表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クラスに可愛い子がいないので、近隣校との合併を生徒会長に頼んでみた

作者: 大魔王ダリア

授業中。

肩が凝ったから伸びをする。

軽快にぽきぽきと、関節があるべき位置に戻る。後ろからも同じ音が聞こえてきた。

後ろの席にはかけがえのない友人である増根左内(ましねさない)が座っている。

二人で授業中に気持ちよく伸びをしてりゃ、目立つ。


「そこ、だらけるんじゃない!」

「はーい」

「返事を伸ばすな!」


英語の担当は神経質かつ慢性的なカルシウム不足で本人は骨粗鬆症に悩まされ、生徒は短気に悩まされている。


「またアンガーのサンダーが落ちたぜ」

「いいのいいの、黙ってたらあの二人が全部受けてくれんだから」

「避雷針じゃん。ありがたありがた」


揶揄われたり、拝まれたり。俺……刀祢崎音一(とねざきねいち)と左内は、やることなすこと間が悪くて、運命だか宿命だかが悪ふざけをしてるんじゃないかと思いたくなるほど割を食う。

そのせいでクラスメイトからは避雷針扱いを受けて、生温い視線を一身……もとい二身に受けている。せめてもう一人欲しい。無情な刑事裁判だって三審制だろ。

まぁそれでも左内とは不運繋がりで親友になれたし、周囲からは罠避け的な意味で感謝される。

悪くない学園生活だと思うだろ?

だめなんだよ。感謝されるのは良い。無視されるよりは、いい。

問題なのは、女子だ。学園青春には欠かせない、女子だ。

男子校なんてオチじゃないぞ。それは俺の選択の問題だ。男子校を選んで女子がいない出会いがないと嘆いてる馬鹿野郎は脳味噌がダメになってるから修理に出した方がいい。近所のおじさんを紹介してやろう。腕のいい(自転車の)修理屋だぞ。機械音痴で、この前パソコンの使い方を教えてあげた。

結論を言おう。

俺と左内の学園生活を苦痛溢れる物にしているその要因とは。


「女子がどいつもこいつも可愛くない!」

「シャラップ! ロードに立ってなさい!」

「廊下じゃなくてか」

「行ってこい。裏門側の道路なら日陰で涼しいぜ」

「増根、キミもゲラウェイ」

「ジーザス」


ああちくしょう、不細工な女子共が嗤ってやがる。顔が完全に(笑)だ。しかも草書体だ。きっと枕草子の中の(笑)はこんな感じだ。崩壊してやがる。



そんなわけで。

我々は、栄光ある淡島(あわしま)高校の(顔面)偏差値向上のため、千廉学院(せんれんがくいん)との併合を希望いたす所存であります。


「馬鹿なの?」

「いえ本気です」

「本気と書いてほんきと読みます」

「そう……偏差値向上は確かに必要そうね……」


わかってくれたらしい。流石は淡島の生徒会長代理を務める才媛・上総雛(かずさひな)だ。顔も、学園で唯一直視して吐き気を催さないくらいに整っている。


「それで、この『併合提案書』を私にどうしろと言うの」

「ハンコを押してさっさとドッキングしちゃいましょう」

「ロボットアニメじゃないのよ」


だめだ、やっぱり俺の貫禄じゃ上総を説き伏せることはできない。そもそも彼女は女子だ。まともな見た目とはいえ、分類上はクリーチャーどもの仲間だ。

左内、頼む。

目で合図を送る。

任せろ、と帰ってくる。


「聞いてください。俺たちは何も二人だけの我儘で提案しているんじゃありません。まず、現在休学中の生徒会長がなぜ休んでいるかご存じですか」

「沢田君の事? 急病だとだけ聞いているけれど」


そりゃそうだ。いくら学友でも、プライベートの情報が流れちゃ問題だ。うっかり梅毒にでもなろうもんなら末代まで馬鹿にされる。梅毒は性機能を失うことがあるから、末代はお前だ。


