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春の嵐  作者: rainvibration
9/15

巣立ち、そして回帰

 この時は意味が解らなかったものの、俺は中学校に上がってほどなく美鈴の気持ちを知った。1学期も終わろうという日、俺は別クラスに配属された佐々に呼び出された。

「大事な話ちなんね」

 もじもじしていた佐々は意を決したようにこちらを真っ直ぐ見た。

「バカが気づくの待っちょったら青春無駄に終わりそうやけん、知恵足らずにも解るように教えちゃーたい」

「ああ?なんやそれ、バカにしようとな!」

「バカをバカにしてなんが悪いね」

「おいのどこがバカっちいうとや!」

「こげん高倉君が好きアピールしようとに気付かんけんたいこのぼっけもん!」

「はあ?俺がす…なんて?」

「もうこんな気持ちのままなん嫌ちゃ…嫌いならいっそ気持ちよう振って」

 佐々は顔を真っ赤にして涙をこぼし、両手で顔を覆った。

「嫌いって…別に嫌いやないし、振るって…意味がわからんちゃ」

 佐々が手をどけてこちらを睨んだ。

「じゃあ付き合うてよ!」

「つつつ付き合うて何に!」

「彼氏になれって言いようとたい!」

 俺は頭がついていかずにあわあわとするだけだった。

「はいって言え!」

「はい…」


 それからの俺は先生との思い出は深く心の中に仕舞って美鈴と一緒に前を目指した。先生が結婚して外国へ行くと手紙が届いた時、不覚にも泣いている所を美鈴に見られた。

 それからというもの、ことあるごとに先生を引き合いに出してきて、拗ねたりぶち切れたりするのがめんどくさかったが、俺達は同じ進学校に入り、同じ公立大学へ行った。

 その間、ちょくちょく手紙が来るのは最高機密だった。家宅捜索されてもいいように手紙は親父に預かってもらっていた。そんな中で俺は勉学にスポーツに自分を

磨く事に執拗に拘った。やがて大学を卒業して博多にある電機メーカーに就職した美鈴とは別に、俺は地元創立の製薬メーカーに入った。美容液で全国的に不動の地位を築いた

この会社に入った理由。美鈴には言えなかったが、10ほども年上の先生にいつまでも綺麗であってほしいという漠然とした願いがあったのだ。もちろん美鈴の為に綺麗になる薬を

作りたいと、ご機嫌取りも忘れなかった。しかし俺は地元を希望していたにもかかわらず東京本社に配属された。優秀すぎるのも考え物だ。しかし俺は先生の言葉を思い出しながら

がんばった。そして3年の月日が流れた。


「たっちゃーん」

「おお、三山か、元気にしてたか?ちょっと前髪危ないんじゃねーか」

「せからしか!開口一番なんちゅー事いーよーとね、それになーんその喋り方、ちょーっと東京の水ば飲んだけんちゆーて艶つけてからに、いやらしかー」

「おお、懐かしいその発音、他の連中はもう来てる?」

「いや、おいも今来たばかりやけんわからん」

 同窓会場の前で煙草を吸っていた三山と談笑しながらホールに入り、ロビーの受付に向かったが。二人でソファーの前を通りかかった時、俺が足を止めた。三山は俺の顔をちらりと見るとそのまま歩いて行った。

「美鈴」

 美鈴は俺を見上げて真顔で少し見つめた後、軽く微笑んだ。

「しんちゃん、元気してた?」

「ああ、お前は?」

「うん、元気しとーよ」

「そうか、よかった」

 距離に勝てなかった恋人というのは少なくない。寂しい時に居てくれないじゃないという女の無茶な要求も、責める事のできない人の気持ちなのかもしれない。

 お互いを嫌いになったわけじゃなかったが、狂った歯車は元に戻す事が難しかった。ただ、俺がほんの少しでも美鈴の気持ちを理解してやれば、話に耳を傾けてやれば

2人は壊れなかったのかもしれない。今ならわかる。もう終わりにしようと言ったのは美鈴の最後の賭けだったのだ。その言葉にあっさりと同意したのは仕事が面白くて

仕方なかった俺の、半ば厄介払いの気持ちもあったのかもしれない。

 美鈴は自慢のストレートヘアをパリっと後ろで団子にしてきりりとした眉毛をさらに吊り上げ、赤いタイトスカートから伸びる長い足が魅力的で

淑女というに相応しい大人の女がそこにはいた。

「行こうぜ」

 そういうと、美鈴は顔を伏せて立ち上がり、俺の袖をつまんだ。


 俺達の世代全員を召集した会場は次々に人が集まり大盛況となった。同窓会は立食形式で進められ、誰もが自由に旧交を懐かしんだ。悪ガキ軍団は達者な口で自動車販売の営業をする者

