黒竜王と隣国の姫。
「つまり俺達は……俺達の国の兵士は、黒竜王討伐で疲弊した所を、背中から奇襲したっていうのか。そんな、馬鹿な事が……!」
『聖女』暗殺による戦争勃発を狙った行為。
あれは、勝算があったからこその計画だった。
俺は疑問に思っていた。
戦争になったら『聖女』の力はきっと活躍する。
なのに、どうしてその力を捨ててまで戦争を急ごうとするのか。
今戦争を行う方が、都合が良かったんだ……!
更には、最近行われたという異世界召喚の儀式。
あれは予定変更による代替案、戦力増強の為の一手。
異世界召喚した人間は、全て……戦争で勝利する為の駒。
「はあ、はああ……っ」
意識が朦朧とした。
現実を受け止めきれない。
俺が属していたこの国は、もう根っこから腐ってやがる……!
情報戦に、俺は今の今まで、負けていた。
「くそっ」
あの時と同じだ。
取り返しのつかない所まで行って俺はようやく知る。
何も変わっちゃいなかったっ。
俺は強く机を叩いた。
今更どうする事も出来ない。過去の過ちを拭う事は出来ない。
他ならぬ俺と同じ国の民が、アンネを……その仲間を!
「アンネは身柄を押さえられて奴隷として売られた。男性冒険者や騎士の人達はだいたいが黒竜王の前に縄で縛った状態で捨て置かれた。生贄のつもりなんだと思う」
「そうだった、のか。だから君はまだ損耗が少ない状態で奴隷商館にいたんだな」
「国王様はまだ、何かするつもり。近いうちに必ず」
異世界召喚した奏と奥山以外の人間を俺はまだ見ていない。
冒険者に来ていた覚えはない。この一か月、何をしていたのか。
「多分彼らも兵士として調教を受けているんだと思う。人殺しに慣れてもらう為に、そして国王様の言いなりになるように」
もし、国王とその一味が戦争賛成派閥だとしたら。
俺やその周囲の人間は、戦争反対派閥に属する事になる。
シスア・マイスターの一件で俺はきっと国王の目に付けられた。
アンネを買いに行った時の監視の目、あれもきっと国王の差し金だ。
「それで、どうして俺がご主人様である必要がある」
「サンティアナ様、アンネの国のお姫様がアンネに託したの。ライゼンベルクの裏で暗躍する凄腕の工作員がいるから、その人を連れて来てって」
「……俺が?」
「姫様は似顔絵を描いてくれた。だから初めてあった時に、この人だって分かった」
アンネはゆっくりと俺の頬に手を近づける。
ひんやりと冷たい手、でも人間特有の確かな熱を宿していた。
「俺に償う資格があるか分からない。でも、君のお姫様は俺を求めた。俺の素性を知ったのは風の噂、じゃないな。きっと俺が以前依頼を受けたお客様なんだろう」
「昔、お忍びでここへ旅行した事があると言ってた。その時に何か……」
「ああ。俺の情報を流布しているのは、俺が直接雇う傭兵だ。それ以外の人間は、俺について他言無用である事を契約の内に組み込んである」
俺がざまぁプラン提示用書面の細則の一文をなぞって説明する。
「つまり、傭兵達が隣国のお姫様を俺の元に一度連れて来たのかもしれないな」
無論傭兵達が、お姫様の素性を知っていた訳はないから偶然だろう。
軽めのナンパ退治とかも時々俺に依頼される。その手の軽いざまぁ内容の依頼だったのかは分からないが、少なくともお姫様が提案した内容を俺はきっと達成する事が出来たはずだ。
お姫様は当時の記憶を思い出して、俺にこの子を授けた。
「でも、アンネに伝えたのは契約違反なんじゃ」
アンネは不安そうに俺を見つめる。身体を抱き寄せ、優しく頭を撫でてやった。
「大丈夫さ、この契約は国内でのみ有効。ラナンキュラスは対象外だ」
契約書を作った当時も、俺の名前が隣国にまで行き着くとは思っていなかった。契約書の抜け道を見つけて、お姫様はアンネに託したのかもしれない。
「今すぐ、俺がその竜を倒しに行くのは無理だ。今は奏もいるし、冒険者ギルドを運営するという立派な仕事がある。国を跨いで討伐作戦を実行し帰るまでに最低一週間はいる。それまでに綿密な計画を立てつつ、俺自身も強くならなきゃいけない」
俺は現役の冒険者ではない。筋肉量も期待にならない。
「うん。分かってる。そんなすぐにとは言わない」
俺の膝へと座り、身体を半回転させる。
向かい合った姿勢でアンネは俺に密着した。
「お、おい……アンネ」
「国を助ける為なら、アンネは何だってする。何でも」
んっ、と艶めかしい声と共に、アンネの唇が俺の唇に触れる。
「待て。それじゃ君は、自分を犠牲にしているだけじゃないか……っ」
「違う。アンネはご主人様が好き。大好きだからぁ……」
強引に舌がねじ込まれる。
単純な力勝負なら、アンネは既に俺の上を行っている。
俺の強さは『鑑定』によって手に入れた『恩恵』の数。
こう密着された状態じゃ、なにも出来ない。
酸素が無くなって、心臓がばくばくと脈うつ。
輪郭が失われていくように、次第に俺とアンネは蕩けていく。
欲望の引き出し方をアンネは知っている。
的確に俺を刺激した。
そろそろ理性も限界だ、なにやってんだ……俺はっ!
「アンネ! 忘れるなっ。今の君は奥山の物だ」
「っ」
「アンネの願いはいつか聞き届ける。俺を頼ってくれたお姫様の為にも、俺達はちゃんと順番を守って計画的に行動するべきだ。一時の衝動に身を任せるな」
必死に言葉を紡いだ。
辛うじて出した言葉は、アンネを拒絶する言葉ではなかった。
「俺はいつか、君を取り返す。そして俺はラナンキュラスに行って、お姫様を救ってやる。だからアンネは……どうか奥山の依頼を手伝ってあげてくれ」
奥山の依頼は、剣崎達へのざまぁだった。
なら、異世界召喚された日本人が戦争に参加させられそうになっているのか、観察するチャンスだとも言える。奥山の気分が晴れるまで付き合えば、きっとその他の内部事情も見えてくる。
これは、情報戦だ。
俺は奥山を武器に……国王、お前の陰謀を暴いてやるよ。