「はい。病気です。生徒会長としてブサイクと接しているうちに精神が病み、人格が崩壊し、肌には黄疸が浮き、体は枯木のように痩せ細り、黄色と白が混ざる顔に落ちくぼんだ眼窩だけが異様な暗黒を湛える、そんな病状になってしまったのです」

「それは別の病気じゃない? ジルベール症候群発症してない?」

「今後このような犠牲を生まないことが! 生まないために行動することが! 亡き沢田会長への弔いになるではないかと! そう思います」

「勝手に殺さないであげて。私代理なのよ? 普段はただの保健委員なのよ? そんな事言われても無理に決まってるでしょ」


そんなことはない。ただの保健委員が他の生徒会役員を差し置いて代理にすえられるとはつまり、それほど有能な人物ということに違いない。


「あのね……てか今気づいたけどあなた刀祢崎君なのね。そっちは増根君」

「お、既知」

「やったぜ、これなら話しやすい」

「名前だけは。学年トップの成績保持者の増根左内と、二番手の刀祢崎音一。なんであなたみたいなのがとは聞かないでおくわ」

「聞いてる」


そりゃまともな成績が取れない野郎が改革だなんだっつって聞いてもらえるはずがない。人に何かを求めるにはまず自分をそれなりに高めなきゃいけないんだ。御嬢様学院もののエロゲで学んだ。


「はぁ……ふぅん。案外まとめられてるわね、この提案書。わかりやすいわ。根本が理解できないけど。あと、女子への表現が露骨すぎるわね。差別発言のオンパレードね。コンプラポリスが天手古舞だわ」


文句を言いながらも読み進めてくれる会長。なんだ、ツンデレか。「べ、べつにあんたが提出した企画書になんて興味ないんだからね!」系ツンデレか。すばらしい。


「熱意だけは認めるわ。だけは、ね。これ考えて作るまで相当時間かかったでしょう」

「いいえ?」

「英語の時間中、道路に立たされてる間に書きました」

「その後昼休みに図書室のプリンターで印刷したんです」

「信じられないわ……この出来も、あなたたちの頭も、授業中に校外に放り出されることも」

「あ、間違えました、ロードです」

「同じじゃない。今時ローカに立たされることも稀よ」


仕方ないだろ。立ちたくて立ったんじゃない。安賀(やすが)先生が怒ったせいだ。ミスターアンガーの名前は伊達じゃない。アンガーサンダーは去年の校内流行語大賞に選ばれた。名誉ある大賞カップと花束とクオカード五百円を受け取りながら、アンガーは壇上で怒鳴り散らしていた。


「え、何この統計」

「どれどれ。ああ、以前から広く募集していたアンケートの結果をグラフにしました。図書室のパソコンで」

「図書室で猥褻な検索をする行為が問題になっているけど……こんな形で正しい利用方法が用いられるなんて考えもしなかったでしょうね」

「これを見れば、どれだけ多くの人々が淡島のブサイクに苦しめられているかわかるはずです」


任意で書き込めるコメントも寄せられている。

【日課で犬の散歩をしていたら、淡島の女子生徒に声を掛けられました。私の可愛いポチは、その日以来小屋から出てこようともしません。ニートになってしまいました。ヒキニートです。ポチニートです。このままではこの町はニートだらけになってしまいます。至急対策をお願いします   四十代 主婦】

【大雨の朝、ゴミ捨て場まで燃えないゴミを出しにいくと、そこには悍ましいナニカが立っていました。怖すぎてもうゴミを捨てられません。家がゴミ屋敷になりかけています。今では夫に捨てられそうです。家庭崩壊の危機です。助けてください  三十代 会社員】

