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春の嵐  作者: rainvibration
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挫折、そして転進

 そして終業式の日、先生は色々仕事があるらしく、待ち合わせは夕方になった。親父には仲間達で打ち上げをする事になったと嘘をついた。

 学校にほど近い公園で待ち合わせて先生の車で拾ってもらい、何度か来た事のあるファミレスに案内された。俺は雰囲気次第では告白しようと

心に決めて、気合十分でファミレスに入った。


「速水哲也です」

 俺は頭が真っ白になった。先生はスーツを着たイケメン男の向かいに俺を座らせると、自分は男の隣に座った。ここからは断片的な記憶しかない。

『何でも食べていいとよ』『高倉君は元気がいいんだってね』『真面目になったとよね』『高倉君デザートは?』『あの、お二人は』


『高森先生とお付き合いさせてもらってるよ』


「わあああああああ!」

 俺は夜中に飛び起きた。鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。どたどたと音がして親父が上がってきた。

「どげんしたとか!」

 壁のスイッチを押して電気をつけた親父は振り向いた俺の顔を見て吊り上げていた眉を下げた。そして深い溜息をつくと、しょうがない子を見る目で言った。

「なし嘘ついたとや」

 泣き顔のまま何も言えずにいると親父は静かに言った。

「先生から電話があったとぞ、お前に飯食わせるっち」

 ぐしゃりと顔を崩して目を硬くつむったことで、涙がぽとぽとと落ちた。

「まあ、若いうちはいろいろあろーばってん大人んなったらそれもよか思い出たい、元気だしぃ」

 そういうと親父は電気を消してパタリとドアを閉めた。


 夏休みスタートと同時に俺は病床に臥せった。なんの病気かはわからない。心配して様子を見に来た軍団員も無視して布団にもぐり続けた。しかし一週間ほど

してやおら病床を起きだした俺は、毎日あてどなく西小校区を彷徨った。そして同じ歳の頃の人間を見つけては因縁をつけ、殴った。そのうち道端で俺の顔を見た

途端に逃げ出す者が多くなった。獲物を求めてゲームセンターに入れば同じ年頃の者はみんな出て行った。松原小学校に通報が入るのにそんなに時間はかからなかった。


「こげな所でなんしようとね!」

 町を徘徊中、突然高森先生の声が聞こえて強く腕を引っ張られた。振り返ると息を切らして真っ赤な顔をした高森先生がいた。

「師匠こそこげな所でなんしようとね」

 俺はへらへらと笑った。先生は俺の胸ぐらを掴んで引き寄せ、怒鳴りちらした。

「学校に知らせが入っとうとよ、またあんたはしょうこりもなく暴れようとね!」

「ああ、師匠を怒らせてしもうたばいね、これで破門たい」

「破門げなせんばい!」

「なら逆縁たい、もう師匠は師匠やなか」

「そげな事許すもんか!」

 高森先生は大きく手をふりかぶると無抵抗でへらへら笑う俺の頬を張り倒した。そこへ軍団員も駆けつけてきた。

「たっちゃん、なんしようとね、きちがいがおるって噂になっとーばい」

「そうばい、たっちゃんは道理の通らん喧嘩はせんとやろ」

 じんじんとする頬もどこか現実感が無く仲間達の声も遠くから聞こえてくるような感覚がしていた。

 ぼんやりと見える仲間から再び先生に目を移すと、先生の目から涙がこぼれ始めた。

「誰ね、師匠ば泣かせようとは」

「あんたやんね!」

「おいが…」

 先生が俺を引き寄せて抱いた。

「先生が高倉君を傷つけたとね、ごめんね、ごめんね」

 先生は暖かかった、首筋や髪の毛からいい香りがして心が安らいだ。急に涙が溢れてきて俺は嗚咽を我慢する事ができなかった。滲んだ視界に

仲間達がゆっくり下がって踵を返し、歩いて行くのが見える。

「先生が悪いとやない、おいが勝手に先生を好きになっただけばい、身分もわきまえんで、先生にはあげなキリっとした大人の男の人がおるとに

先生はおいば傷つけんようにしてくれたとに」

 先生は俺を抱きなおして、さらに腕に力を込めた。

「でも諦めきらんで、こんなこと初めてやけんどうしたらよかかわからんやった、こんなやり方しか知らんバカタレやけん」

「うう」

 先生が篭った声をあげながら泣き始めた。

「もうせんばい、先生を泣かすのだけはいけん、家帰って大人しくしとくばい」

 先生はいつの頃からか俺の気持ちに気づいていた。俺を傷つけずに納得させる事に失敗して自分を責めたのかもしれない。子供だった俺は自分の事しか考えられずに

気持ちのやり場を暴力に求めた。結局それが逆に先生を傷つける事になってしまったのだ。好きな女が傷つくのがこんなにも辛いものだとこの時初めて知った。

 俺は強い人間になる事を誓った。先生が俺を育てたと胸を張って言えるような人間になろうと決意したのだ。


 玄関先の委員長はぽかんと口を開けてしばらく声が出なかった。

「えと、なんち?」

「いや、だけん勉強おしえれ」

「なんち?」

「あのなあ、俺が勉強したら悪いとか!」

「拾い食いした帰り道にダンプに跳ねられて頭打ったとね」

「そこまでか!」

 委員長はニヤっと笑って言った。

「女に振られて引きこもりになって、その反動できちがいになったそうやんね、その成れの果てが逆にガリ勉ね」

「こ…、キサンどこまで知っとうとや」

「みんな大体の事はしっとうよ」

「く…」

 委員長はにっこり笑ってドアの横によけた。

「まあ上がらんね」

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