奮闘新任教師
高森先生は若いせいか、手抜きというものをしなかった。諦める事もなかった。今思えばよくあんな悪ガキに教師として付き合っていたと思う。そんなこんなでほぼ1年が過ぎ、俺も先生も
お互いのあしらいに慣れてきて妥協点のようなラインが出来上がっていた。そんな中事件は起こった。
「ちょっと高倉君、浅田君が毎回水やり当番すっぽかして帰るっちゃけど、なんとかゆうちゃらんね」
委員長の佐々美鈴が教室の最後部窓際でたむろしている俺の所に来てつんけんした口調で言った。委員長は足を肩幅に広げて腕組みをし、口を尖らせている。長いストレートヘアを後ろで纏め
キリリとした目鼻立ちをよりいっそう引き攣らせて言った。
「あ?男が花いじりげなできるもんか、考えたらわかろうもん、なし女にせんかったとや」
「係り決めの時にさぼるけんたい」
「そいけんいうて、なしおいにいうとや」
「うちがゆうたちゃ聞かんけん頼みようとやろもん」
「それを聞かせるとが委員長の仕事やろうもん、仕事ばせんね、おいは知らんばい」
「ねーお願いやけん」
委員長は何かと俺に絡んできた。男子を抑える俺をうまく利用して騒がしい教室を黙らせたり、なかなか言う事を聞かない生徒を動かしたりしていた。
清純そうな顔をしてなかなか腹黒い。
「わかったわかった明日ゆうとく」
その時教室に高木が血相を変えて飛び込んで来た。
「たっちゃん!おおごとや!」
俺は本能的に何があったか嗅ぎ取って眉を吊り上げた。
「浅田が中学生にやられた」
ガタリと音を立てて立ち上がった俺の腕を委員長が掴んだ。三山は高木と一緒に教室から飛び出していった。
「離せちゃ」
「あからん」
意外と長身で握力のある委員長が重心を下げて両手で俺の腕を下に引っ張っている。
「また暴れるとやろ、事件になるちゃ、あからん」
「女が口出す事やなか、ひっこんじょけ」
「あからんちゃ」
「なんで俺だけなと、あいつらいってしもうたやんな」
「あからんちゃ」
委員長が顔を伏せて本格的に体重を乗せ始めたが、俺は腕を返して拘束を解くと教室を飛び出した。
「本当にご迷惑をおかけしました」
痣だらけの顔でふてくされて浅く椅子に腰掛け、足を投げ出している俺の横で高森先生が机の向こうの警官に頭を下げた。高木と三山は相手を探し出して
俺を導いた後、立会人となっただけだったのですぐに開放された。
「あんたも謝らんね!」
高森先生が後頭部を押してきたが俺は踏ん張った。
「おいは悪うなか、不良ば退治しただけやけん」
「あんたも不良やんね!どの口が言いようとね!自分のした事わかっとうとね」
先生は頭を押すのを諦めて、喋るリズムに合わせてバシバシと頭と叩いた。俺は衝撃で揺れながらも減らず口を叩いた。
「なんも悪いことはしとらん、1対1で正々堂々と勝負しただけちゃ」
先生は叩いていた右手で目を覆って天を仰いだ。
「君ねぇ、相手に怪我させたら本当なら障害になるとぞ」
警官の言葉に即答する。
「おいも怪我した、喧嘩両成敗たい」
「それ意味違う…」
高森先生が上を向いて目を覆ったまま呟いた。
「ねーちゃんはウチん生徒が舐められて外で苛められてもいいとか」
先生の顔がぴょこんと戻って来た。
「そげん事いいよらんやんね!」
「ねーちゃん?」
警官が素っ頓狂な声で言った。
「ああ、ドジっこねー…」
先生は慌てて俺の口を塞ぐと、警官に引き攣り笑いを向けながら小声で言った。
「外では先生てゆうて」
俺は先生の手を押しのけて小声で言った。
「したら何してくれるんね」
「給食でプリン出たらやるけん」
ふむ、と一瞬考えて姿勢を正した。
「大先生はうちの生徒が…」
「もうよか」
先生はがっくりとうなだれた。