勝利の証×三年間の覚悟
「おはよう、お母さん」
「あら、おはよう、最近早いのね、朝ご飯も食べないで……」
いつもなら母親はまだ寝ているはずの時間だが、今日はパートが早番らしく、珍しく早朝から顔を合わせる。
「うん、委員会の仕事とかね、あと勉強も朝の方が捗るし」
「そう、いいことね。友達はできた?」
「……うん、あとこれ、お母さんが使って」
私は買ったときの箱にそのまま戻したフルダイブシステム搭載のヘッドギアを母親に渡した。
「なぁに? もう飽きちゃったの? 最近夢中だったじゃない、私は嬉しいけど……」
「うん、もういいの」
疲労感なのか、それとも喪失感なのかわからないが、私の足取りは重い。いつもの道がとてつもなく長く感じ、けれど時間は残酷にも正確で、5時過ぎには教室に着いた。
原田さんの机に落書きはなかった。
始業のベルまでしばらく眠る。
そしていつも通りみんなが登校してくる。
そして原田さんも……
「おはよう……」
何度目かもわからない、か細い声で挨拶してくれる。
そしていつも通り外木さんが睨みつける。
何も変わらないということが今までは幸せだと思っていた。何も変えられないという寂しさが、今私の喉を締め付け、出かかっている、何かがつっかえている。それは……
「………………ぉ、」
「お…………」
「おお、おおはようございます!!!」
机をたたき割る勢いで立ち上がり、叫んだ! クラスが沈黙で包まれ、私を注目する。
私の顔はどんどん赤くなり、とてもそこに居られず、トイレへと走った!
言ってしまった! おはようと言ってしまった! いや言ってやった! トイレに座って後悔に頭を抱え、しかし自分の蛮勇を称えた。
「いいんだ、これでいいんだ」
すると、トイレの外がなんだが騒がしい。おそらく数名の「キャハハ」と甲高い笑い声が入ってきた。
次の瞬間……。
「ザバっ!」
トイレの上から大量の水がかけられた。
「キャハハハハ、サッパリした?」
ああ、外木さんの声だ。
「…………」
わかっていた。こうなることは。髪から滴り落ちる雫を瞬きを忘れて見つめた。
「ねぇ~、ぎ~ま~ちゃ~ん。顔が真っ赤だったから熱いのかと思って~」
嘲り、私の名前を呼ぶ。
でも大丈夫、ペルグランデ・オンラインで私は戦ったのだ。そして勝ったのだ!
大丈夫! 耐えるだけだ。そう三年間、たった三年間耐えるだけだ。いじめの対象が原田さんではなくなった。それが私の勝利の証。
そう自分に言い聞かせ、びしょびしょに濡れた顔を冷たい両手のひらでぬぐった。
「わあああああああああ!」
「うわっ! なに!?」
「わっ! やめて、やめろって!」
ん?何事だろうか。叫び声に驚き、私はトイレの戸を開けた。
「原田さん!?」
なんと原田凪が叫びながら掃除用のホースで外木さんにすごい勢いで水をかけているのだ!
「大丈夫!?ギコちゃん!」
「え!? なんで!?」