国王の策略。
エイハムは謁見室へと入った。
従者達が両扉を開け、豪華に設えられた赤の絨毯の上を歩く。
玉座に坐す男は、事実上この国のトップに君臨する王様だ。
国王は肘掛けに手を掛けて、エイハムに信頼の目を向けていた。
「して、どうだった。エイハムよ」
「対象は、行方を眩ませた奥山なる男に奴隷を買い与えておりました」
「そうか。すまなかった、突然の要望によく応えてくれた」
はっ、と本能的に頭を下げた。片膝をつき、平服する。
騎士は王に使える兵士だ。
国王こそが守るべき対象であり、仕えるべき主である。
主の命令は絶対であり、そこに如何なる理由があろうと使命を全うする。
だが、今回に限っては問い質す必要があった。
僅かに躊躇った後、やはり聞いておこうと口を開いた。
「国王、失礼ながら一つ……お聞きしたい事が」
「何なりと申せ」
許しが出た。謝意を伝えた後、エイハムは言った。
「どうして私奴にかのギルド職員、ベリアル殿の監視を命じたのでしょう」
たった一回で良いから見てきてくれ。
突然言われたのは今日の早朝だった。呼び出されたのは、国王の私室。何か調べ物をしていたのか、机に資料を散らかして国王はエイハムへと命令を出した。個人への極秘任務だった。
転移者達の見張りは別につけてまで監視する必要があるのか。
ベリアルという人間に何の秘密が隠されているのか、エイハムは興味を持った。床に散乱した資料の一つが偶然目に入った。表題は『パーティー参加者リスト』となっている。
「(これは……先日没落したマイスター家が主催した参加者名簿。これと今回の監視任務に何の因果があるのかまるで分からない)」
マイスター家は、戦争を意図的に勃発させようとした極悪人だ。
国王と懇意にしていた事もあってその衝撃は計り知れないだろうとエイハムは思った。しかし、今回の一件で彼にも知らされていない重大な何かが、真相に隠されている気がした。
知りたい。真実が、秘密が……!
「余も全て理解している訳ではない。根拠がある訳ではない。だが、余には奴めが不気味に思えてならないのだ。不安を取り除く為と思ってくれてよい」
「はあ……」
釈然としない答えが返ってきた。寧ろ、国王自身が何故にこうも怯えているのか、それが理解できていなかった。答えのない答えを探す様な、行き場のない思考が巡り巡って。
「冒険者ギルドの職員が奴隷商館に行ったというのも妙だし、奥山という男に接触しているのも気になる。これが単なる巡りあわせかそれとも特別な事情があったか」
国王は顔を落とし、幾らかの推理をし終えた後で。
「何か秘密を知っている者がおるかもしれぬ。時間が空いた時、それとなく街の民衆に聞いておいてくれないか。彼について何か知っている事はないか、と」
「畏まりました」
素性の知れぬ謎の男。
得体の知れない生き物が着実にこの国に巣食っていた。
□■□
エイハムが謁見室から出て行くのを見届けて、国王は息を吐いた。
ベリアルに目を付けたのは決して偶然ではなかった。
何しろ、戦争計画を実行している最中にシスア・マイスターが襲われた。それだけではない、あろう事か彼は、自身の目的も、行動していた記憶もその全てを失っていたのだ。
普通に考えてパーティー参加者の中に、計画を突き止め、意図的に妨害した人間が存在するという事だ。それが誰なのかは分からない。
差出人不明の手紙が届いたのは次の日だった。
計画や取引の内容が記された極秘文書を添付した上で何者かが送り付けて来た。
こちらは情報の全てを握っている。
そう言って揶揄う様な文面だった。
最初はその得体の知れなさに脅え、保身に徹した。
マイスター家の独断とした上で世間に公表し、国民に浸透させた。国王は寧ろ被害者で、親友の暴挙を止める事が出来なかった自身の愚かさを呪ってやりたい、と意思表明した。
シスア・マイスターは何が起こったか分かっていなかった。
記憶を失った彼は、もちろん冤罪だと主張した。
しかし証拠は全て出揃っていた。
言い逃れ出来ず牢へと閉じ込められた。
1ヶ月後、彼は公開処刑に処された。
断頭台に乗せられる頭が自分だったらどうか。
底冷えする恐怖に苛まれ、その日はまるで眠れなかった。
正体不明の人間。
それが誰なのか、目星を予めつける必要があった。
パーティー主催時の名簿から名前を割り出した。
ケージという冒険者に、オルゴ・マイスター。
その仲間の冒険者、カナリアという『聖女』持ちの女。
どれもパッとしない。
これだ、と思える人間が見当たらない。
だが最後に国王の目に映った人間は。
「ベリアル……」
アイシャという女もいた。
その二人は招待されたものの、肝心のパーティーには出席していない様だった。何かのトラブルか。
あるいは───、既に計画が達成されたか。
詳しく調べると二人は冒険者ギルドの職員だった。
二人のうちどちらか、あるいは共犯者か。
何としても秘密を握る人間を炙り出し、殺す必要がある。
彼らを討つ為、国王は次なる一手を打った。





