そう思いながら、メイディは渋々頷いた。

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