3-9 メイディと前日の夜
「明日は卒業パーティじゃろうが。もう十分調整はできとるのじゃから、早く寝なさい」
「はい……あと、少しだけ」
「ふあ……わしは先に戻るぞ」
卒業パーティ前日の、作業場で。去ろうとするケビンの背に、メイディは「先生」と声をかけた。
振り向いたケビンに、姿勢を正して向き合う。
「今まで、ありがとうございました。先生のおかげで、私は楽しく研究できました」
「ん。楽しいのが一番じゃからの。わしにとっても、おぬしは指導していて楽しい学生じゃったぞ」
「ありがとう、ございます……!」
「おう。幸せになるんじゃぞ、メイディ」
キュートなウインクをひとつ飛ばして、ケビンは部屋を出て行く。
扉が閉まり、メイディは長く息を吐いた。
エミリーと、ケビン。これで、挨拶すべき人に、挨拶を済ませた。
あまり良い思いをしなかった学院生活だったが、その中で得るものは多かった。特にエミリーとケビンには、身分を越えて親しくさせてもらった。彼らの存在は、メイディにとって大切なものだった。
メイディは、見慣れた作業場を見渡す。
卒業。
その言葉を念頭に置くと、途端に辺りは、見逃してはいけない大切なものに見えてくる。
学院では、身分の別なく学べる。裏を返せば、学院外には、ここでの関係を持ち出せないということでもある。
卒業したら、メイディはほとんど平民だ。学院に足を踏み入れることも、エミリーやケビンに会うことも叶わない立場になってしまう。
それは寂しく、悲しく、理不尽に思えることだが、今のメイディの胸には、満足感があった。
学院で、メイディは素晴らしいものを得た。最も素晴らしいものは、もちろんーー。
「よう、メイディ」
柔らかく声をかけられ、顔を上げる。
「……アレク。明日の準備はできたの?」
「俺の準備なんてほとんどねえだろが。お前こそ、準備はできてんのか?」
「うん。見て、やっと完成した」
窓の外は、深い黒に染まっている。深夜の作業場で顔を合わせたメイディとアレクセイは、中央の魔導具を並んで見上げた。
「明日、これをパーティーの会場に運び込むことになってるの。それで準備はおしまい」
メイディは、軍手をはめた手で魔導具の壁面に触れる。愛おしげに、指先で撫でた。
「……惜しいか?」
「ううん、全然。アレクとミア様の、幸せな人生のためだもん」
恋するアレクセイの、憧れるミアの、幸せな人生。それが、明日の振る舞いにかかっている。
「上手く、行くかな」
「行くだろ。何のために、何時間も顔付き合わせて台本を練ったんだ」
アレクセイは、励ますようにメイディの腰をぽんと叩いた。
「大丈夫、俺たちなら上手くやれる」
「……そうだね」
寄り添うふたりの眼差しは、魔導具に向けられる。メイディは、その美しい紋様が目に焼き付くほどに、じっと見つめていた。
「じゃ、また明日な」
「うん」
アレクセイと別れ、寮への道を戻る。
見慣れた廊下、見慣れた壁、見慣れた光景。それを見るのも最後になるかと思うと、急に物悲しい気持ちになる。
「あんまり寝れなかった……」
ごろん。ベッドの上で体を転がし、しぱしぱ、と緩く瞬きをする。
寝不足のわりに、頭がさえている。それだけ緊張しているのだ。起き上がると朝日がまぶしくて、メイディは目を細めた。
顔を洗い、制服を着て。そんな慣れた動作も、今日で最後である。何もかもが感慨深いのは、それだけ、学院の生活がメイディにとって良いものであったということで。
「……よし、行こう」
気合を入れてから、メイディは自室の扉を開けた。




