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春の嵐  作者: rainvibration
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届けたいもの、そして憤怒の教師

 帰りの車の中、先生は険しい顔で言った。

「あのね、高倉君、世の中にはルールち言うもんがあるとはしっとーね?」

 俺は憮然として答えた。

「ルールならおいにもある、そこは譲れん」

「授業サボったり、カマキリ仕掛けたり、近所中の犬勝手に放したり、人の家の屋根を走って踏み抜いたり、喧嘩する事がね」

「喧嘩はルールに従うたらどうしてもそうなるけん仕方無しにたい、あとんとはほんの悪戯たい」

「やっぱりカマキリあんたね!」

 俺はギクリとして口を塞いだ。

「もう…先生どうしたらいいかわからん」

 先生はだらしなくハンドルによりかかって運転した。


 その時の高森先生の気持ちなど、俺にとってはどうでもよかった。ただ小うるさいだけの小姑みたいなものだと思っていた。俺は相変わらず自分を通し続け

そのまま6年に進級した。クラス編成はある程度担当教師が選べるというのは大人になってから知った。引退した教頭を訪ねて行った時に聞いた話に俺は少し驚いた。

 高森先生が持ち上がりで6年担当になった時、一番に選んだのは俺だった事に。


「なさけなかねー、おいはわいをそげな弱い子に育てた覚えはなかよ」

「おいもたっちゃんに育てられた覚えはなか!大体ちゃ、たっちゃん車に跳ねられた事あるとや?なかろうもん」

「おいは車に跳ねられるような間抜けやなか、華麗にかわしちゃーたい」

 1組の加藤が春休み最終日に車に跳ねられて大腿骨を折った。運び込まれた市立病院でそのまま入院となり、病室で足を吊るされている。

「わい、恒例の花見掃除をサボろうと思うとうとやろ」

「そげな理由で車に跳ねられて足折るバカがどこにおるとね!」

「ここにおろうもん」

「おいは毎年楽しみにしとうとばい!」

「ほんなごつな、なしや」

「なしって桜綺麗やろうもん、それがこんなこつなって、今年はもう見れんばい」

 加藤はしょんぼりと眉尻を下げた。

「ふーん、わい、花を好いとうとや」

「いや花が好きとかやのうて、逆にたっちゃん大桜見てなんも感じんとか」

「なーんも感じん」

「はあ、じゃあゆうてもわからんやろ」

 加藤はぷいと向こうを向いてしまった。


 花見掃除の日、校庭に整列しろという先生の言葉を無視して俺は校舎裏に走った。校舎裏の斜面との境目にフェンスがあり、カイヅカイブキが植えられているが

その木と木の間にフェンスの穴がある。俺はそこをくぐり、丘の上を目指した。


「おーい、降りてこんかあー」

 俺は下から叫ぶ市役所の職員を無視して大桜のつっかえ棒を登った。そして枝に掴まって足を掛けると、くるりと回転して枝に馬乗りになった。そこへわらわらと

他の生徒も集まってきた。生徒の群れを割って先生が進み出てこちらを見上げた。

「あんた!なんしよーと!」

「私が止めるとも聞かんで登ってしもーたですたい」

「すいませーん、今すぐ降りさせます」

 市役所の職員と先生が向き合って話しているが、俺は枝の先端を目指した。跳び箱のように腕で支えて尻をずらしながら進んで行く。

「ちょっといい加減にしーよ、先生本気で怒るけんね!」

 ある程度先端まで来ると腹ばいになり手を伸ばして花のついた枝に手をかけた。

「ちょっと!やめんしゃい!これ天然記念物なとよ!」

 枝を握った手に力を入れるとメリメリと音を立てて枝が折れた。少し粘り気のある枝を逆方向に何回か折り曲げながらこねると枝は根元の枝から離れた。

 俺は枝を咥えると後退してつっかえ棒に捕まり、するすると降りた。唖然として見ている先生と生徒を尻目に俺は去ろうとしたが、先生が走ってきて肩に手を掛けた。

 くるりと回転して向かい合った俺に先生が大声で怒鳴った。

「あんたなんちゅう事するとね!そげん事せんでもここから見ればいいやんね!」

「おいはこげなチンチラのついた木の枝なんぞ興味なか、やけんがどうしてもいるとたい、じゃあ、おい帰るけん」

 そう言った瞬間左頬に凄まじい衝撃を感じて俺の顔は右に流れた。ぶれた風景が見えたかと思った瞬間反対側から衝撃が来て目の前が暗くなった。次に見た風景は

仁王立ちで俺を見下ろし、憤怒の表情をした先生だった。俺は先生の強烈な往復ビンタでノックアウトされたのだ。バドミントンをしていたという先生の本気の張り手だった。


 怖かった。膝が震えて小便が漏れ出るのを慌てて止めた。高森先生は一度たりともこんな怒り方をした事が無かった。俺は一瞬意識を刈り取られ、尻餅をついた状態で

呆然自失として先生を見上げた。その時は考える余裕などなかったが、思えばあの瞬間、高森先生が背負っている大桜を生まれて初めて美しいと思ったような気がする。

 怒髪天を突く先生に張り倒され、そして優しく抱かれた。母の居ない俺には女性に優しく抱かれた事など初めての経験だったのだ。押して引くような先生の魂の声に

俺の魂に技ありが決まったのかもしれない。


「すんまっしぇん」

 先生を突き放した俺は顔を伏せたまま謝った。初めて先生に謝罪をした。その時先生がどんな顔をしていたかはわからないが、俺はきっと今までにないほど情けない顔をしていただろう。

「やけんがこれはどうしてもいるとです」

 俺は委員長を続任した佐々の足元に落ちている枝をひったくると走り去った。

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