【私は五十年もの間職人として一途に人生を歩んでまいりました。女遊びなんてしたこともなく、このぱそこんとやらも最近近所の子供に教えてもらって書いています。時代遅れな自覚はありますが、特に病を患うこともなく、生活に不便を感じた事は有りませんでした。しかし、ここ最近、淡島高校の女学生を目にすると立ち眩みや動悸、下痢などの症状が現れます。これまで病気などしたことは一度もありません。その上、先日医者に相談したら糖尿病の診断がおりました。甘いものなど、ここ数年一度も口にしておりません。酒も辛口派です。このままではよくわからない病気で死んでしまうのではないかと不安です。淡島の女学生を何とかしてください。お願いいたします。 七十代 自転車修理業(自動車の整備もやっております。電話番号*********)】

この通り、ブサイクは、社会問題にも発展しうる。

上総にも事態の深刻さをわかってもらえたらしく、覚悟を決めたように眦を決した。


「なるほど。この統計の信憑性は、まぁ置いておくとして。貴方たちだけの問題じゃないことは認めるわ。どうして全国規模で統計を取っているのかは疑問だけれどね」

「でも、鹿児島県民からも苦情が寄せられてます。ブサイクが飛んでくるって」

「ブサイクは移動性の虫害か何かだとでもいうの」


その通り。もはや浮塵子(うんか)だ。顔も浮塵子っぽいのが多い。隣のクラスには複眼の音楽部員がいる。鼻から触角を生やしたサッカー部マネージャーもいる。虫害だ、いや害虫だ。


「提案の必要性は認める。でも、問題は別よ」

「といいますと」

「やはり、コストの問題ですね。それについては、淡島女性徒害(ちゅうがい)を収めるためなら私財を投げ打っても惜しくないという住民が百人単位で集まっています」


これは地域単位の課題だ。町ぐるみの危機となれば、市や県、国からも補助が出るかもしれない。

しかし、上総は首を横に振る。ブルガリア式の肯定表現、じゃなさそうだ。


「それは予想してたわ。私が言いたいのはそうじゃなくて、対策と効果の話よ。千廉学院との併合で、どうしてこの問題が解決するの。可愛い女子は増えるでしょうけど、汚い女子は残るのよ。廃棄しろとでもいうの?」



それは考えた。でも、廃棄場所に困る。日本に遺された土地は多くない。将来、原発が再稼働した時に放射性廃棄物を棄てる場所を淡島のクリーチャーで奪うのは申し訳が立たない。

海に捨てるか、宇宙に投げ出すか、なんにせよ環境問題が壁になる。

そこで、俺たちが道路上で頭を捻りながら生み出した解決策は。


「この世界から消し飛ばしてしまえばいいんです」

「へぇ、具体的にはどういう方法で?」

「実は、淡島のブサイクぶりに迷惑している住民の中には山﨑宗太郎(やまざきそうたろう)というおじいさんがいまして、この方の正体は転生を司る神様なんです」

「そんな」

「本来は私情で転生の力を使ってはいけないらしいんですが、音一が交渉して相当狭い範囲で一度だけなら許すと譲歩を引き出しました」


あの交渉は本当に骨が折れた。

神様というのは規律に厳しく、規則に外れた行動は絶対に許されないらしい。試練に立ち向かう愚かな羊を導いてやるのは神様の役目ではないのですかと言っても、それは別の部署が担当しているからそちらをあたれと言う。その担当の神様はどこにいるのかと聞くと、ウクライナで色々救済中だという。テレビニュースから考察するに、救済は間に合っていない。

渋る転生神山﨑を翻意させたのは、ウーバーイーツの配達員だった。マルゲリータピッツァとコーラとほくほくポテトについてきた、バイト中の女学生。唇からぬめぬめした舌とも触手ともつかぬ紫色のナニカが蠢いていて、山﨑神様は泣きながら、一回だけならと譲歩してくださった。神界の罰則規定をも上回る淡島の恐怖。


「なるほどね。でも、飛ばされる彼女たちが可哀そうよ。彼女たちも好きであの姿に生まれたわけじゃないでしょう」

「それは、山﨑様がクリーチャーであふれたバイオハザードな世界線を用意してくださいました。きっと、故郷に帰ったような気持ちで頑張れるでしょう」

「流石音一だな。こいつの事前交渉のお陰で、この書類をまとめるのも楽でしたよ」

「褒めるない」

「それなら問題ない……のかしら? 自分が毒されていないか不安だわ」


神様が指定した「狭い範囲」は定量的には「一辺五メートルの正方形、高さは二・五メートルの範囲」だ。これに丁度ぴったし、あつらえたような建物があった。旧体育倉庫だ。ちゃんとした測量グッズで測ったから間違いない。

