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1-3 メイディの昼休み

 講座の終わりを告げるのは、塔の最上部から鳴る鐘の音。午前最後の魔導具学を終えたメイディは、机上の教科書を鞄にしまう。


「メイディ、今日のお昼は中庭で食べましょうよ」


 前の席に座っていたエミリーが、振り返ってそう提案する。二つ結びをした栗色の髪が、振り返った瞬間にくるんと揺れて可愛らしい。


「今日のお弁当には、グラタンを入れてもらったのよ」

「いいなあ。エミリーのお弁当は、毎日おかずが違うから飽きないよね」

「そうね。でも、メイディはサンドイッチが好きなんでしょう? 好きなものを毎日食べられるなんて、羨ましいわ」

「それしか作れないだけだってば」


 他愛もない会話をしながら、メイディとエミリーは講義室を出て左に向かう。教室から出る生徒たちは、皆右に流れていく。その先に食堂があるのだ。


 貴族学院の食堂には一流の料理人が雇われている。その味は、高位貴族の舌をも満足させるほどだという。メイディは食べたことがないから、その味を知らない。食堂の昼食は高価で、とてもじゃないが手が出ないのだ。だから自分で手頃な材料を調達し、簡単なサンドイッチを作って来ている。


 入学以来、ひとりで弁当を食べていたメイディの昼食は、ある日から二人になった。弁当を持ってきて食べている、という話をエミリーにしたら、翌日から彼女も弁当を持ってきたのだ。

 最初は「外で同級生とご飯なんて、学生っぽいわ」という興味本位だったが、話しながら食事をするうち、だんだんと打ち解けた。そうして、メイディとエミリーは友人になったのである。


「それにしてもケビン先生、講義中はあんなに眠たそうなのに、メイディが質問に行くと楽しそうなんだもの。あのケビン先生に気に入られるなんて、さすがよねえ」

「先生は、専門の話をするのが好きだから。エミリーも質問に行けば、喜んで話してくれるよ」

「いやよ、わからないことはメイディに教えてもらえばいいもの。……あら? ねえ、メイディ。どなたかいらしたわ」


 会話の途中に足を止めたエミリーは、鳶色の眼差しをメイディの背後に向ける。彼女の視線を追って振り向くと、背の高い金髪が目に入った。青い目。彫刻みたいに綺麗な顔が、ゆるりとほころび、笑顔の形になる。


「俺の可愛い恋人を、ランチに誘いに来たんだ」

「恋人……?」


 エミリーは、戸惑ったようにメイディを見る。頷くメイディに、「まあ……!」と目を丸くした。


「そうなのね! 素敵だわ。どうしましょう、恋人同士の逢引に、わたしはお邪魔よね。遠くから見ているから、どうぞふたりで甘い時間を……」

「エミリー・サルロ・カテール伯爵令嬢か。話には聞いている。良ければ君も、一緒にどうだ?」

「えっ! あっ、は、はい。ぜひ!」


 突然誘われたエミリーは、肩を跳ねさせ、頬を薄く染めて受け入れる。


「ふふっ、メイディったら、恋愛には興味ないような顔をして、ちゃっかり恋をしていたのね。それならもっと聞けば良かったわ。全然話してくれないんだもの」


 そう言うエミリーの頬は、ますます嬉しそうに紅潮している。


 そういえば、昼食を一緒に食べ始めたばかりの頃、エミリーは恋の話ばかりしていた。誰と誰が思い合っているだの、誰が誰に横恋慕しているだの、根や葉があるのかないのかわからないような噂話に興じていたのが懐かしい。

 噂話への興味をなくしたのかと思っていたけれど、どうやら違ったようだ。


 三人で並んで歩きながら、長い廊下を抜けて階段を降り、中庭へ向かう。円形にくり抜かれた中庭の中心と円周には、季節の花が咲き乱れ、甘い香りが漂う。その花を眺める位置に椅子とテーブルがあり、ちょっとした茶会スペースになっている。


