それぞれの思惑
その日の帰りの会の後、帰り支度をしていると、先生と委員長が何かもめているのに気がついた。
「今日までに班割り決めといてちゆうたやん」
「家で決めて明日持ってきます」
「それじゃあ困るんよ、先生も準備があるけん、どうしたと?こげな事今までなかったとに」
俺は教壇の所まで行って間に入った。
「おい、委員長、なんで先生のゆうことが聞けんとや」
キっとこちらに振り返った委員長が刺々しい口調で言った。
「なんね、高倉君は関係なかやんね」
「関係ある、おいは先生の弟子やけん」
「ぷっ弟子ってなんね、入門したと?」
「ちょっと高倉君、話をややこしくせんで」
「お前、委員長やろうが、ちゃんと仕事せんか」
「ちょっと忘れとっただけたい!明日持ってくるちゃ!」
「だけん先生がそれでは困るちいいよろうが!わい委員長やろ?」
興奮してきた俺と委員長の間で先生がおろおろしている。
「ちょっと二人とも」
「委員長委員長言わんで!うちには佐々美鈴って名前があるんやけんね!」
「それでんわいは委員長やなかとか!」
はっと気づくと委員長の目から涙がこぼれ落ちていた。
「もう委員長げなせん!」
そう言って委員長は涙を飛び散らせながらドアの方に振り返って走り去った。
「どうしたっちゃろ、今までこげんこつなかったとに、女の子の日やろか」
「女の子の日?」
「いや、なんでもなか」
委員長はその後落ち着きを取り戻し、何か先生と話し合って和解していたようだ。
俺は悶々とした日々を過ごしていた。自分が先生に惚れてしまった事には薄々気づいていた。しかしどうすればいいのかわからないのだ。
今までは興味がある事と言えば仲間達と刺激ある遊びをする事ぐらいだった。恋愛という物の存在は認識していたが、別の世界の話だと思っていた。
放課後、仲間を避けて1人で道を歩きながら溜息をつき、ふと目に付いた花を摘んでじっと見て、おもむろに花びらを指で摘み引き抜いた。
「ちがーう!」
俺は花を道に叩きつけた。
「そうやなかろうが!乙女かおいは!ひゃーたれとる場合か!」
向かいから歩いて来た人がビクっと立ち止まって俺を回避しながら通り過ぎた。
「加藤は女ば好きになった事はあるとや」
ベッドを少し起こして差し入れの漫画を読んでいた加藤が素っ頓狂な顔をしてこちらを見た。
「なんね急に」
「いいけん、女ば好きになった事はあるとや」
「なんね、たっちゃん好きな女ができたとね」
「バカタレ!そげんこつやなかたい!」
赤面したであろう俺の顔を見て加藤はニヤリとした。
「そやね、4年の頃従兄弟のねーちゃんが好きやったばってんが相手は俺を弟のようにしかおもとらんやった、所詮叶わぬ恋たい」
「4年でや、ませとーねー」
「普通やろ、たっちゃんが子供なだけたい、ほんで相手だれね」
「それは言えん」
「三山がたっちゃん高森先生に惚れたごつあるっち言いよったばい」
「なっ…」
俺はさらに血が逆流して言葉を失った。
「たっちゃんわかりやすすぎやち言いよった、ひっぱたかれて足元に這いつくばらされたら急に先生に擦り寄るようになったち、たっちゃんドMね」
「なんちゅーこと言いようとや!違うばい!」
加藤は漫画をサイドテーブルに置き、漫画より面白い物を見つけたとばかりに楽しそうに笑いながら言った。
「で、どうしたいんね」
俺はしょんぼりと頭を垂れた。
「それがわからんけん聞きようとたい」
「そやねー、まずはプレゼントやろ、女はプレゼントに弱いち聞いた事がある」
俺は弾かれたように顔を上げた。
「プレゼントや、ばってんどげなもんをや」
「女は甘いもんに弱い、甘いプレゼントでダブルの効果ばい」
「甘いもんちなんや、水羊羹か」
「たっちゃんはバカやねー、お歳暮やないんやけんもっと洒落たもんばい、ブッシュドノエルとか」
「なんねそれ、大統領が作ったとね、どげなもんかちゃ」
「おいもよくは知らん」
「なんね、役に立たんねー」
俺はさっそく病院近くにある通りに行った。お見舞い狙いの店が立ち並ぶ一角にはケーキ屋もあった。しかし店に入ってみると、ブッシュドノエルはおろか
ショートケーキさえも小学生の経済力で買えるような物ではなかった。しかも聞けば賞味期限は即日中。先生に渡すタイミングがどうしても小学生の