実家の農家を継いだ者、居酒屋の経営者を目指している者、皆それぞれの道をしっかりと歩いていた。まあ、マルチで成功して外車に乗っている者やヒモも若干いたが。

 美鈴は女子の人気者だ。あちこちで掴まって忙しそうにしている。当時のクラスメイトは結束して俺と美鈴をくっつけようとしていたらしいが、鈍い俺はさっぱり気づかなかった。

 会場があったまって少し気分がよくなってきた頃、俺はトイレに行こうと入り口に向かった。ドアの取っ手を握って引っ張ると、向こう側から押してくる感触がして

咄嗟に身をよけて相手に進路を譲った。しかしひょっこり出てきた顔を見て時が止まった。胸元に垂らした長い黒髪、ぱっちりとした目、薄化粧。

「せ…先生」

「た…かくらくん?」

 会いたかった。でも先生は来ないと聞いていた。それもそのはず先生は外国にいるのだから。俺の涙腺は一気に崩壊した。

「先生!先生!先生!ああああああ!」

「ちょっと高倉君…」

 俺は先生の手を握って荒々しく会場に引っ張り込むと手を上下に振って狂ったように叫んだ。戸惑っていた先生もやがておかしそうに噴出した。

「僕、頑張りました!25歳だけど係長になりましたよ!先生のおかげです!先生のキスを思い出しながら頑張りましたよ!」

「ちょ、高倉君…」

 俺ははっと我に帰り、後ろを見た。視界にいるほぼ全員がこちらを見ている。

「えーっと、キスのてんぷら美味しかったです…」


「先生、たっちゃんにキスやらしたと?犯罪やなかね」

 料理を前に、それぞれ手にグラスを持って集まった三山や高木や加藤が好色そうに先生に聞いている。

「いや、ほっぺに軽く挨拶程度なとよ」

「欧米かっ」

「ちょっとお前ら、今俺が話してんだからどいてろよ」

「ひゅー、先生は俺のもの発言来たー」

「そうたい!おれんもんたい!だけんどいてろ!」

 俺は先生の肩を抱き寄せた。

「おお、開き直った」

「人妻略奪や、初めて見た」

 皆が口々にからかってくる中、俺の胸元から見上げてくる先生が感慨深げに言った。

「逞しかー、背もおおきゅうなって、腕やらパンパンやんね」

 俺は見下ろして先生の目をみつめて言った。

「先生はおかわりなく、あの頃のままです」

「いやばいねー、そんなわけなかろーもん、もうおばあちゃんよ」

「いえ、とっても綺麗です」

 先生は頬を染めてうつむいた。

「そ、そういう事さらっと言うようになったばいね」

「おい、口説き始めたばい、だれか止めれ、禁断の花園に踏み込む前に阻止しろ」

 先ほどから美鈴がちらちらと伺っている気配は感じていたが、気を使っている余裕などなかった。正に天から降って沸いた幸運なのだ。

「でも高森先生、来れないんじゃなかったんですか?あ、今は速水でしたっけ」

 先生はうつむいたままもごもごと言った。

「それが、その」

「どうしましたか?」

 先生が再び俺を見上げて照れくさそうに笑った。

「高森に戻っちゃった」

 今なんと言った。鼻の奥がつーんとして風景が歪んだ。今この腕の中にある高森美里は誰のものでもないというのか。俺の中に急に沸き上がってくる感情。一度は諦めた物。今、このまま先生を抱えて奪い去れば誰も追って来ないのか。

 俺の表情から何かを敏感に嗅ぎ取った三山が俺の肩をバシンと叩いた。

「おい、いつまでイチャイチャしとーとや」

 三山は先生の腕を掴んで俺の顔面を手で押して離れさせた。

「あ、ああ、うん」

「ねえ先生、男子の相手ばっかりしてないでこっちにも来てよ」

 美鈴が割って入ってきて俺達の中心にいた先生を強引に連れ去った。

 二人の後姿を見送ると、三山が振り返って言った。

「たっちゃん、ほんっとわかり易いばいね、どうすると?持って帰る気なん?」

 考えていた事をそのままずばり言い当てられて激しく動揺した。

「あ、ああ、いやそんな…」

 周りが溜息をついた。

「まあ、あの頃と違って今はたっちゃんの自由ばってんが相手は10も上のバツイチ女なんやからよーと考えたほうがいいばい」

 先生の事を微妙に貶されたような気がして俺はじろりと三山を睨んだ。三山は不服そうに目を逸らすと言い放った。

「好きにしない」

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