「ああっ、メイディの隣はお譲りさせてください。わたしは、こちらからお二人の様子を見守りますわ!」

「そうか? それなら、ありがたく。少しでも近くにいたいんだよ」

「まあ……! 素敵ですわ」


 メイディの隣に寄り添うアレクセイを見て、対面に腰掛けたエミリーは鳶色の瞳をきらきら輝かせる。


「メイディの初恋に立ち会えるなんて、感無量ですわ。わたし、メイディには素敵な恋をしてほしいと思っていましたの」

「はは。俺との恋を、素敵と呼べるかわからないが」

「素敵ですわ。障害があるから、恋は盛り上がるのですもの。『デレクとジュリエッタ』のように……!」


 盛り上がる二人の会話を横目に、メイディは自作のサンドイッチを広げる。小袋から出した茶葉を、ポットに放った。


「ウリスよ。……サモフよ」


 短い詠唱でポットに水を注ぎ、火を入れて湯にする。暫く待てば芳醇な香りが漂い、美味しい紅茶になる。


「メイディったら。今くらい、ちゃんと詠唱すればいいのに」

「取り繕ったって仕方がないでしょ」

「もう。好きな人の前では、自分を取り繕いたくなるものでしょう?」


 エミリーは唇を尖らせ、可愛い顔でメイディを咎める。


 水の精霊ウリスと、火の精霊サモフ。精霊に呼びかけると、魔法を使うことができる。


 かつては、どんな魔法を使うときにも、長々と詠唱していたという。それを短縮する技術は、今までの魔導士たちが研究で発見した素晴らしい成果だ。ところが、現実に詠唱の短縮を行うのは、魔法の発動速度が命に関わる騎士くらい。普通の貴族は詠唱の短縮を嫌う。「精霊への敬意を欠く」というのが理由だ。

 伝統にこだわるなんて無駄だ、とメイディは思う。せっかくの研究成果なのだから、生活に生かせばいいのに。貴族の考え方は、どうもメイディには馴染まない。


「構わねえ。メイディの、常識外れなところも好きなんだよ」

「まあ……! まあ! そうでしたの。素敵ですわ」


 アレクセイがさらりと恋人らしい発言をしたおかげで、エミリーの関心はすぐに詠唱から外れた。彼女は、感動したように目を見開く。その頬は桃色に染まり、なんとも嬉しそうだ。


「メイディったら、わたしには何にも教えてくれないんですもの。こんなに素敵な方と、恋をしているのに」

「ふうん、何にも話してねえのか。意外と照れ屋なんだな」

「ええ。ですからぜひ、恋に落ちた瞬間の話を、お聞きしたいですわ」


 噂好きのエミリーは、好奇心を隠しもせずに質問する。アレクセイは少し考えてから、話し始めた。


「…………3年前、特待生が試験で書いた論を読んで、その聡明さに感銘を受けた。気にかけてはいたんだが、話しかける機会がなくてな。図書館に寄ったとき、メイディが偶然そこにいたんだ。目が合った途端に、雷が落ちたような衝撃が走って……一目惚れという感情を、俺は初めて知ったよ」

「まあ! 一目惚れですか。素敵ですわね。メイディも、その時に一目惚れしたの?」

「私は……」


 油断していたメイディは、即答できずに一瞬たじろぐ。何か、不自然でない理由を言わないといけない。


「見た目は素敵だし、一目惚れしたと思う。でも、それだけじゃなくて。目的のために頑張ろうとするところとか、好きかも……」


 どこか他人事で、絞り出すように羅列する物言い。しかしその内容に、嘘はなかった。何かを成すために頑張る人には、好感を覚える。


「まあ……! 相思相愛なのね、素敵。それでどうやって、『恋人』になったの?」

「……俺から申し込んだ。それ以上は秘密にさせてくれ。渾身の告白を再現するのは、俺だって恥ずかしい」

「ああ、不躾な質問、失礼致しました。友人の幸福に、つい気持ちが盛り上がってしまいましたの」

「そんな風に喜んでくれる友人がいるとは、メイディは幸せだな」

「メイディみたいな友人のいる、わたしこそ幸せ者ですわ」


 初対面であるはずの二人の会話は、流れるように進んでいく。さすが貴族、社交能力が高い。気付けば会話から弾き出されていたメイディは、途切れることのない会話の応酬を楽しみながら、紅茶に舌鼓を打っていた。


「……ああ、もうこんな時間か」


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。アレクセイの呟きが、会の終了合図となる。


「今日は突然押しかけて悪かったな。メイディの親友と話してみたかったんだ。昼休みは今まで通り君に譲るから、仲良くしてやってくれ」

「まあ! ぜひ、そうさせていただきますわ」


 挨拶を交わし、アレクセイは、メイディとエミリーに背を向ける。その背が中庭を抜け、建物に消えたあとで、エミリーが息を長く吐いた。


「はあ、緊張したわね。聞きたいことはもっとあったのに、全然聞けなかったわ」

「緊張してたの? 楽しそうに話してるように見えたけど」

「顔に出すわけないじゃない。緊張くらいするわよ、あの方の破天荒な振る舞いは、わたしでも噂に聞くほど……」


 言いながらエミリーは、メイディをじっと見つめる。


「メイディは、あの方がどなたか、知っていて?」

「どなたか……? アレクセイ、って名前なことは知ってる」

「ああ……こういう『常識外れ』も、好んでらっしゃるのかしら」

「エミリーの知り合いなの?」


 彼のことを知っているような言葉を受けて、メイディは問う。エミリーは、肩をすくめた。


「まさか。わたしなんかが知り合えるようなお方じゃないわ。……わたし、あなたのことを応援するから。身分違いの許されざる恋なんて、ほんと素敵」


 目を輝かせ、両手を組み合わせてエミリーは語る。


 身分違いの許されざる恋。エミリーにそう印象付けられたのなら、「恋人のふり」はうまくできたのだろう。

 そう結論づけながら、メイディは、エミリーと共に午後の実習へ向かうのだった。

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