ライフスタイルには嵌らない。俺は病院にとんぼ返りした。
「おい参謀、ケーキはダメや、なんか他の手を考えれちゃ」
「痛い痛い痛い、なんばするとね!」
いつの間にか寝入ってしまった加藤を激しくゆすぶると顔を顰めて文句を言いながら起きた。
「参謀ちなんね、そげなもんに就任した覚えはなかばい」
加藤の言う事はロクに聞かず、事の次第を話す俺に溜息をつきながら次の案を出してきた。
「なら可愛いもんたい」
「可愛いもん?」
加藤は俺から目線を外してやや上を見ながら言った。
「そうねー、身に着けるもんは女は拘っとーけんぬいぐるみとかたい」
「それなら家にあるばい、クレーンで取ってほたらかしとるでかい熊のぬいぐるみが」
「うむ、そいば可愛い袋に入れて可愛いリボンで縛ってやるたい、花を一輪添えることば忘れちゃいけん、そいでさりげなく気持ちをアピールするとたい」
「天才か!さすが参謀や、女のこと知り尽くしちょる、恋愛軍師に格上げや」
「やめてちゃ!」
俺は次の日、委員長を捕まえた。
「可愛い袋と可愛いリボンを売りよう所?」
委員長はあからさまに嫌な顔をして、爪先から顔へと何度も視線を移しながら言った。
「なんね、拾い食いでもしたとね、おかしな事言い出してからに」
「いいけん、わい女やろ、おそえちゃれ」
自分の席に座っていた委員長はプイと顔を背けて前を見た。
「そげな店知らん」
「嘘付け、知っとろうもん、バレンタインの時とか手作りチョコをピンクの袋に入れて持ってくるやんな」
委員長がガタリ音を立てて立ち上がった。
「知らんち言いよろうもん!」
大声でそう怒鳴ると、何故か思い切りひっぱたかれた。
「な…なんでや…」
委員長が走り去った後、理由がわからない俺が回りを見渡すと、こちらを見ていた教室の皆が慌てて目を逸らした。
俺は他の女子に聞いて回ったが、何故か一様に首をぶんぶんと振って、知らないと言うばかりだった。俺は捜索範囲を他の組にまで広め、それらの情報を
参考に包装を手に入れた。次の日の放課後。花壇から見栄えのいい花を選んで摘むと、駐車場の影で頭陀袋に隠し持っていたプレゼントを取り出した。
心臓が痛くなるほど胸を高鳴らせながら待つ事30分、ついに先生が現れた。俺は勢いよく飛び出すと、車に鍵を差し込んだ先生の背後から声をかけた。
「師匠!」
驚いて振り返った先生は目を丸くして口をぽっかり開けていた。
「あ、あの、これ」
先生は袋と俺の顔を交互に見ると、呆けたような声で言った。
「えと、なに?」
「プレゼントです、あのっ、普段お世話になっとーけん」
多分俺は必死の形相だったに違いない、先生はちょっと困ったような顔をするとにっこり笑って袋を受け取った。先生はリボンに刺さっている花を抜いて
鼻に当て、息を吸うとまたこちらに顔を向けて笑った。
「なにかな?」
先生はリボンを解くと中から熊のぬいぐるみを取り出した。
「あら可愛いやんね、ありがと、部屋に飾っとくね」
それから先生と別れて俺はどうやって家に帰ったのか覚えていない。次の日からも先生は普通に接してきた、今にして思えば俺はかなり挙動不審だったはずだ。
苦しくて切ない日々が続いたが、ある日、1学期の終業式の後でご飯を食べないかと、こっそり先生に誘われた。俺の気持ちは果てしなく天へと上昇していった。
「おい!軍師!ついにやったばい」
「あーーうるさか!、骨に響く!」
俺は先生に誘われた足で1組の加藤の所に押しかけた。
「誘われたばい!」
「なんにね、誰にね」
俺は加藤の机に手をついて身を低くし、目をきょろきょろとさせて言った。
「先生に食事に誘われたばい」
「えええええええ!」
教室に居た生徒の殆どが振り返った。
「声が高い」
「ほ、ほんなごつな、玉砕必至の無謀な特攻ち思いよったとに」
「そげなこと思いよったとか、まあよか、お前のおかげたい、やけんがまた問題が発生した」
「なんね」
「どげな服着ていったらいい?」
「どこに行くとね」
「ファミレスちいいよった」
「ばからしかろー、普段着でいいやんね」
「そうか?」
「そうや」
「さすが軍師、おいはわいを信じるばい」