恋心
次の日、俺の態度に先生は戸惑っているようだった。教室に入って挨拶を済ませると、一番に俺の所まで来てちょっとやりすぎたと顔の無事を確認してから
桜の枝を折った理由を聞いてきた。俺は姿勢を正して敬語で話した。
「はい、入院した加藤が桜ばみれんでがっくりしとったけん病室ば持って行ったとです」
「そ、そりゃ気の毒いけど、あれは折ったらいけんとよ」
「はい、反省してます、二度としません」
「ど、どうしたの、高倉君様子がおかしかとよ」
「なんがですか」
「その…口調ちいうか、なんで敬語なん」
「はい、先生は僕に喧嘩で勝ちました、やけんが僕は先生の子分になりました」
先生はまた目を覆って天を仰いだ。そして再びこちらを向くと、呆れたように言った。
「それもあんたのルールね」
「はい、鉄の掟です」
それからというもの俺は先生に絶対服従した。俺が服従する事によって悪ガキ軍団も自動的に先生の傘下に入った。表向きの理由とは別に当時
俺は皆には秘密にしている事があった。先生を見るとドキドキするようになったのだ。軽いストックホルム症候群のようなものだろうか、そこは
よくわからないが俺はなにかにつけ先生について回るようになった。
先生がこちらへ振り返って睨んだ。
「ぞろぞろついて回るのやめちゃらんやろか、総回診みたいで恥ずかしいけん」
「はい、先生の身になんかあったらいかんけん、こうしてお守りしよります」
先生はまた目を押さえて溜息をついた。
「素直になったのはいいけんが、先生が高倉君を力でねじ伏せて子分にしたっち噂が流れようとよ」
「はい、偽りない事実です」
「とにかく、ついてきなさんな!命令!」
「はい、わかりました」
そんな日が続いたある日、先生は俺を川土手に誘い出した。隣の地区が見えるあの川の土手だ。
「ねえ、覚えちょう?先生と初めておうた日」
「はい、覚えちょります」
「顔面血だらけで、いっぱい人ばクラしてから、どんなぼっけもんかち思うたばい、まあ予想通りやったわけやけんが」
「はい、やけんが今僕は先生の子分やけん、先生の嫌がる事はしません」
先生は困ったような顔をして隣に座る俺を見て手を伸ばしてきた。そして俺の頬に手を当てると向かい合わせて目を見てきた。コンタクトに変えてパッチリとした大きな目が綺麗で、俺は正直頭が噴火しそうだったができるだけ冷静な顔をした。
うまくできていたかどうかはわからない。
「子分とか言わんとよ、先生と高倉君は師弟関係やけんせめて弟子と言うてくれん?」
こちらの気もしらず先生はにっこりと笑ったが、俺は魂が抜ける思いだった。
「はい、師匠」
「そんなかしこまらんでいいけん、普通にしちゃんない、敬語も全然似合わんよ、なんか気持ち悪かよ」
気持ち悪いという言葉に俺はショックを受けた。先ほどまでの興奮は冷めて立ちくらみのような感覚に襲われた。
「ちょっと!どうしたと!白目んなっとーよ!」
俺は気づくと先生の膝に寝かされて、上からハンカチで扇がれていた。ぱちりと目を開けると、先生は夕暮れ時の空を眺めているようだった。俺はどきどきしながらまた目を瞑り、起こされるまで先生の柔らかく、暖かい膝を堪能した。
「ねえ、昨日土手で先生となんの話ししよったと」
悪戯っぽくからかう気満々の様子で委員長が俺の席まで来て聞いた。
「な、なんか委員長、見よったとか」
俺はあからさまに動揺した。非常にまずいと思ったが直情型の俺に演技は難しかった。
「膝枕やらしてもろうてからに、なんか怪しいちゃ」
「なななな、なんがか、ちょっと貧血で倒れただけたい」
激しくどもって声が裏返った俺を見て一瞬サっと引いたような表情になった委員長は再びニヤリと笑ってからかってきた。
「ぷっ、高倉君が貧血て、ぷぷぷぷ」
「なんがおかしいか、わい、趣味が悪かぞ」
委員長は前のめりだった姿勢を正して冷静な顔で見下ろした。
「顔が真っ赤よ」