あそこに女学生を押し込めて、飛ばす。若干アウシュビッツ感が否めないが、気にしてはいけない。あいつらは顔がホロコーストだ。アウシュビッチだ。


「でも、それなら併合する意味は何なの?」

「何を言うんですか。飛ばすだけ飛ばしてはい終わり、じゃこの学校は男子校になりますよ。上総会長以外全員男子ですよ。エロいですよ」

「全校生徒の強烈な希望で全校集会ではバニーガールのコスプレで演説することになるかもしれませんけど、いいんですか?」

「今すぐこの併合提案書を提出するわ。任せなさい、反対する者がいたら暗殺するから」


心強い。

これで、同士がひとり増えた。さあ、巨悪に立ち向かう準備は整った。

男たち(上総(わたし)もいるわよ)の聖戦が、精神衛生を守るための哀しく熱い戦いが、始まったのだ。



戦いが終わった。

ポツダム宣言の暇もなく、醜いモノは遠い遠い世界線へ旅立っていった。

終戦のその日、日本の大手終末世界サバイバルゲームに新しいクリーチャーがアップデートされ、その悍ましさは慣れ親しんだゲーマーすらも震え上がらせたという。

町の人たちの間に、笑顔が戻った。

俺と左内は、町を救った英雄として町民栄誉賞を賜った。

自転車修理屋のおじさんは、お前の子孫の自転車は、俺が代々面倒を見てやるよと言ってくれた。俺の家系で自転車トラブルに悩まされる者はいないだろう。

ある時喪服姿の女性がわが家を訪れた。沢田と名乗って、生徒会長の母親だと気づいた。亡き息子の無念も晴れただろうとこっちが恐縮するくらい感謝を述べて、ものすごく高級そうな羊羹を置いて帰った。親子妹と四人で食べたけど、無茶苦茶うまかった。左内ももらったらしくて、落ちたほっぺたを探すのに苦労したと笑っていた。

そして当然のごとく、モテるようになった。

千廉の女性徒は、比較対象がアレなのを考慮しても、可愛い子だらけだ。

触覚や触手が生えていないのは当たり前。七色の粘液を吐くことがないなんてのも序の口。なんと、全員、揃って目玉が二つなんだ。大きさも揃ってて、きゅるんと愛らしい子からキリッとした切れ長まで、みんな美しい。人間らしい目をしている。

そんな子たちから、仮にも英雄となった俺と左内はモテまくった。

当然のようにハーレムを築き、左内は帝王のような位置づけで学園に君臨した。

俺はというと、最初は可愛い子と何度も浮名を流したが、結局はなんと上総会長とくっついてしまった。どうも、あんまり可愛すぎるのは逆の意味で疲れるというか、人間の適応能力にも限界があるんだな、と思う。

人の幸せはどうあれ、解決策は必ずある。

地獄のような状況からも、抜け出せる道は絶対にある。

死のうと思っても、諦めてはいけない。諦めたらそこで人生終了だ。

もし、どうしようもない状況で悶え、藻掻き、苦しんでいる人がいるなら、こう伝えたい。

悩み事が学園関係なら近隣の学校と併合しろ、と。

人間関係なら近所の転生神に相談しろ、と。

自転車関係なら町工場へ行け、と。

その他どんな状況であっても、諦めるんじゃない、と。

最後のは被った気がするけど、とにかくそういう事だ。

じゃ、俺は上総……雛とデートに行かなきゃ。

いかがでしたか?

普段は悲劇ばっかり書いているので、ギャグがどうとらえられるか不安ですが……音一と左内のごときポジティブシンキングで、どっしりと。


では、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